

監修医師:
栗原 大智(医師)
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蚕蝕性角膜潰瘍の概要
蚕蝕性角膜潰瘍(さんしょくせいかくまくかいよう)は、角膜の周辺部に円弧状の潰瘍が生じるまれな重症角膜疾患です。
モーレン潰瘍とも呼ばれ、特に原因となる全身疾患がない健康な方の目に突然発症し、片眼だけの場合もあれば両眼に起こることもあります。
角膜潰瘍には通常、角膜の傷から細菌などが感染して起こるものが多いですが、本疾患では明らかな感染症がない点が特徴です。放置すれば潰瘍が拡大して角膜が薄くなり、最悪の場合は角膜に穴(穿孔)が開いてしまう恐れがあり、視力の予後は悪い病気です。
蚕蝕性角膜潰瘍は角膜周辺から全周に広がり、辺縁から中心に向かって侵食していく進行性の潰瘍が特徴です。まれな疾患ですが一度発症すると難治性で、現時点で確立された治療法がなく、進行すると失明に至ることもある深刻な病気です。強い目の痛みや充血を伴い、かつて治療法が乏しかった時代には短期間で失明に至る恐ろしい病気とされました。現在ではステロイド治療や角膜移植などの治療が行われますが、依然として慎重な経過観察と早期治療が必要な疾患です。
蚕蝕性角膜潰瘍の原因
この病気の明確な発症メカニズムは解明されていませんが、自分の免疫が誤って角膜を攻撃してしまう自己免疫疾患の一種と考えられています。つまり、体内のリンパ球など免疫細胞が角膜の組織を異物とみなして攻撃、破壊することで潰瘍が生じるという説が有力です。
同じ自己免疫疾患である関節リウマチなどの膠原病患者さんで、角膜周辺部に類似の潰瘍が生じることがあります。その場合、角膜潰瘍は基礎疾患に伴う合併症と位置づけられ、通常は蚕蝕性角膜潰瘍とは別の病態と考えられます。
蚕蝕性角膜潰瘍を引き起こす誘因についてはいくつか報告がありますが、原因は明らかになってはいません。遺伝的な素因との関連では特定の免疫に関与する白血球の型(HLA)との関連が指摘された報告がありますが、人種による差異が大きく日本人での関連は明らかになっていません。
また、C型肝炎ウイルス感染や寄生虫感染が関与する可能性を示唆する報告もありますが、いずれも直接の原因であると断定できる十分な根拠はありません。実際には何らかの免疫異常が背景にあり複数の要因が重なって発症すると考えられますが、詳細な発症機序は解明されていません。
蚕蝕性角膜潰瘍の前兆や初期症状について
蚕蝕性角膜潰瘍は、ある日突然に角膜の周辺部分に三日月状の潰瘍が出現することから始まります。潰瘍ができた部位に隣接する強膜の部分は激しく充血し、しばしば耐え難いほどの強い目の痛みを生じます。
また、光が異常にまぶしく感じられる光視症の症状や流涙(涙が出ること)も見られます。
一般的な感染性の角膜潰瘍と異なり膿や大量の目やにはあまり出ない傾向があります。発症直後の段階では角膜中央部がまだ侵されていないため視力低下はほとんど起こりませんが、潰瘍が徐々に拡大して角膜の構造がゆがむと屈折異常による強い乱視が急激に現れ、視力が次第に低下していきます。
さらに進行して潰瘍部分の角膜が極端に薄くなると、その部分に穴が開き、眼内の液体が漏れ出て突然の激しい痛みと著しい視力低下を引き起こします。この状態になると数日以内に失明に至る危険もあり危険です。こうした重症例では緊急手術が必要になります。なお、本疾患はまれですが片目だけでなく両目に発症することもあります。
初期段階では激しい痛みや充血などの症状が主ですが、これらはほかの眼疾患でも起こりうるため、症状だけで判断することは困難です。明確な前兆となる症状はありませんので、目の異常を感じたら様子を見るのではなく、早めに眼科を受診することが重要です。
特に目に強い痛みを感じたり、部分的に白目が赤く腫れるような症状が出た場合は注意が必要です。一刻を争う疾患でもあるため、こうした症状が現れたら速やかに眼科を受診してください。早期に診断し治療を開始することで、角膜穿孔など深刻な病態になるのを未然に防ぐことができます。
蚕蝕性角膜潰瘍の検査・診断
眼科では視力検査や眼圧検査のほか、細隙灯顕微鏡という機械で角膜を詳しく観察し、潰瘍の位置や広がり、深さを調べます。
