監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
胞状奇胎の概要
胞状奇胎は、妊娠の異常の一種で、絨毛性疾患に分類される病態です。通常の妊娠では胎児と胎盤が発育しますが、胞状奇胎では異常な胎盤組織が発生し、ブドウの房のような水疱状の構造を形成します。胎児の発育はほとんどの場合見られません。
主に全胞状奇胎と部分胞状奇胎の2つのタイプに分類されます。全胞状奇胎では、すべての胎盤組織が異常で胎児組織は存在しません。一方、部分胞状奇胎では一部の胎盤組織が異常で、異常な胎児組織が存在する場合があります。胞状奇胎は比較的まれな疾患で、約1,000~2,000回の妊娠に1回の頻度で発生すると言われています。適切な治療と経過観察を受けた場合の予後は一般的に良好ですが、一部のケースでは悪性化(絨毛がんへの進展)の可能性があるため、慎重な経過観察が必要です。
胞状奇胎の原因
胞状奇胎の主な原因は、受精時の遺伝的な異常にあります。
胞状奇胎は精子と卵子の受精の異常によっておこり、母親の卵子由来の核(DNA)が消失し、父親の精子由来の核のみから発生する全胞状奇胎と、父親からの精子2つと母親からの卵子1つが受精した3倍体から発生する部分胞状奇胎とに分類されます。
これらの遺伝的異常により、胎盤組織が異常に増殖し、胞状奇胎が形成されるのです。
胞状奇胎の前兆や初期症状について
胞状奇胎の症状は通常の妊娠初期の症状と似ていることがありますが、以下のような特徴的な症状が現れることがあります。
- 異常な性器出血:褐色や暗赤色の出血
- 悪阻(つわり)の重症化:重度の吐き気や嘔吐
- 子宮の急速な増大:妊娠週数に比べて子宮が大きくなる
- 甲状腺機能亢進症の症状:動悸、手の震え、発汗増加
- 過度の妊娠反応:尿や血液の妊娠検査で異常に高い値を示す
これらの症状は必ずしも胞状奇胎を示すものではありませんが、これらの症状が現れた場合は速やかに医療機関を受診することが重要です。
胞状奇胎の検査・診断
胞状奇胎の診断は以下のような方法で行われます。
- 問診と身体検査:
症状の詳細な聞き取り、子宮の大きさの確認 - 血液検査:
hCG値の測定、甲状腺機能検査 - 超音波検査:
経腟超音波による子宮内の観察、特徴的な「ブドウの房」様の像の確認 - MRI検査:
必要に応じて、より詳細な画像診断を行う - 組織診断:
子宮内容除去術で得られた組織の病理学的検査 - 遺伝子検査:
必要に応じて、組織の遺伝子解析を行う
これらの検査結果を総合的に評価し、胞状奇胎の診断および病型の判断を行います。また、悪性化の可能性を評価するためにも重要です。
胞状奇胎の治療
治療方法
- 子宮内容除去術(掻爬術):
最も一般的な治療法で、子宮内の異常組織を取り除く手術です。 - 経過観察:
手術後、定期的なhCG値の測定を行います。本邦においては5週1,000 mIU/ml、8週100 mIU/ml、24週カットオフ値の3点を結ぶ判別線を用いて管理します。 - 化学療法:
hCG値が下がらない場合や、絨毛がんへの進展が疑われる場合に実施します。主にメトトレキサートやアクチノマイシンDを使用します。 - 子宮全摘出術:
挙児希望がない場合や、他の治療法が効果的でない場合に検討されます。 - 支持療法:
貧血の改善や甲状腺機能の管理などを行います。
治療後は、少なくとも6ヶ月間のhCG値のモニタリングが必要です。この期間中は確実な避妊が重要です。
経過観察と予後
胞状奇胎娩出後は定期的(1〜2週間隔)に血中hCGを測定し、経過を観察します。多くの場合、適切な治療と経過観察により良好な予後が期待できます。
hCG値が24週までにカットオフ値に至らない経過非順調型の症例でも、病巣が検出されず、hCG値が低値で自然下降を認めている場合には、経過観察をすることも考慮できます。4,257例の胞状奇胎の検討において、奇胎娩出後24週以降に28例が化学療法を要したが、一方で自然寛解症例が17例あったと報告されています。
また、胞状奇胎を含む全ての妊娠後あるいは絨毛性腫瘍(GTN)治療後に、低単位のhCGが増加することなく持続するが、画像検査により病巣が確認されない症例では、前癌状態(非活動的な状態)と呼ばれる状態の可能性があります。これらの症例に対しては、定期的なhCG測定(1回/1〜2カ月)による厳重な経過観察を行うことが推奨されています。
胞状奇胎になりやすい人・予防の方法
胞状奇胎の発生リスクを顕著に高める要因として、主に三つが確立されています。
第一に、母体年齢が挙げられます。特に40歳以上の女性では、胞状奇胎の発生リスクが著しく上昇することが、複数の大規模研究で一貫して示されています。
第二に、過去の胞状奇胎の既往歴があります。一度胞状奇胎を経験した女性は、その後の妊娠でも再発のリスクが高くなることが確認されています。
第三に、地理的要因があります。アジア、特に東南アジアにおいて、胞状奇胎の発生率が高い傾向が疫学的研究で繰り返し報告されています。
これらの三つのリスク因子は、多くの研究で一貫して報告されています。ただし、これらのリスク因子があるからといって必ず胞状奇胎が発生するわけではなく、また、リスク因子がなくても発生する可能性があることに注意が必要です。
異常な症状(特に異常出血や重度の悪阻)がある場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。早期発見と適切な治療が、胞状奇胎の管理において非常に重要な役割を果たします。
参考文献
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