

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
癒着胎盤の概要
癒着胎盤とは、妊娠子宮の基底脱落膜の欠損部位より絨毛が子宮筋層に直接侵入し、分娩後自然脱落することができない、もしくは困難となった状態です。特に心配なのは、重症な場合に大量の出血を引き起こす可能性があり、最も重症な「穿通胎盤」と呼ばれる状態では、約100人に1人の割合で命に関わる危険があることです。癒着胎盤の最大の問題は、分娩前の診断の難しさと、分娩時に大量出血をしばしば認める点です。分娩前の診断ができれば、癒着胎盤としてのリスク評価、十分な輸血の確保、スタッフの確保、集学的治療の準備が行われ、母体予後を改善することができます。しかし、未診断の癒着胎盤であった場合、これらの準備がなされていないため素早い対応が必要となります。
癒着胎盤の原因
癒着胎盤が起こりやすい最も大きな要因は、胎盤が子宮の出口を覆ってしまう「前置胎盤」という状態と、過去に帝王切開を経験していることです。特に前置胎盤がある場合、帝王切開を受けた回数が増えるほど癒着胎盤になる可能性が高くなります。例えば、帝王切開1回の場合は100人中3人程度ですが、3回経験している場合は100人中40人、4回では100人中61人と大きく増加します。
近年の研究では、体外受精で妊娠した場合も癒着胎盤のリスクが高まることがわかってきました。特に凍結した胚を用いた場合のほうが、新鮮な胚を用いた場合よりもリスクが高くなります。これは、胚を戻すときの子宮の内膜の厚さが関係していると考えられています。
また、年齢が高い方や、子宮の手術を受けたことがある方、子宮の形が通常と異なる方なども、やや癒着胎盤になりやすいことがわかっています。
癒着胎盤の前兆や初期症状について
満期産の経腟分娩で癒着胎盤の症例を事前に予見することは通常困難です。癒着胎盤の診断の限界については、患者に理解してもらうように努める必要があります。米国の大規模研究では、子宮手術の既往を有さない患者における予想外の癒着胎盤は3,797分娩に1例の頻度で発生すると報告されています。
帝王切開時の癒着胎盤の頻度は経腟分娩時より高く、約0.3%と報告されています。特に前置胎盤に既往帝王切開が加わると、リスクは飛躍的に上昇します。前置胎盤がない場合でも、4回目以降の帝王切開では0.8%と高率になることに注意が必要です。
癒着胎盤の検査・診断
超音波検査で癒着胎盤が疑われた場合、より詳しい検査としてMRI検査を行うことがあります。MRI検査は特に、胎盤が子宮の壁にどのくらい深く入り込んでいるかを調べるのに役立ちます。また、胎盤が膀胱まで到達していないかどうかを確認することもできます。
これらの検査は、出産に向けた準備を整えるために重要です。例えば、胎盤が深く入り込んでいることがわかれば、より多くの医療スタッフや輸血の準備が必要になります。また、専門的な設備が整った病院で出産する必要があるかどうかを判断する材料にもなります。
妊婦健診で前置胎盤と診断された場合や、過去に帝王切開を経験している場合は、特に注意深く検査が行われます。また、体外受精で妊娠した方の場合も、画像での発見が難しい可能性があるため、慎重に検査が進められます。
通常は妊娠18〜20週、28〜30週、32〜34週頃に詳しい超音波検査を行い、胎盤の状態を確認します。この時期に検査を行うことで、出産に向けた適切な計画を立てることができます。
癒着胎盤の治療
癒着胎盤の場合、最も大切なのは計画的な出産の準備です。通常、赤ちゃんの成長と出血のリスクのバランスを考えて、妊娠34週から35週頃に予定帝王切開を行います。これは早すぎず遅すぎない、最も安全な時期とされています。
手術は、さまざまな分野の専門医がチームとなって行います。産科医はもちろん、赤ちゃんの専門医、麻酔の専門医、必要に応じて膀胱や尿管の手術ができる泌尿器科医なども参加します。また、大量の出血に備えて、十分な量の血液を準備しておくことも重要です。
標準的な治療法は、赤ちゃんを取り出した後に、胎盤をつけたまま子宮を摘出する方法です。胎盤を無理に剥がそうとすると大量出血の危険があるためです。手術中は体温を保ち、出血した分の血液を補充しながら、慎重に手術を進めていきます。
場合によっては、胎盤を子宮の中に残したまま様子を見る方法を選ぶこともあります。この方法は約8割の方で成功していますが、その後の感染症などの合併症のリスクもあるため、慎重に検討する必要があります。
癒着胎盤になりやすい人・予防の方法
完全に予防することは難しいのですが、リスクを減らすための取り組みは可能です。特に重要なのは、不必要な帝王切開を避けることです。また、前置胎盤がある場合は、特に注意深い管理が必要です。
将来の妊娠については、治療方法によって異なります。子宮を残す治療を受けた方の約3割が次の妊娠を希望され、多くの方が妊娠・出産を経験しています。ただし、次の妊娠でも13〜28%の確率で再び癒着胎盤になる可能性があるため、より慎重な管理が必要です。
このため、妊娠を考えている方は、前もって医師とよく相談し、自分の状況に合わせた計画を立てることが大切です。
参考文献
- 松崎聖子,松崎慎哉,竹村昌彦: 前置胎盤・癒着胎盤.周産期医 51(増刊):273-277,2021
- Belfort MA: Placenta accreta. Am J Obstet Gynecol 203:430-439, 2010
- Matsuzaki S, et al: Trends, characteristics, and outcomes of placenta accreta spectrum: a national study in the United States. Am J Obstet Gynecol 225:534.e1-34.e38, 2021
- Sentilhes L, et al: Conservative management or cesarean hysterectomy for placenta accreta spectrum: the PACCRETA prospective study. Am J Obstet Gynecol 226:839.e1-39.e24, 2022
- Matsuzaki S, et al: Conservative management of placenta percreta. Int J Gynaecol Obstet 140:299-306, 2018