監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
子宮破裂の概要
子宮破裂は、妊娠中または分娩中に子宮壁が裂けて開く深刻な産科的合併症です。この状態は、母体と胎児の両方に生命を脅かす危険をもたらす可能性があります。子宮破裂は、子宮筋層の全層が裂けることを指し、不完全破裂(子宮漿膜が保たれている状態)と完全破裂(腹腔内に胎児や胎盤が露出する状態)に分類されます。
子宮破裂の発生率は比較的低く、全分娩の約0.07%(1,000分娩に0.7例)程度と報告されています。しかし、帝王切開の既往がある場合、そのリスクは約1%まで上昇します。発生率は低いものの、発生した場合の母児への影響は非常に大きいため、産科医療において重要な課題となっています。
子宮破裂は主に分娩中に発生しますが、まれに妊娠中期や後期に起こることもあります。特に、前回帝王切開後の経腟分娩(VBAC: Vaginal Birth After Cesarean)を試みる場合や、子宮に手術歴がある場合にリスクが高まります。
子宮破裂が発生すると、急激な腹痛、出血、胎児心拍の異常などの症状が現れ、迅速な診断と対応が必要となります。適切に管理されない場合、母体では大量出血、ショック、多臓器不全などの重篤な合併症を引き起こし、胎児では重度の低酸素症や死亡のリスクが高まります。
そのため、子宮破裂のリスク因子を持つ妊婦に対しては、慎重な管理と適切な分娩方法の選択が重要です。また、すべての分娩において子宮破裂の可能性を念頭に置き、早期発見と迅速な対応ができるよう準備することが求められます。
子宮破裂の原因
子宮破裂の主な原因は、子宮壁の脆弱性と過度の子宮伸展や収縮です。子宮壁の脆弱性は、主に帝王切開や他の子宮手術の既往によってもたらされます。特に、帝王切開後の子宮瘢痕部は破裂のリスクが高くなります。また、子宮奇形や多産も子宮壁を脆弱化させる要因となります。
過度の子宮伸展は、巨大児、多胎妊娠、羊水過多などの状況で生じます。一方、過度の子宮収縮は、誘発分娩や陣痛促進剤の使用、遷延分娩などで起こりやすくなります。これらの状況下では、脆弱な子宮壁に過度の負荷がかかり、破裂のリスクが高まります。
外傷、例えば腹部への直接的な外力や不適切な子宮底圧迫なども、子宮破裂を引き起こす可能性があります。
これらの要因が単独で、あるいは複合的に作用することで子宮破裂が発生します。特に、子宮壁の脆弱性と過度の伸展や収縮が同時に存在する場合、リスクは著しく高まります。しかし、明らかなリスク因子がない場合でも子宮破裂が起こる可能性があるため、すべての妊娠・分娩において注意が必要です。
子宮破裂の前兆や初期症状について
子宮破裂は急激に発症し、迅速な対応が必要となる緊急事態です。しかし、完全な破裂に至る前に、いくつかの前兆や初期症状が現れることがあります。これらの症状を早期に認識することが、適切な対応と予後の改善につながります。以下に主な症状を説明します。
急激な腹痛:最も一般的かつ重要な症状です。突然の激しい痛みが持続し、既存の陣痛とは明らかに異なる性質を持ちます。
陣痛パターンの変化:規則的だった陣痛が突然弱くなったり、消失したりすることがあります。
出血:腟からの出血が見られることがありますが、必ずしも多量ではありません。
胎児心拍の異常:胎児心拍数の急激な低下や変動の消失が観察されることがあります。
子宮収縮の消失:子宮筋の機能が失われることで、子宮の緊張が低下します。
胎児部分の触知:完全破裂の場合、腹壁を通して胎児の一部を直接触知できることがあります。
ショック症状:大量出血に伴い、頻脈、血圧低下、冷汗、顔面蒼白などのショック症状が現れることがあります。
これらの症状は、必ずしもすべての症例で観察されるわけではありません。しかし、特に子宮破裂のリスク因子を持つ妊婦において、これらの症状が認められた場合は、子宮破裂の可能性を強く疑う必要があります。
医療従事者は、これらの症状に注意を払い、疑わしい所見が認められた場合は迅速に評価を行う必要があります。同時に、妊婦やその家族にもこれらの症状について事前に説明し、異常を感じた場合は速やかに報告するよう指導することが重要です。
子宮破裂の検査・診断
子宮破裂の診断は主に臨床症状と身体所見に基づいて行われますが、迅速な判断と対応が求められるため、複数の検査を組み合わせて総合的に評価します。以下に主な診断方法を説明します。
問診と症状評価:急激な腹痛の有無や性質、陣痛パターンの変化、出血の有無と程度、胎動の変化、既往歴(特に帝王切開や子宮手術歴)を確認します。
