監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
腟がんの概要
腟がんは女性生殖器に発生する比較的まれな悪性腫瘍です。米国がん統計によると、女性生殖器がん全体の約1-2%を占め、年間発生率は10万人あたり0.6-0.7人程度です。主な組織型は扁平上皮がん(約80-90%)ですが、腺がん、明細胞腺がん、悪性黒色腫なども見られます。好発年齢は60歳代ですが、若年者でも発症することがあります。
NCCNガイドラインによると、腟がんは原発性と続発性に分類されます。続発性腟がんは他の原発巣(主に子宮頸がん、外陰がん、子宮体がん)からの転移や進展によるもので、原発性腟がんよりも頻度が高いとされています。
腟がんの原因
腟がんの発生には複数の要因が複雑に絡み合っています。最も重要な因子として、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が挙げられます。WHOの報告によると、腟がんの約70%がHPV関連とされており、特に16型や18型などの高リスク型HPVが強く関連しています。HPVは性行為を通じて感染し、持続感染が腟がんの発生リスクを高めます。重要な点として、HPVはコンドームでは完全に予防できないことが知られています。これは、HPVが性器周辺の皮膚接触でも感染する可能性があるためです。
次に重要な要因として、ジエチルスチルベストロール(DES)曝露が挙げられます。これは過去に流産防止目的で使用された薬剤で、胎内でこの薬剤に曝露された女性で腟がん、特に明細胞腺がんのリスクが著しく高まることが知られています。米国のデータでは、DES曝露女性の腟がんリスクは非曝露女性の40倍以上とされており、その影響の大きさが伺えます。
慢性炎症も腟がんの発生に関与していると考えられています。長期間の炎症が腟粘膜に異形成を引き起こし、最終的にがん化につながる可能性があります。この慢性炎症は、繰り返す性感染症や不適切な衛生状態などが原因となることがあります。
免疫システムの状態も腟がんの発生に影響を与えます。HIV感染や臓器移植後の免疫抑制療法を受けている患者では、免疫機能の低下により腟がんを含む様々ながんのリスクが上昇します。これは、免疫システムが通常なら排除できるはずの異常細胞の増殖を抑制できなくなるためと考えられています。
放射線曝露も腟がんのリスク因子として認識されています。特に、骨盤部への放射線治療歴がある場合、腟がんを含む二次がんのリスクが上昇することが知られています。これは放射線によるDNA損傷が蓄積し、長期的にがん化につながる可能性があるためです。
その他の関連因子として、喫煙や子宮頸がん・外陰がんの既往なども挙げられます。喫煙は多くのがんのリスク因子として知られていますが、腟がんにおいても同様です。タバコに含まれる発がん物質が直接的に作用するだけでなく、免疫機能の低下を介して間接的にもリスクを高める可能性があります。また、子宮頸がんや外陰がんの既往がある患者では、これらのがんと同様の要因(特にHPV感染)が腟がんの発生にも関与している可能性が高いと考えられています。
これらの要因が単独で、あるいは複合的に作用することで、腟の細胞に遺伝子レベルの変異を引き起こし、最終的にがん化に至ると考えられています。しかし、これらのリスク因子を持つ人全てが腟がんを発症するわけではなく、個人の遺伝的背景や環境要因なども発症に影響を与える可能性があります。
腟がんの前兆や初期症状について
腟がんの症状は以下のように分類されます
不正性器出血(最も一般的な症状)
- 性交後出血
- 閉経後出血
- 月経周期と無関係な出血
帯下の異常
- 量の増加
- 悪臭を伴う変化
- 血性帯下
骨盤部症状
- 骨盤痛
- 膣の痛み
- 性交痛
泌尿器系症状
- 排尿障害
- 血尿(進行例)
消化器系症状
- 排便障害
- 直腸出血(進行例)
これらの症状は他の婦人科疾患でも見られるため、症状がある場合は速やかに医療機関を受診することが重要です。
腟がんの検査・診断
腟がんの診断プロセスは以下の通りです
問診と身体診察
- 詳細な病歴聴取
- 内診・腟鏡診
- 直腸診
病理学的検査
- 細胞診:腟壁からの擦過細胞診
- 組織生検:コルポスコピー下での狙撃生検が推奨
画像診断
- MRI:骨盤内の進展範囲評価に最も有用
