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つわり
阿部 一也

監修医師
阿部 一也(医師)

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医師、日本産科婦人科学会専門医。東京慈恵会医科大学卒業。都内総合病院産婦人科医長として妊婦健診はもちろん、分娩の対応や新生児の対応、切迫流早産の管理などにも従事。婦人科では子宮筋腫、卵巣嚢腫、内膜症、骨盤内感染症などの良性疾患から、子宮癌や卵巣癌の手術や化学療法(抗癌剤治療)も行っている。PMS(月経前症候群)や更年期障害などのホルモン系の診療なども幅広く診療している。

つわりの概要

妊娠初期に呈する悪心・嘔吐は「妊娠嘔吐(つわり)」と言い、全妊婦の50〜80%程度にみられます。この症状は、妊娠に伴う生理的変化として認識されています。つわりは早ければ妊娠3〜4週から始まり、9〜16週頃にピークを迎え、妊娠20週頃には軽快する傾向にあります。

つわりが重症化すると体重減少や脱水、電解質異常などをきたす 「妊娠悪阻」となり、その罹患率は0.5~2.0%です。この医療介入が必要となることが多いつわりの発症時期や症状の程度には個人差が大きく、すべての妊婦が同じように経験するわけではありません。しかしながら、適切な治療介入がなければ重篤な合併症を引き起こすこともあり注意が必要です。そのため症状の程度に応じた対応が求められます。

つわりの原因

つわりの病態の大部分は不明ですが、妊娠による身体内部の急激なホルモン変化やピロリ感染、遺伝的要因、心理的要因等に起因すると考えられています。

まずホルモン変化についてはヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、エストロゲン、プロゲステロン、プロラクチン、チロキシン、副腎皮質ステロイドなどのホルモンは妊娠するとすべて上昇するため、つわりの病態形成に絡んでいる可能性があるとされています。特にhCGについては特に関連が指摘されています。このホルモンは、脳幹と小脳に挟まれた第4脳室底にある嘔吐中枢を刺激し、嘔吐や吐き気を引き起こすとされています。しかしながら、hCG値とつわり症状とが強く関連を認めていないことから、その他の要因も関連していると考えられています。

さらに、エストロゲンやプロゲステロンといったホルモンにより消化管の平滑筋活動低下を引き起こすことで内容物の消化管通過時間を遅れ、吐き気や不快感、嘔吐を引き起こす原因となっているのではないかと考えられています。

また、消化管におけるHelicobacterpylor(iH.pylori)の慢性感染がつわりと関連する可能性が高いとされており、H. pylori 除菌を施行したところ、悪阻症状が劇的に軽快したという報告もあります。米国産婦人科学会(ACOG)は治療抵抗性の悪阻患者にはH. pylori感染の有無を検査すべきとしています。さらに、つわりと遺伝の関連について見てみると、二卵性より一卵性の双子で生まれた姉妹でつわりに罹患する確率が高く、母親が悪阻に罹患した場合、娘が悪阻に罹患するリスクは 約3倍です。これらの様な報告から遺伝的要因が悪阻発症に関与している可能性があります。

そして、精神的な影響もつわりの原因として考えられています。妊娠初期は身体的な変化だけでなく、精神的なストレスや不安感も高まる時期であり、特に望まれない妊娠や未婚者では悪阻が発症しやすいとされています。

以上のように、つわりの原因は多岐にわたり、様々な要因が複合的に作用していると考えられています。

つわりの前兆や初期症状について

つわりの前兆や初期症状には個人差があり、妊娠3-4週目頃から始まりとされています。つわりの前兆や初期症状として、悪心(吐き気)、嘔吐、食べ物の好みの変化などや、人によっては頭痛や眠気、唾液の増加などもみられるなど症状はさまざまであり、個人差も大きいとされています。

また、妊娠悪阻と呼ばれる重症化した状態に至った場合、脱水状態、口喝、皮膚乾燥、倦怠感、体重減少などの深刻な症状が見られることがあります。

つわりは妊娠初期に妊婦が多く経験する症状であり、症状が軽減されるまで適切な休息と栄養管理が必要です。また、同様の症状をきたす可能性のある代謝異常や消化器疾患、感染症や精神疾患について念頭に置いておくことも重要であり、早期に産婦人科を受診し、適切な治療を受けることが大切です。

つわりの検査・診断

つわりの検査および診断は、基本的には妊婦の自覚症状に基づいて診断がなされることが多く下記の順番で検査を行います。

1.身体診察
悪阻の症状の重症度を評価するために、医師が脱水、体重減少、低血圧などの徴候を確認する。これには、皮膚の乾燥、粘膜の乾燥、頻脈、血圧の低下などが含まれ、重症度に応じて治療方針が決まる。

2.血液検査
・電解質異常の確認:重度の悪阻では、頻繁な嘔吐によりナトリウム、カリウム、クロールなどの電解質が不均衡になる可能性がある。電解質異常は、心臓や筋肉の機能に影響を与えるため、必要に応じて補正が行われる。
・腎機能の評価:嘔吐による脱水が進むと、腎機能が低下することがあります。血清クレアチニンや尿素窒素(BUN)の値を確認し、腎臓が適切に機能しているかを評価する。
・肝機能の評価:妊娠悪阻やそれ以外の原因によって肝酵素(AST、ALT)レベルが上昇することがあるため、肝機能を確認して重症化の兆候がないか評価する。
・血糖値の確認:低血糖が吐き気や気分の悪さを悪化させることがあるため、血糖値をチェックし、必要に応じて治療を行う。

