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卵巣出血
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

卵巣出血の概要

卵巣出血は、様々な卵巣病変の被膜破綻あるいは生理的な卵巣表層の血管断裂により腹腔内に出血が貯留する状態を指します。
狭義には、排卵やそれに伴い形成された出血性黄体嚢胞の破綻によるものを指します。
卵巣出血は、生殖年齢の女性に比較的よく見られる症状で、腹腔内出血をきたす婦人科領域の急性腹症では異所性妊娠に次いで遭遇する頻度が高いです。その頻度は正確には分かっていませんが、軽度の出血は多くの女性が経験していると考えられています。卵巣出血の重症度は、出血の量や持続時間、原因となる病態によって大きく異なります。軽度の出血は自然に止血することが多く(約80%)、重度の出血は腹腔内出血を引き起こし、ショック状態に至ることもあります。

卵巣出血の原因

卵巣出血の原因は、大きく器質性機能性に分けられます。
器質性の原因としては、良性卵巣腫瘍、悪性卵巣腫瘍、そして子宮内膜症性嚢胞が挙げられます。
一方、機能性の原因には、出血性黄体嚢胞、排卵や黄体に関連する出血、そして卵胞嚢胞があります。
さらに、卵巣出血は誘因別にも分類することができます。
外因性の誘因としては、性交渉、運動、外傷、そして採卵術などが知られています。
内因性の誘因には、血液凝固異常や抗凝固療法が含まれます。また、明確な誘因が特定できない特発性の卵巣出血も存在します。
狭義の卵巣出血は、主に機能性の出血を指し、特に出血性黄体嚢胞の破綻によるものが代表的です。この狭義の定義は、卵巣の生理的機能に関連した出血に焦点を当てており、器質的な病変による出血とは区別されます。

卵巣出血の前兆や初期症状について

卵巣出血の主な症状には以下のようなものがあります。

  • 下腹部痛:突然の鋭い痛みや持続的な鈍痛を感じることがあります。
  • 腹部膨満感:腹腔内に血液が貯留することで、腹部が膨満感を感じることがあります。
  • 肩の痛み:横隔膜刺激による関連痛として、肩に痛みを感じることがあります。
  • 不正性器出血:卵巣からの出血が子宮を通して膣外に排出されることがあります。
  • めまい、失神:大量出血によって血圧が低下し、めまいや失神を引き起こすことがあります。
  • 発熱:出血に伴う炎症反応により、発熱することがあります。
  • 悪心・嘔吐:腹膜刺激による症状として、吐き気や嘔吐が起こることがあります。

症状の程度は個人差が大きく、無症状の軽度の出血から、ショック状態を引き起こす重度の出血まで幅広く存在します。

卵巣出血の検査・診断

卵巣出血の診断は、症状の聴取、身体診察、および以下のような検査を組み合わせて行われます。

問診

症状の詳細、月経歴、妊娠の可能性、既往歴などを確認します。特に、最終月経、月経不順の有無、直近の性交渉の有無、妊娠の可能性の有無などの婦人科的情報が診断補助に有用です。

身体診察

腹部の圧痛や膨満、ショック症状の有無などを確認します。婦人科的診察(腟鏡診・内診)では両側付属器の腫大や圧痛などが認められることがあります。

画像検査

  • 経腟超音波検査:卵巣の状態、腹腔内の液体貯留(出血)の有無を確認します。これは最も一般的で重要な検査です。
  • CT検査:腹腔内出血の範囲や量を評価するのに有用です。造影CTでの撮像フェイズを評価することで、持続的な出血をきたしている部位があるかどうかわかることがあります。
  • MRI検査:卵巣腫瘍の性状をより詳細に把握するのに役立ちます。また、出血の時期推定にも有用です。

