バルトリン腺炎

監修医師：
佐伯 信一朗（医師）

バルトリン腺炎の概要

バルトリン腺炎は、女性の外陰部に位置するバルトリン腺（大前庭腺）の炎症または感染を指します。バルトリン腺は、分泌液を産生する重要な役割を果たしています。この腺の開口部が閉塞すると、分泌液が蓄積してバルトリン嚢胞を形成し、これが感染すると膿瘍に発展する可能性があります。バルトリン腺炎は、性的活動期の女性に比較的よく見られる婦人科的問題で、一般的な婦人科外来の受診理由の約2%を占めるとされています。20歳から30歳の女性に最も多く見られますが、どの年齢でも発症する可能性があります。症状は、軽度の不快感から激しい痛みまで様々で、多くの場合、外陰部の片側に腫れや痛みを感じることから始まります。適切な治療を受ければ通常は良好な予後が期待できますが、再発のリスクがあるため、適切な管理と予防策が重要となります。

バルトリン腺炎の原因

バルトリン腺炎の主な原因は、バルトリン腺の開口部の閉塞と、それに続発する細菌感染です。感染を引き起こす主な細菌には、大腸菌、クラミジア、淋菌、ブドウ球菌などがあります。これらの細菌は性行為を通じて伝播することがありますが、必ずしも性感染症とは限りません。バルトリン腺の開口部が閉塞すると、分泌液が蓄積してバルトリン嚢胞を形成します。この嚢胞自体は必ずしも感染しているわけではありませんが、細菌が侵入すると炎症を引き起こし、膿瘍に発展する可能性があります。個人の解剖学的特徴や衛生状態、免疫系の状態、ホルモンの変動なども、バルトリン腺炎の発症に影響を与える可能性があります。

バルトリン腺炎の前兆や初期症状について

バルトリン腺炎の前兆や初期症状には以下のようなものがあります。

• 外陰部の腫れ：通常、膣口の片側に小さな腫れが現れます。
• 局所的な痛み：腫れた部位に軽度から中等度の痛みを感じることがあります。
• 発赤：腫れた部位の周囲の皮膚が赤くなることがあります。
• 熱感：患部が熱を持つことがあります。
• 不快感：外陰部全体に不快感や違和感を感じることがあります。
• 性交痛：性行為中に痛みや不快感を感じることがあります。
• 排尿時の痛み：腫れが尿道口の近くにある場合、排尿時に痛みを感じることがあります。
• 分泌物の増加：バルトリン腺からの分泌物が増加することがあります。

これらの症状は必ずしもすべて同時に現れるわけではなく、症状の程度も個人差があります。
特に注意が必要なのは、急激な痛みの増強、高熱、全身倦怠感などの全身症状が現れた場合です。

バルトリン腺炎の検査・診断

バルトリン腺炎の診断は、主に臨床症状と身体診察に基づいて行われますが、以下のような検査が行われることもあります。

問診

症状、その経過、過去の既往歴、性行為の有無などについて詳しく聞き取りを行います。

視診と触診

外陰部の視診を行い、腫れや発赤、分泌物の有無などを確認します。触診により腫れの大きさ、硬さ、圧痛の程度を評価します。

腟鏡診

膣鏡を用いて膣内や子宮頸部の状態を観察します。

超音波検査

嚢胞や膿瘍の大きさ、位置、内部構造を評価します。

分泌物培養検査

バルトリン腺からの分泌物や膿を採取し、細菌培養検査を行うことがあります。

STD検査

性感染症の可能性が疑われる場合、クラミジアや淋菌などの検査を行うことがあります。

生検

稀ですが、悪性腫瘍の可能性が疑われる場合には、組織の一部を採取して病理検査を行うことがあります。

血液検査

全身的な感染の兆候を評価するために、白血球数や炎症マーカー（CRPなど）を測定することがあります。

これらの検査結果と臨床症状を総合的に評価し、バルトリン腺炎の診断が確定されます。また、嚢胞なのか膿瘍なのか、感染の程度はどの程度かなども判断されます。

バルトリン腺炎の治療

バルトリン腺炎の治療方法は、症状の程度や病態（嚢胞か膿瘍か）によって異なります。主な治療オプションは以下の通りです。

経過観察

小さな無症状の嚢胞の場合、経過観察のみで自然に改善することがあります。

抗生物質療

感染初期の軽度な炎症の場合、経口抗生物質の投与が行われます。

切開排膿

膿瘍を形成している場合、局所麻酔下で小切開を加えて膿を排出します。

カテーテル留置

膿瘍を形成している場合、局所麻酔下で小切開を加えて膿を排出します。

マルスピアリゼーション

再発を繰り返す場合や大きな嚢胞の場合に行われる手術的処置です。

嚢胞摘出術

再発を繰り返す場合や、他の治療法が効果的でない場合に検討されます。

硬化療法

再発を繰り返す場合や、他の治療法が効果的でない場合に検討されます。

炭酸ガスレーザー治療

レーザーを用いて嚢胞壁を蒸散させ、新しい排出路を形成する方法です。

治療選択にあたっては、症状の程度、再発の有無、患者の希望、妊娠の可能性などを総合的に考慮します。また、性感染症が原因の場合は、パートナーの治療も同時に行う必要があります。

バルトリン腺炎になりやすい人・予防の方法

バルトリン腺炎になりやすい人

バルトリン腺炎は、特定の要因によってリスクが高まる可能性がありますが、誰にでも起こり得る疾患です。特に、性的活動期の女性、20〜30代の女性、複数のパートナーとの性交渉がある場合、性感染症の既往がある場合にリスクが高まる可能性があります。また、局所的な衛生状態が悪い場合、免疫機能が低下している場合、ホルモンバランスの乱れがある場合、喫煙者なども、バルトリン腺炎のリスクを高める要因となる可能性があります。

予防の方法

予防方法としては、以下のような対策が推奨されます。

• 適切な衛生管理：外陰部の清潔を保つことが重要です。
• 適切な下着の選択：通気性の良い綿素材の下着を選びます。
• 安全な性行為：コンドームの使用など、安全な性行為を心がけます。
• 定期的な婦人科検診：早期発見・早期治療のために重要です。
• 免疫力の維持：健康的なライフスタイルを維持することで、全身の免疫力を高めます。
• 喫煙の回避：喫煙は局所の血流を悪化させる可能性があるため、禁煙または喫煙量の減少を心がけます。
• ストレス管理：適切なストレス管理を行います。
• 適切な水分摂取：十分な水分摂取は、間接的にバルトリン腺炎のリスクも低下させる可能性があります。
• 適切な衣類の選択：通気性の良い衣類を選び、長時間の湿った状態を避けます。
• 早期の症状認識と対応：違和感や腫れなどの初期症状に気づいた場合は、早めに医療機関を受診することが重要です。

これらの予防策は、バルトリン腺炎のリスクを完全に排除するものではありませんが、発症リスクを低減し、早期発見・早期治療につながる可能性があります。バルトリン腺炎は適切な治療を受ければ通常は良好な経過をたどりますが、放置すると重症化や慢性化のリスクがあります。そのため、症状が現れた場合は早めに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが重要です。また、再発の可能性がある疾患であるため、一度治療が終了しても、継続的な予防策の実施と定期的な経過観察が推奨されます。
最後に、バルトリン腺炎は決して珍しい疾患ではなく、多くの女性が経験する可能性のある婦人科的問題です。恥ずかしがらずに医療機関を受診し、適切な治療を受けることが、QOL（生活の質）の維持向上につながります。また、パートナーや家族の理解と支援も、治療や予防において重要な役割を果たします。