身体診察:腹部触診で子宮の緊張度、圧痛の有無、胎児部分の異常な触知を評価します。また、バイタルサインの測定と腟内診も行います。
胎児心拍モニタリング:連続的胎児心拍モニタリングで胎児心拍数の急激な低下や変動の消失を観察します。
超音波検査:経腹超音波で子宮壁の連続性、胎児の位置、羊水量を評価します。カラードプラ法で子宮壁の血流も確認します。
MRI検査:緊急時には実施困難ですが、不完全破裂の診断や破裂部位の詳細な評価に有用です。
血液検査:血算で貧血の程度を評価し、凝固機能検査でDICの有無を確認します。また、輸血に備えて血液型とクロスマッチも行います。
診断基準としては、急激な腹痛と子宮収縮の消失、胎児心拍数の異常(特に遷延性徐脈)、腹壁を通しての胎児部分の触知、超音波検査での子宮壁の不連続性や腹腔内出血の確認などが重要です。
子宮破裂の診断では、他の急性腹症(例:胎盤早期剥離、子宮捻転など)との鑑別も重要です。これらの状態は症状が重複することがあり、適切な治療のためには正確な診断が不可欠です。
子宮破裂の治療
子宮破裂の治療は、母体と胎児の生命を救うための緊急処置であり、迅速かつ適切な対応が求められます。治療の主な目的は、出血のコントロール、胎児の娩出、そして可能であれば子宮の修復です。以下に主な治療方法を説明します。
緊急帝王切開:子宮破裂が診断されたら、可能な限り迅速に帝王切開を行い、胎児を娩出します。時間が許せば全身麻酔を行いますが、緊急性が高い場合は局所麻酔下で開始することもあります。
出血のコントロール:大量出血に対しては、輸液・輸血療法を行います。必要に応じて、凝固因子製剤や抗線溶薬も使用します。
子宮修復:破裂部位の縫合修復を試みます。修復が可能かどうかは、破裂の程度や部位、出血の状況などによって判断します。
子宮全摘出:修復が困難な場合や、止血が困難な場合には子宮全摘出を行うことがあります。これは最終的な選択肢として考慮されます。
術後管理:集中治療室での厳重な観察が必要です。出血、感染、多臓器不全などの合併症に注意します。
心理的サポート:子宮破裂は母体と家族に大きな心理的影響を与えるため、適切な心理的サポートも重要です。
治療の選択は、子宮破裂の程度、出血量、母体の全身状態、胎児の状態などを総合的に判断して決定されます。また、将来の妊娠希望の有無も考慮に入れます。
子宮破裂の治療は高度な緊急性を伴うため、産科、麻酔科、小児科(新生児科)、集中治療部門などの多職種チームによる協力が不可欠です。そのため、多くの施設では子宮破裂を含む産科救急に対する対応プロトコルを整備し、定期的な訓練を行っています。
子宮破裂になりやすい人・予防の方法
子宮破裂のリスクは様々な要因によって高まりますが、最も重要なリスク因子は帝王切開の既往です。特に、古典的帝王切開(縦切開)の既往がある場合、リスクは著しく高くなります。また、子宮筋腫核出術などの他の子宮手術歴も重要なリスク因子となります。
多産婦、高齢出産、多胎妊娠、巨大児、羊水過多なども子宮破裂のリスクを高める要因です。これらの状態では、子宮壁への負荷が増加するためです。また、誘発分娩や陣痛促進剤の使用も、適切に管理されない場合にはリスクを高める可能性があります。
子宮破裂の完全な予防は困難ですが、リスクを軽減するためのいくつかの方法があります。
まず、帝王切開の既往がある場合、次回妊娠時の分娩方法について慎重に検討する必要があります。VBACを希望する場合は、そのリスクとベネフィットについて十分に説明を受け、適切な施設で管理される必要があります。
妊娠中は、定期的な妊婦健診を受け、胎児の成長や羊水量を適切に評価することが重要です。巨大児や羊水過多が疑われる場合は、より慎重な管理が必要となります。
分娩時には、過度の陣痛促進を避け、適切な分娩進行の管理が重要です。また、子宮収縮や胎児心拍のモニタリングを慎重に行い、異常の早期発見に努めます。
子宮破裂のリスクが高い妊婦に対しては、症状や徴候について事前に説明し、異常を感じた場合は速やかに医療機関に連絡するよう指導することも重要です。
予防において最も重要なのは、個々の妊婦のリスク評価に基づいた適切な管理と、医療者と妊婦の良好なコミュニケーションです。リスクを認識し、適切な予防策を講じることで、子宮破裂のリスクを最小限に抑えることができます。
関連する病気
- 子宮内感染症
- 妊娠高血圧症候群
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