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膣中隔
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

腟中隔の概要

腟中隔は、胎児期の発生過程で生じる先天性の解剖学的変異です。
この状態は、ミュラー管の融合不全によって引き起こされ、腟腔を縦方向に分割する組織が残存することを特徴とします。腟中隔の発生率は、一般人口の約1/3,000〜1/80,000と推定されており、比較的稀な状態であると言えます。

分類

腟中隔は、その形態によって主に多数に分類されます。

縦中隔(Longitudinal septum)

  • 完全縦中隔:腟全長にわたる中隔
  • 不完全縦中隔:腟の一部のみの中隔
    ・上部縦中隔
    ・下部縦中隔

横中隔(Transverse septum)

  • 完全横中隔:腟を完全に閉鎖
  • 不完全横中隔:部分的な閉鎖
  • 位置による分類:上部、中部、下部

複合中隔(Complex septum)

  • 縦中隔と横中隔の組み合わせ

その他

  • 微小穿孔中隔:小さな開口部のある中隔
  • 閉鎖性中隔:完全閉鎖型の中隔

腟中隔は、多くの場合、他の生殖器の先天異常(特に子宮奇形)と関連していることがあります。そのため、腟中隔が発見された際には、包括的な生殖器系の評価が必要となります。

主な症状

腟中隔の症状は、中隔の種類や程度によって大きく異なります。
多くの場合、思春期まで無症状で経過することがありますが、主な症状としては以下のようなものが報告されています。

  • 月経困難症
  • 性交痛
  • 不妊
  • 反復性流産
  • 月経血の貯留(特に横中隔の場合
  • タンポンの挿入困難や不完全な挿入

これらの症状は、患者の生活の質に大きな影響を与える可能性があるため、適切な診断と治療が重要となります。

腟中隔の原因

腟中隔の主な原因は、胎児期における生殖器系の発生過程の異常です。
具体的には、ミュラー管の融合不全が腟中隔の形成につながります。
ミュラー管は、女性の内性器(卵管、子宮、腟上部)の原基となる胎児期の構造です。正常な発生過程では、左右のミュラー管が融合して単一の管腔を形成しますが、この過程が完全に進行しない場合に腟中隔が生じます。
腟中隔の発生メカニズムについては、遺伝的要因や環境要因の関与が示唆されていますが、その詳細はまだ完全には解明されていません。
一部の研究では、遺伝子などの変異が腟中隔を含む生殖器奇形と関連している可能性が報告されていますが、これらの遺伝子変異だけでは全ての症例を説明することはできません。
また、胎児期の母体環境も腟中隔の発生に影響を与える可能性があります。腟中隔は単独で発生することもありますが、他の生殖器奇形(特に子宮奇形)と併存することが多いため、包括的な評価が必要です。
これらの関連する奇形も、同じく胎児期の発生異常に起因すると考えられています。

腟中隔の前兆や初期症状について

腟中隔の前兆や初期症状は、多くの場合、思春期または性的活動の開始時まで明確に現れないことがあります。
しかし、以下のような症状が腟中隔の存在を示唆する可能性があります。

  • 月経困難症
    特に完全腟中隔の場合、月経血の排出が妨げられることで強い痛みを伴うことがあります。
  • 月経血の貯留
    特に横中隔の場合、月経血が腟内に貯留し、下腹部痛や腰痛を引き起こすことがあります。
  • タンポンの使用困難
    タンポンの挿入が難しい、または2つのタンポンが必要と感じる場合があります。
  • 性交痛
    性交時に痛みや不快感を感じることがあります。
  • 不妊
    中隔子宮を合併している場合腟中隔が原因で妊娠が困難になる場合があります。
  • 反復性流産
    中隔子宮を合併している場合妊娠しても流産を繰り返す場合があります。
  • 異常な帯下
    腟内に貯留した分泌物が増加し、異常な帯下として認識されることがあります。

これらの症状は、必ずしも腟中隔に特異的ではなく、他の婦人科疾患でも見られる可能性があります。そのため、これらの症状が持続する場合は、専門医による適切な診断が重要です。
また、新生児期や小児期に腟中隔が発見されることもあります。
この場合、外陰部の視診で2つの腟口が確認されたり、尿路感染症や骨盤内膿瘍などの合併症として発見されたりすることがあります。

