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栗原 大智

監修医師
栗原 大智(医師)

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2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。

涙のう炎の概要

涙のう炎とは、目頭にある涙のう(涙をためる小さな袋)が細菌感染などによって炎症を起こした状態を指します。 具体的には、涙のう内で病原体(主に細菌)が繁殖し、膿や粘液がたまることで、涙のう自体およびその周囲の組織が赤く腫れて痛む病気です。

通常、目から分泌された涙は涙のうに集められた後、鼻へ通じる鼻涙管を通って鼻腔に排出されます。しかし、鼻涙管が詰まったり狭くなったりすると涙の排出が滞り、涙のう内にたまった涙を栄養分として細菌が増殖しやすくなるため、涙のう炎が起こります。涙のう炎には、急速に症状が現れる急性涙のう炎と、炎症が長引く慢性涙のう炎の2種類があります。

涙のう炎の原因

涙のう炎の直接の原因は細菌による感染症で、黄色ブドウ球菌や表皮ブドウ球菌などの細菌が主な病原体です。これらの細菌は健康な状態の涙のうには存在しませんが、涙のう炎が起こる背景に涙のうから鼻への出口である鼻涙管が塞がること(鼻涙管閉塞)や狭くなること(鼻涙管狭窄)があります。 鼻涙管が閉塞あるいは狭窄すると涙が常に涙の内に滞留し、細菌が繁殖しやすい環境になります。その結果、蓄積した細菌が炎症を引き起こし、痛みや発赤、腫れ、目やに、膿といった症状が現れます。

鼻涙管の閉塞や狭窄を生じる原因には先天性の場合と後天性の場合があります。先天性鼻涙管閉塞では、生まれつき鼻涙管の一部が膜で塞がれており、新生児期から涙の排出障害が起こります。一方、後天性鼻涙管閉塞では、中高年以降の加齢変化によって鼻涙管が細くなったり詰まったりして生じます。 ほかに、慢性的な鼻炎や副鼻腔炎など鼻の病気、外傷、鼻や副鼻腔の手術、まれに鼻涙管や涙のう周辺の腫瘍などが原因で鼻涙管が物理的に閉塞し、涙のう炎を引き起こすこともあります。また、新生児では上述の先天的な鼻涙管閉塞によって新生児涙のう炎を発症する場合があります。

涙のう炎の前兆や初期症状について

涙のう炎の初期には、目やに(眼脂)が増えたり涙目(流涙)が続いたりする症状が現れます。これは涙のうや涙道に炎症が生じる前段階で、涙の排出不良により細菌が繁殖し始めているサインです。特に、片方の目だけ目やにが多い、常にその目だけ涙があふれるといった状態は要注意です。 炎症が進行すると、目頭の部分が次第に赤く腫れてきて、押すと痛みを感じるようにもなります。初期の段階では痛みや腫れが軽度でも、放置すると急速に悪化することがあります。

こうした涙のう炎の前兆を感じたら、早めに医療機関を受診することが大切です。受診すべき診療科は眼科です。ただし、原因が鼻の病気である可能性もあるため、精査や治療のために耳鼻いんこう科(耳鼻科)でも鼻涙管の処置を行うことがありますが、まずは眼科での受診で問題ありません。

涙のう炎の検査・診断

眼科では、患者さんの症状や経過について問診を行ったうえで診察、検査を行います。

問診、触診

「いつ頃からどのような症状が出ているか」「痛む場所はどこか」などを確認し、目頭の発赤や腫れ具合、痛みの程度、目やにの量などをチェックします。目頭を指で軽く圧迫してみて、まぶたの内側にある涙点から膿や粘液が押し出されるかどうかを調べることもあります。涙のうを押したときに涙点から膿が出てくるようであれば、涙のうに膿が溜まっていることを強く示唆します。

通水検査

続いて、涙道の通り具合を調べる検査が行われます。これを通水検査と言い、涙点から生理食塩水を注入して、鼻の方へ液体が流れるかどうか確認します。液体が途中で逆流してしまう場合は鼻涙管が詰まっている証拠であり、逆流液に膿が混じっていれば涙のう炎による化膿を示唆します。小児の場合は蛍光色素を点眼し、時間経過とともに鼻へ染み出てくるかを観察する方法なども用いられています。

画像検査

必要に応じて、CT検査やMRI検査などの画像検査を行い、鼻涙管の閉塞部位や周囲組織の状態を詳しく調べることもあります。特に、腫瘍や眼窩内への炎症拡大が疑われるケースでは画像診断が有用です。

