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帝王切開瘢痕症候群
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

帝王切開瘢痕症候群の概要

帝王切開瘢痕症候群は、帝王切開手術後に子宮の傷跡がきれいに治りきらないことで起こる症状の総称です。帝王切開を受けた女性の約60%に子宮の傷跡部分にくぼみができ、そのうち約30-40%の方が何らかの症状を経験します。この症状は2023年に世界の専門家によって「帝王切開瘢痕症候群(CSDi)」として正式に定義され、診断の基準が定められました。これにより、単なる傷跡の存在と、実際に症状がある状態を明確に区別できるようになりました。この基準では、超音波検査で2ミリメートル以上のくぼみが認められ、かつ特徴的な症状がある場合に診断されます。

帝王切開瘢痕症候群の原因

この症候群は、帝王切開手術後の子宮の傷が完全に治りきらないことで発生します。傷跡部分にできたくぼみには新しい血管が増え、組織が弱くなることで、月経血が溜まりやすくなったり、不規則な出血の原因となったりします。また、傷跡周辺の血管が増えることで局所的な血流が増加し、これも症状の原因となります。傷跡部分の血管は不規則な形で増えることがあり、これらの異常な血管からの出血や染み出しが症状を引き起こすと考えられています。さらに、傷跡部分の子宮の壁が薄くなることで、様々な症状が引き起こされます。くぼみに月経血が溜まりやすくなることも、持続的な出血や感染のリスクを高める原因となっています。

帝王切開瘢痕症候群の前兆や初期症状について

この症候群の症状は、主症状と副症状に分けられます。最も代表的な主症状は、通常の月経が終わった後も続く茶色っぽい出血です。その他の主症状として、月経時の痛みや体外受精の際の治療困難、子宮内に液体が溜まることによる不妊などがあります。副症状には性交時の痛み、異常なおりもの、慢性的な下腹部の痛み、性交を避けたくなる気持ち、異常な出血に伴う不快な臭い、原因不明の不妊、生殖医療を行っても妊娠できない状態、自分に対する否定的な感情、日常生活における不快感などが含まれます。これらの症状は日常生活に大きな影響を与え、仕事や社会活動の制限につながることがあります。症状は帝王切開後に新たに始まるか、既にあった症状が明らかに悪化する形で現れます。

帝王切開瘢痕症候群の検査・診断

診断の基本となるのは経腟超音波検査子宮鏡検査です。経腟超音波検査では、子宮の下部前壁に2ミリメートル以上のくぼみがあるかどうかを確認します。子宮鏡検査では、細い管状のカメラを使って傷跡を直接観察し、血管の増加具合や出血の場所、ポリープのような隆起の有無、血液の溜まり具合などを詳しく調べることができます。特に月経が終わった後の検査が推奨され、この時期の観察により血液の出どころや溜まり方をより正確に評価することができます。 診断には、帝王切開後に少なくとも3回の正常な月経を経てから評価を行う必要があり、閉経前の女性が対象となります。主症状が1つあるか、副症状が2つ以上ある場合に、超音波検査での特徴的な所見と合わせて診断します。また、子宮頸部の異常、腟や子宮の感染症、その他の子宮内の病気、排卵のない月経周期、他の原因による月経後の出血などがないことを確認する必要があります。

帝王切開瘢痕症候群の治療

治療は症状の程度、患者さんの希望、傷跡の状態などを総合的に判断して決定します。薬による治療では、ホルモン剤を用いて症状をコントロールします。手術による治療には、子宮鏡を使う方法、お腹に小さな穴を開けて行う腹腔鏡手術、腟から行う手術など、いくつかの方法があります。 子宮鏡を使う手術では、くぼみの部分を切除して電気で焼くことにより、異常な血管を処理し、月経血が流れやすいようにします。腹腔鏡手術は、特に子宮の壁が薄くなっている場合に選ばれ、傷跡部分を完全に切除して適切に修復することができます。手術方法の選択は、傷跡の大きさ、残っている子宮の壁の厚さ、症状の種類と程度などを考慮して個別に判断します。なお、この症候群と診断されたからといって、必ずしもすべての方に治療が必要というわけではありません。症状の程度や日常生活への影響を考慮して、治療の必要性を判断します。

帝王切開瘢痕症候群になりやすい人・予防の方法

帝王切開の手術回数が増えるほど、この症候群になるリスクは高くなることが知られています。また、手術時の縫い方や傷の治りやすさも重要な要因となります。予防の観点からは、適切な帝王切開の選択丁寧な縫合が重要です。特に帝王切開の際の子宮の筋肉層の縫合は、血液の流れを適切に保ちながら確実に組織をつなぎ合わせることが求められます。また、術後の傷の治りを促進するための適切な管理も重要です。 帝王切開の経験がある方が次の妊娠・出産を考える場合は、傷跡の状態を慎重に評価し、適切な分娩方法を選択する必要があります。予防的な観点から、必要のない帝王切開は避けることも重要です。また、帝王切開後は定期的な検査を受け、症状の早期発見に努めることが推奨されます。

関連する病気

  • 帝王切開瘢痕部妊娠
  • 瘢痕部子宮破裂
  • 慢性骨盤痛

参考文献

  • Klein Meuleman SJM, et al. Definition and Criteria for Diagnosing Cesarean Scar Disorder. JAMA Network Open. 2023;6(3):e235321.
  • Chen YY, et al. Association between hysteroscopic findings of previous cesarean delivery scar defects and abnormal uterine bleeding. Taiwanese Journal of Obstetrics & Gynecology. 2019;58:541-544.
  • Jordans IPM, et al. Sonographic examination of uterine niche in non-pregnant women: a modified Delphi procedure. Ultrasound Obstet Gynecol. 2019;53:264-268.
  • Tahara M, et al. Preliminary report of treatment with oral contraceptive pills for intermenstrual vaginal bleeding secondary to a cesarean section scar. Fertil Steril. 2006;86:477-9.
  • Wang CJ, et al. Challenges in the transvaginal management of abnormal uterine bleeding secondary to cesarean section scar defect. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2011;154:218-22.

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