腟中隔の検査・診断

腟中隔の診断は、主に以下の方法を組み合わせて行われます。

  • 問診と身体診察
    症状の詳細や月経歴、性生活の状況などを確認します。外陰部と腟の視診、内診を行い、2つの腟口の有無や中隔の存在を確認します。
  • 腟鏡診
    腟鏡を用いて腟内を直接観察し、中隔の有無、位置、大きさを評価します。
  • 経腟超音波検査
    非侵襲的に腟の構造を評価します。中隔の存在や範囲、関連する子宮奇形の有無を確認することができます。
  • MRI(磁気共鳴画像法)
    腟および関連する生殖器の詳細な解剖学的評価に有用です。特に、複雑な奇形の場合や他の画像診断法で結果が不明確な場合に推奨されます。
  • 3D超音波
    子宮および腟の立体的な評価が可能で、中隔の詳細な形態を把握するのに役立ちます。
  • 子宮鏡検査
    子宮腔の評価に有用で、特に子宮奇形を伴う場合に重要です。
  • 腹腔鏡検査
    他の骨盤内病変の評価や、複雑な症例の診断に用いられることがあります。
  • 遺伝子検査
    関連する遺伝子変異の有無を確認するために行われることがありますが、現時点では一般的ではありません。

診断の際は、腟中隔の種類(完全、不完全、横中隔)を特定することが重要です。また、関連する他の生殖器奇形(特に子宮奇形)の有無も同時に評価することが推奨されています。
これらの検査結果を総合的に評価し、腟中隔の正確な診断と適切な治療計画の立案が行われます。

腟中隔の治療

腟中隔の治療は、症状の有無や程度、患者の希望、将来の妊娠計画などを考慮して決定されます。主な治療方法は以下の通りです。

経過観察

無症状の場合や軽度の症状の場合は、定期的な経過観察のみで対応することがあります。

外科的切除

最も一般的な治療法です。中隔を切除し、単一の腟腔を形成します。

  • 手術方法:主に膣式アプローチが用いられます。
  • 使用器具:メス、ハサミ、電気メスなどが使用されます。
  • 麻酔:局所麻酔または全身麻酔下で行われます。
  • 術後管理:腟拡張器の使用により、術後の腟狭窄を予防します。

腔鏡補助下手術

複雑な症例や他の骨盤内病変がある場合に選択されることがあります。

ホルモン療法

月経困難症などの症状緩和のために、経口避妊薬などのホルモン療法が併用されることがあります。

治療後は、定期的なフォローアップが必要です。特に、妊娠を希望する患者では、治療後の妊孕性評価が重要となります。また、心理的サポートも治療の重要な要素です。
腟中隔の診断や治療過程が患者に心理的影響を与える可能性があるため、適切なカウンセリングと支援が推奨されます。

腟中隔になりやすい人・予防の方法

膣中隔になりやすい人

腟中隔は先天性の状態であるため、「なりやすい人」を特定することは困難です。
しかし、いくつかのリスク因子や関連する状況が報告されています。
腟中隔を含む生殖器奇形は、特定の遺伝子変異と関連している可能性があります。例えば、遺伝子の変異が報告されていますが、これらの遺伝子変異だけでは全ての症例を説明することはできません。
家族歴がある場合、生殖器奇形のリスクが若干高くなる可能性がありますが、直接的な遺伝パターンは確立されていません。
また、胎児期の環境要因も腟中隔の発生に影響を与える可能性があります。

予防の方法

腟中隔そのものを予防する方法は現時点では確立されていませんが、健康な妊娠と胎児の発達を促進するための一般的な予防策は重要です。
予防策としては以下のようなものが含まれます。

  • 妊娠前および妊娠初期の葉酸摂取
    神経管閉鎖障害のリスクを低減し、全体的な胎児の発達を促進します。
  • 妊娠中の有害物質の回避
    アルコール、タバコ、特定の薬物など、胎児に悪影響を与える可能性のある物質を避けます。
  • 適切な産前ケア
    定期的な健診を受け、妊娠中の健康管理を適切に行います。
  • バランスの取れた食事と適度な運動
    妊娠中の全体的な健康を維持し、胎児の発達を促進します。
  • 環境汚染物質への曝露の最小化
    可能な限り、有害な化学物質や環境汚染物質への曝露を避けます。

これらの予防策は、腟中隔を直接予防するものではありませんが、全体的な胎児の健康と発達を促進し、様々な先天性異常のリスクを低減する可能性があります。
腟中隔が診断された場合、適切な管理と治療により、多くの患者で良好な予後が期待できます。また、早期発見と適切な介入により、症状の軽減や妊孕性の改善が可能です。
そして、腟中隔を有する女性やその家族に対しては、適切な遺伝カウンセリングと心理的サポートを提供することが重要です。


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