監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
会陰裂傷の概要
会陰裂傷は、分娩時に会陰部(膣口と肛門の間の領域)に発生する裂傷のことです。この裂傷は、自然に発生する場合もあれば、医療処置として行われる会陰切開の結果として生じる場合もあります。
会陰裂傷は、その重症度によって4つのグレードに分類されます。
- 第1度:腟粘膜と会陰皮膚のみの裂傷
- 第2度:会陰筋および膣筋の裂傷を伴うもの
- 第3度:肛門括約筋の裂傷を伴うもの
3a:外肛門括約筋の50%未満の裂傷
3b:外肛門括約筋の50%以上の裂傷
3c:内肛門括約筋の裂傷 - 第4度:肛門括約筋および直腸粘膜の裂傷を伴うもの
会陰裂傷は、分娩を経験した女性の多くに見られる合併症です。その発生率は報告によって異なりますが、
一般的に初産婦では85%程度、経産婦では60-70%程度とされています。
会陰裂傷の原因
会陰裂傷は、主に分娩時の胎児の通過による会陰部への過度の圧力によって引き起こされます。
会陰組織の伸展性が胎児の大きさや通過速度に対応できない場合に裂傷が発生します。この裂傷のリスクは、様々な要因によって増加する可能性があります。
胎児が大きい場合、会陰部への圧力が増加し、裂傷のリスクが高まります。特に、胎児の頭囲が大きい場合や肩甲難産の場合に注意が必要です。また、分娩が急速に進行すると、会陰組織が十分に伸展する時間がなく、裂傷が起こりやすくなります。
器械分娩、特に吸引分娩や鉗子分娩を行う場合も、会陰裂傷のリスクが上昇します。これは、器械の使用により会陰部への圧力が増加し、また分娩が急速に進行する可能性があるためです。
医療処置として行われる会陰切開も、結果として会陰裂傷となります。会陰切開は、重度の会陰裂傷を予防する目的で行われることがありますが、近年の研究では、ルーチンの会陰切開は推奨されていません。
初産婦の場合、会陰組織の伸展性が低いため、裂傷のリスクが高くなります。これは、過去に分娩を経験していない会陰組織が、初めての大きな伸展に対応しなければならないためです。
骨盤の形状も会陰裂傷のリスクに影響を与えます。骨盤出口が狭い場合、胎児の通過時に会陰部への圧力が増加し、裂傷のリスクが高まります。また、会陰部の組織特性や柔軟性も重要な要因となります。
これらの要因が単独または複合的に作用することで、会陰裂傷が発生する可能性が高まります。しかし、すべての分娩で会陰裂傷が発生するわけではなく、適切な分娩管理と予防策により、そのリスクを軽減することが可能です。
会陰裂傷の前兆や初期症状について
会陰裂傷は通常、分娩時に突然発生するため、明確な前兆や初期症状を特定することは困難です。しかし、分娩中に以下のような状況が観察される場合、会陰裂傷のリスクが高まっている可能性があります。
- 会陰部の過度の伸展:分娩第二期(子宮口全開大から児娩出まで)において、会陰部が著しく伸展している場合。
- 会陰部の変色:会陰部が白色や紫色に変色する場合、血流が低下し組織が過度に伸展していることを示唆します。
- 会陰部の薄化:会陰部の組織が薄くなっている場合、裂傷のリスクが高まっています。
- 分娩の急速な進行:分娩が急速に進行し、会陰部が十分に伸展する時間がない場合。
- 胎児の大きさ:胎児が大きいと判断される場合、会陰裂傷のリスクが高まります。
これらの状況が観察された場合、医療従事者は会陰裂傷のリスクを評価し、必要に応じて予防的な措置を講じることがあります。
会陰裂傷の検査・診断
会陰裂傷の検査と診断は、通常、分娩直後に行われます。以下の手順で会陰裂傷の有無と程度を評価します。
視診
会陰部を注意深く観察し、裂傷の有無や範囲を確認します。
触診
必要に応じて、会陰部や肛門周囲の組織を触診し、裂傷の深さや筋肉の損傷を評価します。
直腸診
第3度または第4度の裂傷が疑われる場合、直腸診を行い、肛門括約筋や直腸粘膜の損傷を確認します。
分類
観察結果に基づいて、裂傷のグレードを判定します(第1度から第4度)。
診断の正確性を高めるために、十分な照明と適切な体位(通常は仰臥位または側臥位)が重要です。
また、痛みを軽減するために局所麻酔を使用することもあります。重要な点として、会陰裂傷の見逃しを防ぐために、すべての分娩後に系統的な評価を行うことが推奨されています。特に、第3度および第4度の裂傷は見逃されやすいため、注意深い診察が必要です。
会陰裂傷の治療
会陰裂傷の治療は、裂傷のグレードによって異なります。以下に各グレードの一般的な治療方針を示します。
第1度裂傷
多くの場合、縫合なしで自然治癒が期待できます。
出血が持続する場合や裂傷が深い場合は、吸収性縫合糸で縫合することがあります。
第2度裂傷
通常、局所麻酔下で層別に縫合修復を行います。
会陰筋および膣筋を縫合した後、腟粘膜と会陰皮膚を縫合します。
吸収性縫合糸を使用し、連続縫合または単結紮縫合を行います。
第3度裂傷
専門的な訓練を受けた医療者による修復が必要です。
肛門括約筋を層別に縫合し、その後第2度裂傷と同様に修復します。
抗生物質の予防投与されることがあります。
第4度裂傷
第3度裂傷と同様の手順で修復しますが、さらに直腸粘膜の修復が必要です。
抗生物質の予防投与と、術後の腸管管理(便軟化剤の使用など)が必要となることがあります。
すべてのグレードの裂傷において、適切な疼痛管理が重要です。
また、術後のケアとして、創部の清潔保持、冷却療法、骨盤底筋体操の指導などが行われます。重度の裂傷(第3度および第4度)の場合、術後の経過観察と長期的なフォローアップが必要です。排便・排尿機能、性機能、慢性疼痛などの評価を定期的に行い、必要に応じて理学療法や追加の治療を検討します。
会陰裂傷になりやすい人・予防の方法
会陰裂傷になりやすい人
会陰裂傷のリスクは様々な要因によって影響を受けます。特にリスクが高いとされる人々には、初産婦、大きな胎児を妊娠している女性、過去に会陰裂傷の経験がある女性などが含まれます。また、アジア系の女性は会陰組織の特性から裂傷のリスクが高いとする研究もあります。
予防の方法
予防方法については、近年の研究により、いくつかの有効な戦略が示されています。
分娩第二期における会陰保護技術の適切な実施は、重度の会陰裂傷を減少させる可能性があります。この技術では、分娩介助者が一方の手で胎児頭の娩出速度をコントロールし、もう一方の手で会陰部を支えます。
また、妊娠後期から行う会陰マッサージも、初産婦における会陰裂傷のリスクを低下させる可能性があることが示されています。これは、会陰組織の柔軟性を高め、分娩時の伸展性を改善することを目的としています。
温罨法の使用も、会陰裂傷の予防に効果がある可能性があります。分娩第二期に温かいコンプレスを会陰部に当てることで、組織の柔軟性が向上し、裂傷のリスクが低下する可能性があります。
これらの予防策を適切に組み合わせることで、会陰裂傷のリスクを軽減し、より安全で快適な分娩体験を提供することが可能となります。ただし、すべての会陰裂傷を完全に予防することは困難であり、適切な診断と治療の重要性は変わりません。
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