

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
子癇の概要
子癇は、妊娠20週以降の妊婦さんに起こる重篤な合併症の一つで、てんかんのような全身性の痙攣発作を特徴とします。発症頻度は100件の分娩あたり0.03~0.28件と比較的まれな疾患ですが、適切な治療を行わないと母体や赤ちゃんに重大な影響を及ぼす可能性があります。先進国では医療体制の整備により発症率は低く抑えられていますが、発展途上国では依然として重要な母体死亡の原因となっています。発症時期は妊娠中が約60~70%と最も多く、分娩中や分娩後がそれぞれ20~30%程度となっています。特に分娩後は48時間以降でも発症することがあり、産後6週間程度まで注意が必要です。
子癇の原因
子癇の発症メカニズムは完全には解明されていませんが、主に血液と脳の間にある防御壁(血液脳関門)が何らかの原因で脆弱化することで発症すると考えられています。この過程には、体内の炎症物質や血管に影響を与える様々な因子が関与していることが分かっています。特に急激な血圧上昇により、脳内の血管調節機能が破綻し、脳浮腫を引き起こすことが重要な要因とされています。また、妊娠に伴うホルモンの変化や血液の凝固性の亢進なども発症に関与している可能性が指摘されています。子癇を発症した方の脳の検査では、血管周囲の浮腫や微小な出血、まれに脳組織の壊死などが確認されることがあります。
子癇の前兆や初期症状について
子癇発作の前に様々な警告的な症状が現れることがあります。最も多いのは強い頭痛で、患者さんの約66%に認められます。また、かすみ目や物が二重に見える、一時的な視野の異常といった視覚の異常が約27%、上腹部の痛みが約25%の方に出現します。しかし、これらの症状だけで子癇の発症を確実に予測することは難しく、また子癇患者さんの約25%は高血圧を伴わず、14%は尿たんぱくが検出されないことも知られています。症状がない状態から突然発症することもあるため、妊娠中の定期的な健診が重要です。発作自体は通常数分で収まりますが、意識の回復までにはある程度の時間を要することがあります。
子癇の検査・診断
子癇の診断には、まず他の痙攣の原因となる疾患を除外する必要があります。特に脳卒中との鑑別が重要で、頭部CT検査やMRI検査が有用です。MRI検査では、特徴的な脳の浮腫(PRES:後部可逆性脳症症候群)が90%の症例で確認されます。この状態は適切な治療により、通常1~2週間程度で回復することが知られています。医療機関では、血液検査や尿検査、母体と胎児の状態を確認するためのモニタリング検査なども併せて行われます。血液検査では血小板数、肝機能、腎機能、凝固機能などを確認し、合併症の有無や治療方針の決定に活用します。胎児の状態は、心拍数モニタリングを通じて継続的に評価されます。
子癇の治療
子癇の治療は迅速な対応が必要です。診断後まず5分以内に気道確保と酸素投与を行い、その後15分程度をめどに降圧治療を開始し、20分以内に各種検査を実施することが推奨されています。まず第一に、患者さんの気道を確保し、十分な酸素投与を行います。誤って舌を噛んだり、吐いた物を誤って吸い込んだりすることを防ぐため、体を横向きにして寝かせ、必要に応じて口腔内の吸引を行います。次に、痙攣発作を抑えるために硫酸マグネシウムという薬剤を投与します。この薬剤は痙攣の予防効果も持ち合わせており、通常は分娩後24時間まで継続して使用します。
同時に、血圧のコントロールも重要です。一般的に収縮期血圧140mmHg未満、拡張期血圧90mmHg未満を目標に降圧剤を使用して管理します。これらの治療には高度な医療設備が必要となるため、多くの場合、ICUやNICUを備えた高次医療機関での管理が必要となります。
痙攣が落ち着いた後は、分娩の方法を検討します。子癇は必ずしも帝王切開の絶対的な適応とはなりませんが、母体や胎児の状態、妊娠週数などを総合的に判断して分娩方法を決定します。子癇を発症した場合の主な合併症には、肺水腫(3~12%)、急性腎不全(3~8.8%)、血液凝固異常(6~7%)などがあります。そのため、分娩後も少なくとも72時間は慎重な観察が必要です。また、長期的な影響として、記憶障害(22%)、視覚障害(11%)、頭痛(18%)などの後遺症が報告されています。
子癇になりやすい人・予防の方法
子癇になりやすい人
子癇の発症リスクが高まる要因として、35歳以上または20歳以下の年齢、初めての妊娠、双子などの多胎妊娠、十分な妊婦健診を受けていない場合などが知られています。また、過去に妊娠高血圧症候群を経験した方も注意が必要です。
予防の方法
予防には定期的な妊婦健診が最も重要で、血圧測定と尿検査を通じて早期に危険信号を察知することが可能です。リスクの高い方には、予防的に低用量アスピリンを投与することがあり、また重症の妊娠高血圧症候群の方には、子癇の予防のために硫酸マグネシウムが投与されることもあります。なお、一度子癇を経験された方は、次回の妊娠でも発症するリスクが約2%あり、また妊娠高血圧症候群を発症するリスクも25%と高くなります。そのため、次回妊娠時には特に慎重な管理が必要となり、より頻繁な健診や早期からの予防的治療が検討されます。ただし、子癇の既往があることは必ずしも次回妊娠の禁忌とはならず、適切な管理のもとで安全な妊娠・出産が可能です。
参考文献
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