監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
子宮復古不全の概要
子宮復古不全は、分娩後に子宮が正常なペースで収縮し、元の大きさに戻る過程(子宮復古)が遅延または不完全な状態を指します。正常な子宮復古では、分娩直後の子宮底は臍の高さにありますが、その後徐々に下降し、約6週間で妊娠前の大きさに戻ります。子宮復古不全では、この過程が遅れ、子宮が予想よりも大きいままとなります。
子宮復古不全の発生率は、研究によって異なりますが、おおよそ産後女性の5-10%程度と報告されています。この状態は、産後出血のリスクを高め、感染症や疼痛などの合併症を引き起こす可能性があるため、適切な診断と管理が重要です。
子宮復古不全は、単に子宮の収縮が不十分であるだけでなく、子宮筋層の再生や血管系の再構築など、複雑な生理学的プロセスの障害を反映しています。このため、その管理には多面的なアプローチが必要となります。
子宮復古不全の原因
子宮復古不全の原因は多岐にわたり、しばしば複数の要因が関与しています。主な原因として、子宮の過伸展、ホルモンバランスの乱れ、感染、そして機械的な要因が挙げられます。
子宮の過伸展は、多胎妊娠や巨大児、羊水過多などによって引き起こされます。過度に伸展された子宮筋は、分娩後に効果的に収縮する能力が低下する可能性があります。この状態は、子宮筋繊維の弾性が低下し、正常な収縮力を発揮できないことに起因します。
ホルモンバランスの乱れも重要な要因です。特に、オキシトシンの分泌不足や子宮のオキシトシンに対する感受性の低下が、子宮復古不全を引き起こす可能性があります。オキシトシンは子宮収縮を促進する重要なホルモンであり、その作用が十分でない場合、子宮の収縮が不十分となります。
感染も子宮復古不全の原因となり得ます。子宮内膜炎や産褥熱などの感染症は、子宮筋の収縮を妨げ、復古過程を遅延させる可能性があります。感染は炎症反応を引き起こし、これが子宮筋の正常な機能を阻害するのです。
機械的な要因としては、胎盤遺残や子宮内血腫の存在が挙げられます。これらは物理的に子宮の収縮を妨げ、また局所的な炎症反応を引き起こすことで、子宮復古不全を引き起こします。特に胎盤遺残は、子宮収縮を妨げるだけでなく、持続的な出血の原因ともなり得ます。
また、子宮筋腫や子宮奇形などの解剖学的異常も、子宮復古不全のリスクを高める可能性があります。これらの状態は、子宮筋の正常な収縮パターンを妨げ、効果的な復古を困難にします。
これらの要因が単独で、あるいは複合的に作用することで、子宮復古不全が引き起こされます。個々の症例では、これらの要因の組み合わせや相互作用が異なるため、適切な診断と個別化された管理が重要となります。
子宮復古不全の前兆や初期症状について
子宮復古不全の前兆や初期症状は、しばしば他の産後の合併症と重複するため、注意深い観察が必要です。以下に主な症状を説明します。
最も一般的な症状は、持続的な性器出血または多量の悪露です。正常な産褥期では、悪露は徐々に減少し、色も赤から褐色、そして白色へと変化していきますが、子宮復古不全では鮮血性の出血が持続したり、量が多くなったりすることがあります。
腹部の違和感や下腹部痛も重要な症状です。通常、産後の子宮収縮に伴う痛み(後陣痛)は徐々に軽減していきますが、子宮復古不全では持続的な痛みや不快感が続くことがあります。特に、子宮底の高さが予想よりも高い位置にとどまっている場合は注意が必要です。
発熱も子宮復古不全の症状の一つです。特に38度以上の発熱が持続する場合は、子宮内感染の可能性を考慮する必要があります。ただし、発熱は必ずしも子宮復古不全に特異的な症状ではないため、他の原因も同時に検討する必要があります。
悪臭を伴う腟分泌物も、子宮復古不全、特に感染を伴う場合の重要な徴候です。正常な悪露には特有の臭いがありますが、腐敗臭や強い悪臭がする場合は、医療機関への受診が必要です。
これらの症状は、産後の正常な経過でも一時的に現れることがあるため、その持続期間や程度が重要になります。特に、症状が悪化したり、長期間持続したりする場合は、子宮復古不全を疑う必要があります。
産後の女性やその家族は、これらの症状に注意を払い、異常を感じた場合は速やかに医療機関に相談することが重要です。早期発見と適切な管理は、子宮復古不全による合併症のリスクを減少させ、産後の回復を促進します。
子宮復古不全の検査・診断
子宮復古不全の診断は、主に臨床症状の評価と身体診察を基本とし、必要に応じて画像診断や検査室検査を組み合わせて行います。
以下に主な診断方法を説明します。
問診と症状評価
医師は患者の産後の経過、出血の量や性状、痛みの程度、発熱の有無などについて詳細に聴取します。また、妊娠・分娩歴や合併症の有無なども重要な情報となります。
身体診察
- 腹部触診:子宮底の高さを評価します。正常な子宮復古では、子宮底は日に約1-2cmずつ下降しますが、復古不全ではこの下降が遅れます。
- 腟鏡診:腟からの出血の量や性状、子宮頸管の状態を評価します。
- 双合診:子宮の大きさ、硬度、圧痛の有無を評価します。
超音波検査
経腹的または経腟的超音波検査を行い、子宮の大きさ、子宮内腔の状態、胎盤遺残の有無などを評価します。また、子宮内血腫や子宮筋層の厚さなども観察できます。
血液検査
- 血算:貧血の有無や程度を評価します。