培養検査

涙のう内の膿を採取して細菌培養検査を行い、感染を引き起こしている原因菌を特定する場合もあります。この結果をもとに抗菌薬の種類を変更することがあります。

涙のう炎の治療

涙のう炎の治療は、大きく分けて急性期の炎症に対する治療と原因となった鼻涙管閉塞に対する治療の二段階で考えます。

急性期の炎症に対する治療

急性の炎症や感染症状に対しては抗菌薬の投与を行います。症状が軽ければ経口の抗菌薬や抗生剤の点眼、眼軟膏で対応し、症状が強い場合は点滴静注などで速やかに感染を抑えます。痛みが強い場合は鎮痛薬の内服も検討します。

涙のうに膿がたまって膿瘍を形成している場合は、抗菌薬による治療に加えて膿のドレナージが必要になります。具体的には、局所麻酔下で皮膚を小さく切開し、膿を出す処置が行われます。膿の量が多い場合は切開創からガーゼや細いドレーンを留置して排膿を促し、並行して抗菌薬で炎症を抑えるようにします。 場合によっては皮膚から針を刺して膿を吸引し、涙のう内を生理食塩水で何度も洗浄する方法をとることもあります。いずれにせよ、急性期の治療目標は膿を出し切って感染をコントロールすることです。 急性期の炎症がおさまった後、根本原因である鼻涙管の閉塞に対する治療(再発予防の治療)を行います。

鼻涙管閉塞に対する治療

鼻涙管の通りを改善しないと、また涙がうっ滞して再度感染を起こしてしまい、涙のう炎が再発してしまう恐れがあります。 閉塞が部分的な場合にはブジーと呼ばれる細い金属の棒やチューブを使って涙道を拡張する処置を検討します。この処置で改善しないか、閉塞が完全で慢性的な場合には手術による治療が選択されます。

代表的な手術は涙のう鼻腔吻合術といい、涙のうと鼻腔を直接つなぐ新しい通り道を作る方法です。鼻側から内視鏡下に骨を削って涙のうと鼻腔を連結させます。これにより、元の鼻涙管が詰まっていても涙のうから鼻腔へ涙が流れるルートが確保され、涙のう炎の再発を防ぐことができます。 もう一つはシリコンチューブ挿入術といって、涙点から細いシリコン製の管を鼻涙管に通し、狭くなった涙道を物理的に広げて保持する方法です。通常は涙道内視鏡という細い内視鏡で鼻涙管内を直接観察しながらチューブを留置します。チューブは炎症が完全に収まるまでの数ヶ月間留置し、その後抜去します。これらの手術的治療によって鼻涙管の閉塞が解消されれば、涙のう炎の再発リスクは大幅に下がります。

なお、新生児の先天性鼻涙管閉塞による涙のう炎の治療は少し異なります。生後間もない赤ちゃんでは免疫力が未熟なため、まず抗菌薬の点眼で感染を抑えつつ、目頭を優しく押して涙のう内の膿や涙を絞り出す涙のうマッサージを毎日行って経過を見ます。 多くの場合、成長とともに鼻涙管の膜が自然に開通し、症状は改善します。1歳前後になっても改善しない場合には、眼科でブジーによる鼻涙管の開放術を検討します。それでも開通しない難治例では、先述の涙のう鼻腔吻合術など手術が必要になることもあります。

涙のう炎になりやすい人・予防の方法

涙のう炎は、鼻涙管の閉塞をきたす要因を持つ方に起こりやすい傾向があります。代表的なのは新生児と中高年者です。新生児では先天的な鼻涙管閉塞があると生後数ヶ月以降に涙のう炎を発症することがあります。一方、中高年では加齢に伴う鼻涙管の狭窄が起こりやすいとされています。

ほかにも、副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎で鼻の通りが悪い方、過去に顔面や鼻の怪我や手術をした方などは鼻涙管の通過障害が起きやすく、結果として涙のう炎のリスクも高くなります。 涙のう炎の予防策としては、以下の点に注意する必要があります。

目の周囲を清潔に保つ

洗顔やクレンジングでアイメイクをしっかり落とし、まぶたや目のキワに汚れが残らないようにします。アイメイクの残留物は涙の通り道を詰まらせる原因となりえます。クレンジング後は目元を優しく洗い流し、清潔を保ちましょう。

鼻の疾患を適切に治療する

鼻炎や副鼻腔炎などがある場合は放置せず、耳鼻科で治療することが大切です。慢性的な鼻の炎症により鼻涙管周囲の組織が腫れて狭くなると、涙のう炎の誘因となります。鼻のとおりを良くしておくことは、涙の通り道の機能維持にもつながります。

早めに眼科を受診する

片目だけ涙が止まらない、目やにが増えてきた、といった涙のう炎の前兆がみられたら早めに眼科を受診しましょう。初期の段階で鼻涙管の狭窄や閉塞が見つかれば、ブジーやシリコンチューブによる拡張処置など負担の少ない方法で改善を図れます。早期治療は涙のう炎への移行を防ぐことができます。

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