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産褥
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

産褥の概要

産褥期とは、出産後に母体が妊娠前の状態に戻るまでの期間を指し、通常は6〜8週間程度です。この間、妊娠・出産で大きな負担を受けた身体が徐々に回復し、ホルモンバランスが妊娠前の状態へと整っていきます。子宮が収縮し、元の大きさに戻り、会陰や腟の傷が治癒していく一方で、授乳を通じて母乳の分泌が安定します。さらに、産褥期は母親の身体的健康だけでなく、心理的な健康にも重要な影響を及ぼします。適切な産後ケアを行うことで、母体が良好な状態で回復できるよう支援することが求められます。

産褥の原因

産褥期における母体の変化は、様々な生理的要因によって引き起こされます。分娩による子宮や産道の解剖学的変化に加え、胎盤排出後にはエストロゲンやプロゲステロンが急激に低下し、ホルモンバランスが大きく変動します。また、妊娠中に増加した血液量や体液量の調整が行われ、子宮は復古過程(分娩後の子宮が徐々に妊娠前の大きさに戻っていく過程)を通じて徐々に小さくなっていきます。これらの変化は、母体が妊娠・出産を経て、通常の状態に戻るために必要な生理的プロセスです。

産褥の前兆や初期症状について

産褥期の初期には、特徴的な身体変化が見られます。まず体温に関しては、分娩直後から1時間以内にシバリングと呼ばれるふるえ熱産生が約半数の方に見られ、その後数日間は37℃台の微熱が続くことがあります。ただし、38℃以上の発熱や産褥3日以降の発熱が見られる場合は、産褥熱の可能性を考慮し、医療機関での評価が必要となります。
子宮の変化も顕著で、分娩直後は子宮の底が臍の下2~3横指まで下降しますが、分娩12時間後には一時的に臍の高さまで上昇します。その後、子宮復古(分娩後の子宮が徐々に妊娠前の大きさに戻っていく過程)が進むにつれて徐々に下降し、産褥5日目には臍と恥骨の中央部分の高さまで下がり、産褥10日目には子宮の底は触れなくなります。この過程で後陣痛と呼ばれる子宮収縮による痛みを感じることがあり、これは子宮復古を促す重要な生理的現象です。初産婦では持続的な収縮感として、経産婦ではより間歇的な強い収縮として感じられることが多く、特に授乳・搾乳後に増強する傾向がありますが、通常は産褥3日目までには軽快していきます。
また、産褥期には悪露と呼ばれる分泌物が子宮・腟から排出されます。これは分娩後の回復過程における重要な生理的現象で、時期によって性状が変化していきます。最初の数日間は赤色の悪露が見られ、その後産褥3日頃からは褐色に変化し、1~2週間後には黄色、3~4週間後には白色へと徐々に変化していきます。通常、悪露の排出は24~36日程度で終了します。

産褥の検査・診断

産褥期における検査と診断は、母体の回復過程を適切に評価し、異常の早期発見を目的として実施されます。医療機関では、分娩直後から退院までの期間、そして退院後の産後健診を通じて、様々な観点から母体の状態を評価していきます。
入院中は、バイタルサインの確認が重要な診断指標となります。体温は38℃以上の発熱や産褥3日以降の発熱が見られた場合には産褥熱を疑い、原因検索が必要です。血圧に関しては、場合により積極的な降圧治療が必要となることがあります。また心拍数、呼吸数、酸素飽和度なども定期的に確認し、異常値が持続する場合には原因検索を行います。
子宮復古の評価も重要な診断項目です。子宮底の位置を定期的に確認し、通常の復古過程から逸脱していないかを評価します。悪露についても、その性状、量、臭いを観察し、異常の有無を確認します。特に血性の悪露が2週間以上持続する場合は子宮復古不全や胎盤遺残の可能性があり、また異臭がある場合は子宮内感染や直腸腟瘻などの可能性を考慮する必要があります。
産褥期の重要な観察項目として、排尿・排便機能の評価も欠かせません。分娩後4時間以内に排尿がない場合は、産道裂傷、膀胱損傷、血腫などの検索が必要となります。また、便失禁がある場合は産科肛門括約筋損傷の可能性を考慮し、精査が必要です。
退院前には特に血圧変化に注意が必要で、産褥3~6日にかけて血圧が緩やかに上昇することが多いため、退院前1~2日の血圧変化を慎重に観察します。また、深部静脈血栓症の徴候として、下肢の片側性浮腫や把握痛なども注意深く観察します。
産後1ヶ月健診では、子宮の収縮状態、会陰部や腟の創傷治癒状況、乳房トラブルの有無などの身体的な評価に加え、精神状態の評価も重要です。産後うつの早期発見のため、気分の変化や睡眠状態などについても丁寧に問診を行います。必要に応じて超音波検査や血液検査などの追加検査を実施し、母体の回復状態を総合的に評価します。
このように産褥期の検査・診断は多岐にわたり、それぞれの時期に応じた適切な評価が重要です。異常が疑われる場合には、速やかに医療機関を受診し、必要な検査と治療を受けることが推奨されます。

産褥の治療

産褥期の治療は、母体の自然な回復を支援することを目的としています。まず、十分な休養適切な栄養摂取が推奨されます。家族やパートナーの支援を受けて、家事や育児の負担を軽減することも大切です。痛みが強い場合には、鎮痛剤が処方されることがあり、特に会陰部の痛みや後陣痛に対して用いられることがあります。会陰部の傷には清潔を保つケアが推奨され、感染予防の観点からも重要です。また、授乳による乳腺のトラブルには温湿布や軽いマッサージが効果的です。精神的なサポートも治療の一環であり、情緒不安定や産後うつが懸念される場合には、カウンセリングや心理療法が推奨されることがあります。

産褥になりやすい人・予防の方法

産褥になりやすい人

産褥期に体調不良や精神的な不安定さを抱えやすいのは、難産や出血が多かった人、または出産後のサポートが不十分な環境にある人です。また、初産の女性や母乳育児に関して悩みを抱えている場合、特に産後うつに陥りやすいとされています。

予防の方法

これを予防するためには、家族やパートナーからのサポートを積極的に受けることが推奨されます。また、医療機関での産後健診や、助産師によるアフターケアを受けることで、産褥期の不調を早期に発見し、対応することができます。特に、育児に関する不安が強い場合には、地域の育児支援サービスを利用することも有効です。産褥期を健やかに過ごすためには、環境の整備周囲の協力が不可欠であり、母体の健康維持のために積極的な支援が求められます。


関連する病気

  • 子宮内感染症
  • 会陰感染
  • 深部静脈血栓症
  • 産後うつ病

参考文献

  • Paladine HL, Blenning CE, Strangas Y. “Postpartum Care: An Approach to the Fourth Trimester.” American Family Physician. 2019 Oct 15;100(8):485-491.
  • Evensen A, Anderson JM, Fontaine P. “Postpartum Hemorrhage: Prevention and Treatment.” American Family Physician. 2017 Apr 1;95(7):442-449.
  • American College of Obstetricians and Gynecologists’ Committee on Obstetric Practice. “Optimizing Postpartum Care.” Obstetrics & Gynecology. 2018 May;131(5)

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