- 炎症マーカー(CRP、白血球数):感染の有無や程度を評価します。
- 凝固機能検査:出血傾向の有無を評価します。
培養検査
感染が疑われる場合、腟分泌物や子宮内容物の細菌培養検査を行うことがあります。
MRI検査
複雑な症例や、超音波検査で評価が困難な場合に行われることがあります。子宮筋層の状態や胎盤遺残の詳細な評価に有用です。
診断基準としては、産後6週間以降も子宮が予想される大きさより明らかに大きい場合や、持続的な出血がある場合などが挙げられます。ただし、厳密な基準は確立されておらず、臨床症状と検査結果を総合的に評価して診断します。
子宮復古不全の診断では、他の産後合併症(例:産褥熱、子宮内膜炎、胎盤遺残など)との鑑別も重要です。これらの状態は症状が重複することがあり、適切な治療のためには正確な診断が不可欠です。
また、診断後も定期的な評価が必要です。子宮復古の進行状況を継続的にモニタリングし、治療効果を評価することが重要です。
子宮復古不全の治療
子宮復古不全の治療は、原因や症状の程度に応じて個別化されます。以下に主な治療方法を説明します。
子宮収縮薬の投与
オキシトシンやエルゴメトリンなどの子宮収縮薬を投与し、子宮の収縮を促進します。これらの薬剤は筋肉注射や静脈内投与で使用されます。投与量と期間は、症状の程度や反応に応じて調整されます。
抗生物質療法
感染が疑われる場合や確認された場合、適切な抗生物質を投与します。通常、広域スペクトラムの抗生物質が選択され、培養結果に基づいて適宜変更されます。
子宮マッサージ
外部から子宮底をマッサージすることで、子宮収縮を促進し、血液やその他の貯留物の排出を促します。
子宮内容除去術
胎盤遺残や大きな血腫がある場合、子宮内容除去術(掻爬術)が必要になることがあります。この処置は、超音波ガイド下で行われることが多く、残存組織を完全に除去することを目的としています。
子宮動脈塞栓術
持続的な出血が他の治療法で制御できない場合、放射線科的介入として子宮動脈塞栓術が選択されることがあります。この方法は、子宮を温存しつつ出血をコントロールできる利点があります。
子宮全摘出術
極めて稀ですが、他の全ての治療法が失敗し、生命を脅かす出血が持続する場合、最終的な選択肢として子宮全摘出術が考慮されます。
支持療法
- 貧血に対する鉄剤投与や輸血
- 疼痛管理のための鎮痛剤投与
- 適切な栄養補給と休息の確保
理学療法
骨盤底筋運動や腹部運動など、適切な運動療法が子宮復古を促進する可能性があります。
治療中は、子宮の収縮状態、出血量、全身状態を慎重にモニタリングします。治療効果が不十分な場合は、治療方針の再検討や他の治療法の追加を考慮します。
子宮復古不全になりやすい人・予防の方法
子宮復古不全になりやすい人
子宮復古不全のリスクは、様々な要因によって高まる可能性があります。リスク因子を理解し、可能な限り予防策を講じることが重要です。
子宮復古不全になりやすい人としては、まず多産婦が挙げられます。出産回数が増えるにつれて、子宮筋の弾性が低下し、効果的な収縮が難しくなる可能性があります。
また、高齢出産も一つのリスク因子です。年齢とともに子宮筋の機能が低下し、復古過程に影響を与える可能性があります。
多胎妊娠や巨大児出産の経験者も、子宮復古不全のリスクが高くなります。これは子宮の過伸展が原因で、分娩後の子宮収縮力が低下する可能性があるためです。同様に、羊水過多症の既往もリスク因子となります。
長時間の分娩や器械分娩(吸引分娩、鉗子分娩)を経験した女性も、子宮復古不全のリスクが高まる可能性があります。これらの状況では、子宮筋が疲労し、効果的な収縮が妨げられる可能性があります。
子宮筋腫や子宮奇形などの解剖学的異常を持つ女性も、子宮復古不全のリスクが高くなる傾向があります。これらの状態は、正常な子宮収縮パターンを妨げる可能性があります。
予防の方法
予防方法としては、まず妊娠中からの適切な健康管理が重要です。適切な栄養摂取、適度な運動、禁煙などの健康的な生活習慣を維持することで、分娩後の子宮復古を促進する基盤を作ることができます。
分娩中および分娩直後の適切な管理も重要です。特に、第三期(胎盤娩出期)の積極的管理が推奨されます。これには、オキシトシンの予防的投与、控えめな臍帯牽引などが含まれます。これらの方法により、分娩後出血のリスクを軽減し、子宮復古を促進することができます。
産後は、早期離床と適度な運動が推奨されます。これにより血液循環が促進され、子宮復古が促進されます。また、授乳も子宮復古を促進する効果があるため、可能な限り推奨されます。
定期的な産後健診の受診も重要です。これにより、子宮復古の進行状況を専門家が評価し、必要に応じて早期介入を行うことができます。
感染予防も重要です。適切な衛生管理、特に会陰部の清潔維持や、傷の適切なケアが必要です。また、不必要な腟内診察を避けることも感染リスクの低減につながります。
これらの予防策を実践することで、子宮復古不全のリスクを軽減できる可能性がありますが、完全に予防することは困難です。そのため、症状に注意を払い、異常を感じた場合は速やかに医療機関に相談することが最も重要です。早期発見と適切な管理により、子宮復古不全による合併症のリスクを最小限に抑えることができます。
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