- CT:遠隔転移の評価
- PET-CT:遠隔転移や再発の評価に有用
内視鏡検査
- 膀胱鏡:膀胱浸潤の評価
- 直腸鏡:直腸浸潤の評価
腫瘍マーカー
- SCC抗原:扁平上皮がんの場合
- CEA:腺がんの場合
これらの検査結果を総合的に判断し、FIGO 2018分類に基づいて病期を決定します。
腟がんの治療
NCCNガイドラインとESGOガイドラインに基づく腟がんの治療方針は以下の通りです
早期がん(FIGO Ⅰ期)
- 手術療法:
腫瘍径2cm未満の上部1/3腟がんでは、広汎子宮全摘出術+上部腟切除+骨盤リンパ節郭清が選択肢 - 放射線療法:
外部照射+腔内照射
手術+術後放射線療法の組み合わせも考慮
局所進行がん(FIGO Ⅱ-ⅣA期)
- 同時化学放射線療法:
外部照射+腔内照射+週1回シスプラチン
進行例や大きな腫瘍では、導入化学療法後に同時化学放射線療法を行うこともある
転移性腟がん(FIGO ⅣB期)
- 全身化学療法:
シスプラチン+パクリタキセルなどの併用療法 - 免疫チェックポイント阻害薬:
PD-L1陽性例ではペムブロリズマブ
再発がん
- 局所再発:
救済手術や放射線療法(可能な場合) - 遠隔再発:
全身化学療法や免疫療法
治療方針の決定には、多職種によるカンファレンス(Tumor Board)での検討が推奨されています。
腟がんになりやすい人・予防の方法
膣がんになりやすい人
腟がんのリスクが高い人々には、いくつかの特徴があります。
まず、HPV感染のリスクが高い方が挙げられます。
これには、若年での性交渉開始や多数の性的パートナーを持つ方が含まれます。また、過去にジエチルスチルベストロール(DES)に胎内で曝露された方も高リスク群に属します。
喫煙者や免疫機能が低下している方(HIV感染者や臓器移植後の免疫抑制療法を受けている方など)もリスクが高いとされています。
さらに、子宮頸がんや外陰がんの既往がある方、慢性的な腟炎や性感染症の既往がある方も注意が必要です。
予防の方法
腟がんの予防には、複数のアプローチがあります。
最も効果的とされているのは、HPVワクチンの接種です。
特に9〜14歳の女児に対する定期接種が推奨されています。定期的な婦人科検診も重要な予防策です。21歳以上の女性は3年毎の細胞診、30〜65歳の女性は3年毎の細胞診またはHPV検査と併用で5年毎の検診が推奨されています。DES曝露歴のある女性は、より頻繁に年1回の検診が勧められています。
安全な性行為の実践も重要です。HPVの完全な予防は難しいものの、感染リスクを低減できる可能性があります。禁煙も腟がんを含む多くのがんのリスクを下げるために重要です。健康的なライフスタイルの維持も予防に役立ちます。これには、果物や野菜を豊富に含むバランスの取れた食事、適度な運動、適正体重の維持が含まれます。
何か気になる症状がある場合は、躊躇せずに早期に医療機関を受診することが大切です。また、HIV検査と適切な治療も重要です。HIV陽性者が適切な抗レトロウイルス療法を受けることで、免疫機能を維持し、がんリスクを低減できる可能性があります。
これらの予防法を総合的に実践することで、腟がんのリスクを低減し、早期発見・早期治療の機会を増やすことができます。特に、HPVワクチン接種と定期的な婦人科検診が最も効果的な予防策とされており、これらを確実に行うことが推奨されています。
参考文献
- NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology: Vaginal Cancer. Version 1.2023.
- ESGO-ESTRO-ESP Guidelines for the Management of Patients with Vaginal Cancer. Int J Gynecol Cancer. 2020;30(6):720-734.
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- Centers for Disease Control and Prevention. DES Exposure: Questions and Answers about DES. 2021.
- American Cancer Society. Vaginal Cancer. 2023.