

監修医師:
栗原 大智(医師)
目次 -INDEX-
角膜化学腐蝕の概要
角膜化学腐蝕(かくまく かがくふしょく)とは、酸性またはアルカリ性の化学物質が誤って目に入ることで、目の表面を覆う透明な膜である角膜に損傷が生じる状態の総称です。身近な洗剤から工業用薬品に至るまで、さまざまな化学物質が原因となり、強い炎症反応を引き起こし、適切に対処しないと角膜組織が深部まで損傷されることがあります。
重度の場合には角膜に瘢痕が形成されて形がいびつになり、乱視によって視力が大きく低下することがあります。また、角膜の深い損傷によって感染症のリスクが高まるだけでなく、治癒後しばらくしてから緑内障や白内障などを発症することもあります。
特に、アルカリ性物質による損傷は酸性の場合より重症化しやすく、角膜を透過して眼内にまで障害を及ぼして角膜穿孔(角膜に穴が開くこと)や失明に至ることもあります。角膜化学腐蝕は眼科領域のなかでも緊急性の高い疾患であり、早急な対応が重要となります。
角膜化学腐蝕の原因
角膜化学腐蝕は、あらゆる場面で生じうる事故で、その原因となる化学物質は多岐にわたります。例えば、工場や実験室などで使用される工業用薬品や有機溶剤の飛散、清掃中の洗剤の飛沫、あるいは自動車用バッテリー液(硫酸)などが目に入ることで発生します。家庭内でも、パーマ液やカビ取り剤、漂白剤、生石灰など身近な製品が原因となることがあります。
特に、アルカリ性の物質(セメントや石灰、水酸化ナトリウムなど)は角膜組織の奥深くまで浸透して損傷を与えやすく、酸性物質以上に重篤になる傾向があります。実際、重篤な眼の化学損傷では強アルカリによるものが大半を占めるとの報告もあり、酸性物質であっても高濃度であれば重篤な角膜障害を引き起こす可能性があるため注意が必要です。このように、専門的な化学薬品だけでなく日常生活で使う製品にもリスクが潜んでいるため、取扱いには十分な注意が求められます。
角膜化学腐蝕の前兆や初期症状について
化学物質が目に入ると直後から目の激しい痛み、充血、流涙(涙が止まらない)などの症状が現れます。痛みは極めて強く、まぶたを自分で開けていられないほどです。場合によっては角膜の表面が完全に剥がれ落ちたり、角膜全体がスリガラス状に白く濁って見えることもあります。
特に強い酸やアルカリが入った場合には角膜組織が溶けてしまい、急激な視力低下を招くこともあります。応急処置としては、できるだけ速やかに水道水などで目を洗い流すことが重要です。洗眼が終わったら、できるだけ速やかに眼科を受診するようにしましょう。眼科が開いていない夜間や休日であっても救急診療を受けて対応してもらうようにしてください。
角膜化学腐蝕の検査・診断
眼科ではまず視力検査や眼圧検査を行い、続いて細隙灯顕微鏡という特殊な顕微鏡で目を観察して角膜や結膜の損傷範囲、程度を詳しく調べます。その際はフルオレセインという蛍光色素の染色液を点眼し、角膜の傷を浮かび上がらせて評価します。
また、原因となった化学物質の種類が不明な場合には、眼表面の液をリトマス紙で調べ、物質が酸性かアルカリ性かを確認することもあります。損傷の重症度を判断する際には、白目部分の充血の具合、角膜の濁り方、角膜上皮が剥がれた範囲などを観察します。
特に、角膜と白目の境界にあたる角膜輪部という部分がどの程度傷ついているかを調べることが重要です。角膜輪部には角膜上皮のもとになる幹細胞が存在しており、この部分に広範な障害が及ぶと角膜の傷が治りにくくなるため、治療方針を決定するうえで重症度評価の大きなポイントになります。
角膜化学腐蝕の治療
角膜化学腐蝕の治療は緊急時の対応と、その後の治療に分けて考えることができます。
緊急対応
角膜化学腐蝕の治療では、まず何よりも速やかな洗眼が重要です。化学物質が目に入ったら、医療機関に行く前にその場ですぐ大量の流水で目の洗浄を始めてください。この際、洗面器などに水をためて顔をつけるのではなく、水道水などの流水を目に当て続けながら少なくとも10〜15分以上は洗い流すようにします。洗眼中は痛みのため自力で目を開け続けるのが難しいため、必要であれば周囲の方に協力してもらいまぶたを開けてもらいます。病院到着後も、医師が生理食塩水などで眼を洗浄し、眼表面のpHが正常に戻るまで洗眼を継続します。
洗眼後の治療
洗浄によって十分に化学物質を除去した後は、点眼薬による薬物療法を行います。感染予防のための抗菌薬の点眼や、炎症を抑えるためのステロイド点眼を使用します。軽症のケースでは、角膜上皮が一時的に剥がれてしまっても数日~数週間で自然に再生し、後遺症を残さず治癒することがほとんどです。しかし、損傷が強く角膜の自己再生が困難な場合には、外科的な治療を検討します。例えば、もう片方の健全な目から角膜輪部の組織を移植する角膜輪部移植術や、眼の表面を覆う羊膜移植術が行われることがあります。損傷の程度によっては角膜移植などの手術が必要となる場合もあります。
角膜化学腐蝕になりやすい人・予防の方法
角膜化学腐蝕は偶発的な事故によって誰にでも起こりえますが、特に発生リスクが高い場面や人の特徴が知られています。職場での労災事故として発生する場合が多く、ある研究では成人の重度眼化学損傷症例の約2/3が職場で起きており、男性に多い傾向が報告されています。
工場作業員や建設作業員、実験室で薬品を扱う技術者などは、特に強アルカリ性の物質(セメントや石灰、水酸化ナトリウムなど)による眼外傷に注意が必要です。
一方、家庭内での事故も少なくありません。最近行われた大規模調査では、1~2歳の幼児で化学物質による目の熱傷を発生する割合が、20代の若年成人よりも高いという結果が報告されました。家庭用洗剤や漂白剤などアルカリあるいは酸性の洗浄剤が、幼児の目に入るケースがしばしば報告されており、幼い子どももリスクが高いといえます。
角膜化学腐蝕を予防するには、原因となりうる化学物質から目を保護する対策が欠かせません。作業現場や実験室はもちろん、家庭で強力な洗剤や薬剤を扱う際にも必ず保護ゴーグルや安全眼鏡を着用しましょう。
特に、小さな子どもがいる家庭では、洗剤や漂白剤などの危険な製品を子どもの手の届かない場所に保管し、容器にロックをかけるなど安全対策を徹底してください。実際、幼児の眼化学熱傷のほとんどは危険物の保管を適切に行うことで、ほぼ完全に予防可能であると指摘されています。
さらに、万一事故が起きてしまった場合に備え、目に化学物質が入ったときの応急処置の知識を身につけておくことも重要です。職場では経営者や管理者が率先して安全教育を行い、全従業員に保護具の使用を徹底させることで、角膜化学腐蝕の発生率を大幅に下げることができます。また、お子さんは大人ほど正しく自覚症状を伝えることができないため、目にアルカリ性や酸性の液体が入ってしまった場合に対応できるよう、大人が対応方法を知っておくことが重要となります。