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前置胎盤
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

前置胎盤の概要

前置胎盤は、胎盤が子宮内の異常に低い位置に着床し、内子宮口を部分的または完全に覆う状態として定義される重要な産科合併症です。この状態は妊娠中期から後期にかけて出血や早産のリスクを高め、多くの場合、帝王切開分娩が必要となります。
前置胎盤の明確な病因は不明ですが、複数のリスク因子が特定されています。これには前置胎盤の既往、帝王切開術の既往、多胎妊娠、子宮内操作の経験、経産回数、高齢出産、生殖補助医療による妊娠、喫煙などが含まれます。
前置胎盤の発生メカニズムには、子宮手術後の蠕動運動の変化、体外受精・胚移植における非生理的な子宮内膜環境、喫煙による子宮内膜機能の変化、子宮内膜の厚さなどが関与していると考えられています。診断は主に超音波検査で行われ、妊娠初期の診断は暫定的なものとされます。多くの場合、妊娠の進行に伴う子宮の拡大により胎盤位置が上方に移動し、前置胎盤の状態が解消される可能性があります。しかし、妊娠31週末頃までに診断された場合、その後の胎盤位置の変化は極めて稀です。
前置胎盤の管理は、胎盤と子宮口の位置関係に基づいて決定されます。低置胎盤の場合、状況によっては経腟分娩も検討されますが、それ以外の前置胎盤症例では帝王切開術が必須となります。特に注意が必要なのは、癒着胎盤を伴う場合です。これは胎盤が子宮壁に深く侵入した状態で、大量出血や子宮全摘のリスクを高めます。
前置胎盤の発生率は約0.3%とされていますが、近年の帝王切開率の上昇に伴い、その頻度も増加傾向にあります。この複雑な病態の管理には、リスク因子の理解、早期診断、適切な経過観察、そして個々の症例に応じた慎重な対応を行うことで母体と胎児の安全を最大限に確保することが重要です。

前置胎盤の原因

前置胎盤が起こる理由は、複雑で多岐にわたりますが、主に以下のような要因が関与していると考えられています。
胚(精子と卵子が受精し成長している最中の卵)の着床位置が重要な要因の一つです。通常、胚は子宮上部に着床しますが、何らかの理由で子宮下部に着床すると、胎盤が内子宮口に近い位置や、それを覆う位置に形成される可能性が高まります。この異常な着床位置には、子宮の状態や母体の状況が影響を与えます。
子宮に対する手術歴、特に帝王切開の既往は、子宮壁の状態を変化させ、子宮の蠕動運動に影響を与えます。これにより、子宮内膜の分泌の生理的な流れが変わり、胚が子宮下部に着床しやすくなると考えられています。また、子宮内操作の既往も同様のメカニズムで前置胎盤のリスクを高める可能性があります。
生殖補助医療、特に体外受精・胚移植も前置胎盤のリスクを高めます。これは、胚移植時のカテーテルの使用が子宮内の環境に影響を与えることや、非生理的な方法で脱落膜化した子宮内膜が胚の着床位置に影響を与える可能性があるためです。特に、ホルモン補充周期での凍結胚移植は、自然排卵周期よりも前置胎盤の発症率が高くなることが報告されています。
母体の喫煙も独立したリスク因子として知られています。喫煙は子宮内膜の生理機能に重要なケモカインや成長因子の発現を減少させ、免疫細胞の子宮内膜への浸潤や子宮内膜の幹細胞の分化を阻害します。これにより、着床前から子宮内膜の胚の受容性に変化をきたし、異常な着床位置につながる可能性があります。
さらに、子宮内膜の厚さも前置胎盤の発生に関与する可能性があります。子宮内膜が過度に肥厚すると、子宮底部から頸部にかけての蠕動運動に変化をきたし、子宮下部への着床リスクが上昇すると考えられています。
これらの要因に加えて、多胎妊娠、高齢出産、経産回数の増加なども前置胎盤のリスクを高めることが知られています。これらの要因が単独で、あるいは複合的に作用することで、前置胎盤の発生リスクが上昇すると考えられています。しかし、個々の症例でどの要因がどの程度影響しているかを特定することは難しく、前置胎盤の発生メカニズムの全容解明には更なる研究が必要です。