血液検査

貧血の程度、炎症マーカー、妊娠反応などを確認します。血中hCG測定は異所性妊娠との鑑別に重要です。

腹腔鏡検査

診断と治療を同時に行うことができる検査方法です。重症例や診断が困難な場合に検討されます。

鑑別診断

卵巣出血と症状が類似する疾患との鑑別が重要です。
主な鑑別疾患には以下のものがあります。

  • 異所性妊娠
  • 卵巣腫瘍(良性・悪性)からの出血
  • 子宮内膜症性嚢胞の破裂
  • 虫垂炎
  • 骨盤内炎症性疾患
  • 尿路結石

特に子宮外妊娠は、卵巣出血と似た症状を呈することがあるため、慎重な鑑別が必要です。

卵巣出血の治療

卵巣出血の治療は、出血の程度や原因、患者の状態によって異なります。近年の研究によると、約80%の症例で待機的治療が可能であることが分かっています。しかしながら重症例では迅速な外科的介入が必要となります。適切な診断と治療方針の決定には、詳細な臨床所見の聴取と適切な画像診断が重要です。特に若年患者では、今後の妊娠のためにできるだけ低侵襲な治療選択が望ましいです。

待機的治療

軽度の出血で全身状態が安定している場合は、安静にして経過を見守ります。多くの場合、自然に止血します。

薬物療法

  • 鎮痛剤:痛みのコントロールに使用します。
  • ホルモン療法:再出血予防のために経口避妊薬などを使用することがあります。
  • 止血剤:必要に応じて使用します。
  • 輸液・輸血:大量出血によるショック状態や重度の貧血がある場合に行います。

手術療法

  • 腹腔鏡手術:出血部位の止血、嚢胞の摘出などを行います。低侵襲で回復が早いため、可能な場合はこの方法が選択されます。
  • 開腹手術:重症例や腹腔鏡手術が困難な場合に選択されます。
  • 塞栓術:カテーテルを用いて出血血管を塞ぐ治療法で、手術が困難な場合などに検討されます。

治療方針の決定

治療方針の決定、特に手術介入の判断は以下の要因を考慮して行われます。

  • 画像所見:超音波検査やCTでのダグラス窩の貯留深度が5.8cm以上、肝周囲の貯留像の存在
  • 血液検査所見:受診時のHb値の低下、進行性の貧血
  • 臨床症状:バイタルサインの悪化、持続する強い痛み
  • その他の要因:患者の年齢と今後の妊娠の希望、全身状態、基礎疾患(血液凝固障害や抗凝固療法中など)

これらの要因を総合的に評価し、待機的治療か外科的介入かを判断します。

卵巣出血になりやすい人・予防の方法

卵巣出血になりやすい人

卵巣出血は、閉経までの女性であればどの年齢でも発症する可能性がありますが、若年層に多い傾向があります。また、やせ型の女性に多く見られます。
興味深いことに、左卵巣に比べて右卵巣での発症が多いという報告があります。これは、右側の腸管がクッションの役割を果たし、卵巣を外的刺激から保護しやすいためではないかと考察されています。
卵巣出血の再発はまれですが、血液凝固障害を持つ患者や抗凝固療法中の患者さんでは再発のリスクが高くなります。

予防の方法

再発予防には以下の方法が考えられます。

  • 排卵抑制経口避妊薬(OC)低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP)の使用
  • プロゲスチンの持続服用:血栓症の既往があり抗凝固療法中の患者さんなど、OC・LEPが使用できない場合の選択肢

また、定期的な婦人科検診を受け、リスク因子の管理や早期発見に努めることも重要です。


参考文献

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  • Lee MS, et al. “Predictive factors for surgical intervention in patients with ovarian cyst accident.” J Obstet Gynaecol Res. 2016.
  • Kim JH, et al. “Predictive factors of ovarian cyst rupture in patients with spontaneous ovarian cyst accident.” Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2018.
  • Godbe K, et al. “Ovarian cyst rupture: A retrospective review of CT findings and management.” J Emerg Med. 2016.
  • Liberty G, et al. “Ovarian hemorrhage after transvaginal ultrasonographically guided oocyte aspiration: a potentially catastrophic and not so rare complication among lean patients with polycystic ovary syndrome.” Fertil Steril. 2010.
  • Nouri K, et al. “Massive ovarian hemorrhage after transvaginal oocyte retrieval.” Fertil Steril. 2014.

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