

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。
目次 -INDEX-
骨盤内炎症性疾患の概要
骨盤内炎症性疾患は、子宮の中や卵管、卵巣といった女性の内性器に起こる炎症性の病気です。通常は腟からの細菌感染により引き起こされ、多くの場合は性感染症に関連して発症します。米国では生殖年齢の女性の10人に1人がかかるとされており、予防や治療が可能な不妊の原因として最も多い病気です。わが国でも5年間で3万人以上が入院を必要とするなど、決して珍しい病気ではありません。骨盤内炎症性疾患の原因
主な原因は性感染症の原因となる細菌による感染です。特に多いのが、クラミジアと淋菌による感染で、近年は性器マイコプラズマという細菌による感染も注目されています。また、出産後、流産後、子宮内の手術の後に感染することもあります。まれに、卵巣の腫瘍から漏れ出た内容物による炎症が原因となることもあります。特に最近のマイコプラズマについては、単独では重症化しにくいものの、他の細菌と一緒に感染すると症状が悪化する可能性が指摘されています。骨盤内炎症性疾患の前兆や初期症状について
最初は軽い下腹部の痛みから始まることが多く、通常は片側にのみ痛みを感じます。生理以外の不規則な出血があったり、おりものの量が増えて悪臭を伴ったりすることがあります。症状が進むと、下腹部の痛みが強くなり、熱が出たり、吐き気や嘔吐を伴うようになります。おりものは黄緑色で膿のような状態となり、性行為の時や排尿時に痛みを感じることもあります。ただし、クラミジアやマイコプラズマによる感染では、重い感染症になっても症状がほとんどない場合もあるため注意が必要です。 また、感染が長期間続くと、卵管や卵巣に膿がたまることがあります。このような状態が進むと、膿が腹腔内に広がって腹膜炎を起こすことがあり、その場合は激しい腹痛や嘔吐、血圧低下などの重篤な症状が現れることがあります。さらに、炎症により内臓同士がくっついてしまう癒着が起こり、不妊症や慢性的な骨盤の痛みの原因となることもあります。骨盤内炎症性疾患の検査・診断
下腹部の痛みや、いつもと違う異臭のあるおりものがある場合、特に妊娠可能な年齢の方は本病気を疑う必要があります。診断のために、血液検査で体の炎症の程度を調べたり、内診で骨盤の痛みを確認したりします。また、子宮の入り口から検体を採取して細菌の検査を行います。クラミジアや淋菌については特殊な検査(核酸増幅検査)で調べることができます。必要に応じて超音波検査やCT、MRIなどの画像検査も行います。また、似たような症状を示す子宮外妊娠との区別のために、妊娠検査も行います。 検査で診断がはっきりしない場合や、治療の効果が見られない場合は、お腹の中を直接観察する腹腔鏡検査が必要になることもあります。骨盤内炎症性疾患の治療
治療の基本は抗生物質による治療です。原因となっている細菌によって使用する薬が異なります。クラミジアが原因の場合は、アジスロマイシンやクラリスロマイシンなどの抗生物質を使います。淋菌が原因の場合は、セフトリアキソンという注射薬による治療を行います。マイコプラズマが原因の場合は、アジスロマイシンなどのマクロライド系と呼ばれる抗生物質を使用します。 治療開始から3日以内に症状の改善が見られない場合や、膿がたまっている場合は、膿を抜き取る処置や手術が必要になることもあります。また、パートナーの方の検査や治療も同時に行うことが大切です。治療が終わって完治が確認できるまでは、症状が消えていても性行為は控える必要があります。骨盤内炎症性疾患になりやすい人・予防の方法
骨盤内炎症性疾患になりやすい人
この病気は35歳未満の性的に活発な若い世代がなりやすいとされています。また、コンドームを使用しない性行為をする方や、複数のパートナーがいる方、性感染症やその他の腟の感染症にかかったことがある方、以前に同じ病気にかかったことがある方がなりやすい傾向にあります。予防の方法
予防のためには、コンドームを正しく使用することが最も重要です。性感染症を避ける確実な方法は性行為を控えることですが、現実的な予防法としては適切なコンドームの使用が推奨されます。また、定期的に婦人科検診を受けることや、気になる症状があればすぐに受診することも大切です。この病気は早期に発見して治療すれば完治する可能性が高い病気です。しかし、治療が遅れたり、炎症が長引いたり、症状が重くなったり、何度も繰り返したりすると、不妊症や子宮外妊娠などの深刻な合併症を引き起こす可能性が高くなります。そのため、早めの受診と適切な治療が非常に重要です。関連する病気
- クラミジア感染症
- 淋菌感染症
- マイコプラズマ感染症
- トリコモナス膣炎
- 卵管炎
- 卵管卵巣膿瘍
- 骨盤腹膜炎
- 慢性骨盤痛
- 子宮内膜炎
- 絨毛膜羊膜炎
参考文献
- 松本哲朗,他. 尿路性器感染症に関する臨床試験実施のためのガイドライン-第1版-. 日本化学療法学会雑誌 2009;57:511-525.
- Kreisel K, et al. Prevalence of Pelvic Inflammatory Disease in Sexually Experienced Women of Reproductive Age-United States, 2013-2014. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2017;66:80-83.
- Catherine LH, et al. Mycoplasma genitalium: an emerging cause of pelvic inflammatory disease. Infect Dig Obstet Gynecol 2011;2011:959816.
- 産婦人科感染症マニュアル. 日本産婦人科感染症学会(編). 金原出版,2018.
- 野口靖之,他. 性器クラミジア・淋菌感染症. 産科と婦人科 2018;85:904-909.
- 駒井 幹,他. 骨盤炎症性疾患(pelvic inflammatory disease;PID). 成人病と生活習慣病 2017;47:1588-1592.
- 産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編2020. 日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会(編). 日本産科婦人科学会,2020.
- 性感染症診断・治療ガイドライン2020. 日本性感染症学会(編). 診断と治療社,2020.
- 濱砂良一. 淋菌感染症の基礎と臨床. 臨床婦人科産科 2018;71:25-33.
- 萩原真生,他. ウレアプラズマ・マイコプラズマと臨床. 臨床婦人科産科 2018;71:139-143.