前置胎盤の前兆や初期症状について

前置胎盤は、妊娠後期に突然始まる無痛の鮮やかな赤色の出血が特徴です。この出血は通常痛みを伴わず、少量の「警告出血」として始まりますが、時には大量出血が発生し、即時の医療対応が必要になる場合があります。妊娠初期には症状が現れないことが多く、定期健診で偶然発見されることが一般的です。しかし、進行すると出血が頻繁になり、妊娠を続けるのが難しくなることがあります。
出血の原因としては、子宮収縮や、妊娠週数に伴う子宮下部の伸びによって、胎盤の付着部が一部剥離するためだと考えられています。初めての出血は少量で、下腹部痛を伴わないことが多いですが、その後、妊娠週数が進むにつれて出血の頻度や量が増えることがよくあります。また、癒着胎盤の場合、同様の機序で突然の出血が起こることがあります。

前置胎盤の検査・診断

前置胎盤は主に超音波検査(エコー)で診断され、特に妊娠中期から後期に行われる定期的な超音波検査で胎盤の位置が確認されます。腹部エコーと経腟エコーの両方が使用され、経腟エコーは前置胎盤の診断においてより正確な情報を提供します。また、前置胎盤が疑われる場合には、MRI(磁気共鳴画像法)も用いられ、特に胎盤の子宮への浸潤(癒着や異常付着)の確認に役立ちます。
妊娠初期では、子宮下部が閉じているために、誤って前置胎盤と診断されることがあります。診断は少なくとも妊娠20週以降に行い、31週末までに確定診断を行うことが重要です。必要に応じて、高次医療施設への紹介が推奨されます。

前置胎盤の治療

前置癒着胎盤および前置胎盤の治療は、胎盤の位置、母体および胎児の状態、妊娠週数、出血の有無と量に基づいて決定されます。治療の主な目的は母体と胎児の安全を確保し、可能な限り妊娠を継続することです。

出血管理

出血がないか軽微である場合、ベッド上安静や定期的な超音波検査による胎児と胎盤のモニタリング、ステロイド投与などの保存的管理が行われます。ステロイドは早産時に胎児の肺の成熟を促し、新生児の呼吸困難症候群を防ぐために使用されます。
大量出血が発生した場合、母体は出血性ショックに陥る可能性があり、輸血や輸液療法など緊急治療が必要です。この場合、緊急帝王切開が行われることがあります。

分娩計画

完全前置胎盤や部分前置胎盤では、自然分娩は難しいため、計画的帝王切開が推奨されます。帝王切開は通常、妊娠36〜37週に行われ、胎児の成熟度や出血リスクに応じて調整されます。特に前置胎盤が癒着胎盤を伴う場合、分娩中に胎盤が剥離せず、大量出血や子宮の損傷のリスクが高くなります。このため、帝王切開時に子宮全摘術が計画されることもあります。

前置癒着胎盤の手術対応

前置癒着胎盤では、子宮底部横切開による帝王切開が多く選択されますが、手術時に大量出血や膀胱・尿管損傷のリスクがあります。できる限り緊急手術を避け、妊娠34週以降に計画的手術を行うことが推奨されます。手術前の準備として、輸血の確保や多職種による医療チームの編成が重要です。手術後、胎盤剥離による強出血に対しては、圧迫や血流遮断、縫合、バルーンタンポナーデなどを用いて出血を制御します。止血困難な場合は、子宮動脈塞栓術や子宮摘出術が選択されることもあります。

ICU管理

分娩後、母体の状態を集中治療室(ICU)で管理する必要がある場合があります。出血性ショックや凝固異常に対して迅速な対応が求められ、輸血や凝固因子の補充が行われることもあります。

出産後のフォローアップ

出産後も、前置胎盤や胎盤癒着の既往がある女性は、今後の妊娠でもリスクが高まることが知られています。そのため、次回の妊娠では早期から胎盤位置の確認や、リスク因子の評価が重要です。妊娠中に前置胎盤が発見された場合、次回の妊娠でも同様の合併症が発生する可能性が高いため、計画的な妊娠管理が推奨されます。

このように、前置胎盤は出産に重大なリスクを伴うため、専門的な治療チームによる慎重な管理が必要です。胎児の発育や母体の安全を最優先に、適切な時期に帝王切開を行い、必要に応じて子宮摘出などの救命措置が取られます。

前置胎盤になりやすい人・予防の方法

前置胎盤になりやすい人

前述したリスク要因に該当する人々は、前置胎盤になるリスクが高くなります。高齢出産、過去の子宮手術経験、多産婦、喫煙者などは、特に注意が必要です。

予防の方法

予防方法としては、前置胎盤の明確な予防策は存在しないものの、リスク要因の一つである喫煙の中止や、不要な子宮手術を避けることが考えられます。また、適切な体重管理や健康的な生活習慣を維持することも、リスク低減に役立つ可能性があります。


参考文献

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