この顕微鏡検査により、角膜の周辺部に特徴的な半月状の潰瘍があり、中心部に向かって進行する所見が確認されれば蚕蝕性角膜潰瘍が強く疑われます。加えて、眼底検査や隣接する強膜の状態確認など、ほかの眼科的検査も必要に応じて行います。
病歴の聴取では、過去の目のケガや手術歴、全身の病気の有無なども詳しく問診します。蚕蝕性角膜潰瘍自体は原因不明の特発性疾患ですが、診断にあたってはほかの原因を除外することが重要です。
まず、ほかの疾患との鑑別のため血液検査が行われます。蚕蝕性角膜潰瘍とよく似た角膜潰瘍が、全身の自己免疫疾患であるウェゲナー肉芽腫症(多発血管炎性肉芽腫症)や関節リウマチなどによっても引き起こされることがあるからです。
そのため、血液検査でリウマチ因子やANCA(抗好中球細胞質抗体)などを調べ、こうした全身疾患の有無を確認します。仮に関節リウマチなどの病気が見つかった場合には、角膜潰瘍はその膠原病の合併症と考えられますので、まず基礎疾患の治療が優先されます。
一方、血液検査で特に異常がなく全身疾患が否定的な場合には、角膜潰瘍自体が特発的なもの(蚕蝕性角膜潰瘍)である可能性が高くなります。また、感染症との鑑別も重要です。通常の角膜潰瘍の多くは細菌や真菌などの感染が原因で起こるため、蚕蝕性角膜潰瘍であっても当初は感染が併発している可能性を検討します。
診察時に角膜潰瘍部から分泌物や組織のサンプルを採取し、培養検査によって細菌や真菌の有無を調べます。この検査で病原体が検出されれば感染性角膜潰瘍として治療方針が大きく異なります。一方、培養検査で陰性であり、かつ上述の血液検査でも全身疾患が否定される場合には、原因不明の周辺部角膜潰瘍として蚕蝕性角膜潰瘍と診断されます。
蚕蝕性角膜潰瘍の治療
蚕蝕性角膜潰瘍の治療は内科的治療と外科的治療を組み合わせて行われます。
内科的治療(薬物治療)
蚕蝕性角膜潰瘍の治療は、免疫の異常な反応を抑えることが中心になります。自己免疫反応で角膜が破壊されているため、その攻撃を和らげる目的で副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)を用います。ステロイドは強力な抗炎症作用・免疫抑制作用を持つ薬で、まずステロイド点眼を頻回に行います。ただし点眼治療だけでは不十分なことも多く、全身的に効果を行き渡らせるためステロイドの内服や点滴投与を併用する場合もあります。さらに、症状に応じて免疫抑制剤を追加することもあります。
外科的治療
病変が急速に進行している場合や薬物療法で効果が不十分な場合、外科的治療が検討されます。早期から行われることが多い手術が、潰瘍周囲の結膜切除術です。角膜の周囲を覆う結膜という組織を取り除く手術で、潰瘍部分に達する血管や免疫細胞の供給源を断つことで炎症の悪循環を絶ち、潰瘍の進行が止まる場合があります。
結膜切除によって潰瘍の進行が抑制できない、あるいは角膜実質の欠損が大きい場合には、角膜の一部を移植する手術も行われます。代表的なものが角膜上皮形成術と呼ばれる特殊な角膜移植術で、潰瘍部位とその周辺の障害された結膜組織を切除し、そこにドナーからの角膜上皮と上皮幹細胞を移植する方法です。
ほかにも、角膜潰瘍の辺縁部のみを移植する表層角膜移植術や、潰瘍部に羊膜を敷いて覆う羊膜移植といった治療法がとられることもあります。潰瘍が原因で角膜穿孔に至った場合は、緊急手術として角膜移植(全層角膜移植)などによる穴の閉鎖を行います。
蚕蝕性角膜潰瘍になりやすい人・予防の方法
蚕蝕性角膜潰瘍はまれな病気であり、特定の性別や年齢層、生活習慣など明確な危険因子は知られていません。
国内外の症例報告では、10代の若年者から中高年まで幅広い年代で発症がみられます。また、原因が完全には解明されていないため、確立された予防法も残念ながら存在しません。そのため、早期発見および早期治療が最大の予防方法といえます。
実際に蚕蝕性角膜潰瘍を発症した患者さんでは、もう片方の目にも同様の潰瘍が発生するケースがあるため注意が必要です。そのため、一方の目に蚕蝕性角膜潰瘍を発症したことがある方は、もう一方の目の経過にも十分注意し、定期的に眼科検診を受けることが望ましいでしょう。少しでもおかしいと思ったら迷わず眼科を受診し、適切な診断と治療を受けるようにしてください。
関連する病気
- アメーバ性角膜炎
- 細菌性角膜潰瘍
- 角膜感染症
参考文献