3.尿検査
・ケトン体の確認:頻繁な嘔吐による栄養不足や飢餓状態になると、体内の脂肪がエネルギー源として代謝され、ケトン体が産生される。尿中のケトン体が増加していると、重度の脱水や栄養不良を示唆する。
・脱水の程度の評価:尿中の比重や色が濃い場合、体が脱水状態であることを示している可能性がある。

これらの検査を通じて、悪阻の影響を正確に把握し、適切な治療やサポートを行うための基礎情報がえられます。特に重症の妊娠悪阻では、これらの検査結果に基づき、病院での治療が必要と判断されることがあります。

また、つわりが妊娠20週を過ぎても続く場合や、20週以降に新たに発症する場合は、ほかの疾患が原因である可能性を考慮します。胃の病気がつわりと類似の症状を引き起こすことがあるため、必要に応じて消化器系の精査が実施されることもあります。

さらに、精神疾患を持っている妊婦の場合、つわりの症状が悪化することがあります。この場合、精神科や心療内科での診断と治療が必要となることがあります。精神的なストレスや不安、精神疾患の既往が身体的症状として出現することがあるため、総合的な診療が重要です。

つわりの治療

軽度の症例においては、心身の安静と休養のみで自然軽快が期待されることも多く、少量頻回の食事摂取や嘔気を誘発する匂いや視覚刺激を避けることが推奨されます。さらに、患者の精神的負担を軽減するため、適切な心理的支援も重要となります。

特に食事については生姜がよいとされ、ランダム化比較試験において有効性が証明されています。これらの対応で症状が軽減しない場合には、より専門的な治療介入が必要となります。

軽症例では、ビタミンB6(ピリドキシン塩酸塩)の単独療法が推奨されています。ピリドキシンはビタミンB6製剤であり、悪心を軽減する効果があります。通常、1日あたり10〜100 mgを数回に分けて経口投与することが推奨されています。ビタミンB6の使用は、広く用いられています。

制吐薬として、日本ではメトクロプラミド(プリンペラン®)が広く使用されています。メトクロプラミドは抗ドパミン薬であり、胃腸運動を促進し、下部食道括約筋を強化することで胃酸逆流を減少させます。通常、1錠5 mgを1日10〜30 mgに分けて経口投与します。

ただし、母体に錐体外路症状が現れることがあるため、顔のゆがみ、舌の突出、頻繁な瞬きなどの症状が見られた場合には、投薬を中止する必要があります。

また、日本で使用可能な制吐薬として、プロメタジン(ピレチア®、ヒベルナ®)やプロクロルペラジン(ノバミン®)などもあります。これらの薬剤は抗ドパミン作用を持ち、悪阻に対して有効とされています。これらの薬剤はいずれも催奇形性がないと報告されており、海外では広く使用されているものの日本では妊娠悪阻に対する保険適応はないことに注意が必要です。

重症例では、脱水が生じた場合、輸液療法が行われます。ウェルニッケ脳症を予防するために、輸液にはビタミンB1(チアミン)が混注されることが一般的です。
電解質異常が伴う場合は、ナトリウムやカルシウム、マグネシウム、リンの補正も検討されます。特に低ナトリウム血症の補正には注意が必要であり、急速な補正を行うと浸透圧性脱髄症候群を引き起こす可能性があるため、慎重に対応する必要があります。

このように、日本ではビタミンB6製剤、メトクロプラミド、輸液療法などが中心となって悪阻治療が行われています。特にビタミンB (1チアミン) 欠乏で起こる脳症で、錯乱、運動失調、眼球症状が三徴となるWernicke 脳症は認知機能が不可逆性に障害され,健忘症状が発生するため予防が重要です。

つわりの治療は、症状の重さや妊婦の状態に応じて選ばれます。適切な治療と管理を行うことで、妊婦のQOLを向上させ、健康な妊娠期間を過ごすことが可能となります。

つわりになりやすい人・予防の方法

つわりになりやすいリスクとして明確なものはありませんが、遺伝的な要因や精神的な要因、ピロリ菌の感染などがある方はなりやすいのではないかとされています。

悪阻に対する予防法は基本的に確立されていませんが、いくつかの介入が症状の軽減に寄与する可能性があります。具体的には、マルチビタミンや葉酸の補充が有効とされており、特にビタミンB6を含むものが推奨されています。また、生活習慣の調整も重要です。

悪心を引き起こす要因として、煙、化学物質の臭気、湿度の高い環境、騒音、過度の労働などが挙げられ、これらの回避が求められます。加えて、食後すぐに臥床しないようにし、頻回な歯磨きやうがいが症状軽減に有用である場合があります。

つわりは多くの妊婦に共通する症状ですが、ストレスを軽減しながら上手に対処することが大切です。まず、精神的・肉体的なストレスがつわりに影響すると考えられているため、「これはほとんどの妊婦が経験すること」と前向きに捉えることが重要です。パートナーにもつわりの理解を深めてもらい、家事などの協力を求め、無理なく過ごしましょう。

また、食事に関しては無理をせず、少量を頻回に摂取するスタイルがよいとされています。1日3食にこだわらず、少しずつ1日5回程度に分けて食べられるものを食べましょう。栄養バランスに過度に気を使う必要はなく、食べやすいものを優先して構いませんが、水分補給は重要です。特にミネラルや電解質が不足しがちなので、水分をしっかりとり、スポーツドリンクなどを活用するとよいでしょう。

もし、つわりが重くなり、体重が著しく減少したり、水分が全く取れなくなったりした場合は、医師に相談が必要です。つわりは妊娠初期に多く見られる現象ですが、無理をせず、適切なサポートを受けながら過ごすことが母子共に健康に過ごすための鍵となります。

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