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中毒性視神経症
栗原 大智

監修医師
栗原 大智(医師)

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2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。

中毒性視神経症の概要

中毒性視神経症は、薬物や有毒な化学物質への曝露によって視神経が損傷される病気です。視神経が障害されると、目で見た情報を脳に送る経路に支障が生じ、視力低下や視野異常を引き起こします。視神経症とは視神経の障害による一連の疾患の総称で、原因には炎症(視神経炎)や虚血(血流障害)などさまざまなものがありますが、中毒性視神経症はそのなかでも原因物質を取り除くことで視力の改善が期待できます。

多くの場合、ゆっくりと進行して両目に対称的な視力障害を生じるのが特徴で、痛みを感じないため気付きにくいことがあります。ただし、原因物質によっては急激に視力が低下する例もあり、特にメタノール(工業用アルコール)の中毒では短時間で失明に至ることもあるため注意が必要です。

中毒性視神経症では迅速に原因へ対処すれば失われた視力がある程度回復する可能性がありますが、対応が遅れるともとに戻らず、大きく視力が低下する恐れがあります。

中毒性視神経症の原因

視神経に毒性を持つさまざまな物質が原因となりえます。代表的なのは薬剤の副作用によるものと、化学物質中毒によるものです。

医薬品では、抗結核薬のエタンブトールによる視神経障害がよく知られており、ほかにも一部の抗菌薬や抗がん剤、免疫抑制剤、抗不整脈薬など多数の薬剤で発生が報告されています。新しい薬剤でもまれに視神経症が起こることがあるため、治療中の薬剤との関連は常に考慮する必要があります。

有毒物質によるものでは、メタノール(メチルアルコール)やエチレングリコールなどの有機溶剤、中毒性の高い農薬、鉛などの重金属が視神経障害を引き起こすことが知られています。また、長年の喫煙習慣や大量の飲酒も視神経に悪影響を及ぼし、中毒性視神経症の原因になりうるとされています。

一方でビタミンB1やB12、葉酸などの欠乏によって起こる視神経症は栄養障害性視神経症と呼ばれ、中毒性視神経症とは区別されます。特にアルコール多飲者や消化管手術後の患者さんでは栄養不足により視神経症を発症しやすいことが知られており、これはアルコールそのものの毒性というよりビタミン欠乏が主な原因と考えられます。

中毒性視神経症の前兆や初期症状について

中毒性視神経症では、視野の中心部に見えない部分が生じる症状(中心暗点)を伴う視力低下が数日から数週間かけて徐々に進行します。多くの場合は両眼に同程度の障害が現れますが、初期には片方の目だけわずかな異常として始まることもあります。

典型的には読書などの際に視界の中心が見えづらくなる中心暗点が生じますが、場合によっては視野全体が狭くなる視野狭窄を認めることもあります。初期症状の例として、以下のような症状が挙げられます。

  • 視界がかすんでぼやける(霧視)
  • ものが黒っぽく見える
  • 色が判別しにくくなる(色覚異常)
  • 視野の一部が欠ける

これらの症状は痛みを伴わず、徐々に進行するため見逃されやすい傾向があります。しかし、症状が持続したり悪化する場合は中毒性視神経症の可能性も考えられるため、できるだけ早く眼科を受診してください。視力低下に気付かない場合でも、普段と比べて色が薄く見える、ピントが合いにくいといった異変に気付いた時点で相談するようにしましょう。

中毒性視神経症の検査・診断

眼科ではまず、患者さんの症状や生活歴について詳しく問診が行われます。特に現在服用中の薬剤や過去の薬剤使用歴、アルコールや有機溶剤への曝露歴などは診断の重要な手がかりです。続いて視力検査、視野検査、色覚検査、眼底検査などの基本的な眼科検査を行い、視神経の機能低下や視野異常の有無を確認します。

視野検査では中心暗点や視野狭窄の程度を調べ、色覚検査では赤や緑の色の識別能力を評価します。必要に応じてMRI検査で脳や視神経の断面画像を撮影し、腫瘍や炎症性疾患などほかの原因が隠れていないかを調べます。

また血液検査も有用で、メタノール中毒が疑われる場合の血中メタノール濃度測定や、栄養状態の指標となるビタミンB群の欠乏の有無などを確認します。状況に応じて、視神経の伝導機能を調べる視覚誘発電位(VEP)検査や、点滅する光刺激に対する反応速度を測る中心フリッカー値検査が行われることもあります。
これらの結果と問診内容を総合し、最終的にほかの視神経疾患を除外することで中毒性視神経症の診断が確定します。

中毒性視神経症の治療

治療は、原因となっている物質や薬剤への曝露をただちに中止することです。服用中の薬が原因と判明した場合は医師の指示のもと減量あるいは中止が行われ、必要に応じて代替薬への切り替えが検討されます。

有毒な化学物質による中毒が原因の場合も、それ以上の曝露を防ぎ、体内に残っている毒素を可能な限り排除する解毒を行います。
例えば、メタノール中毒であれば解毒薬(ホメピゾールなど)の投与や血液透析によって体内からメタノールを除去する治療が行われます。鉛中毒が疑われる場合にはキレート剤の投与が有効です。栄養不足が関与しているケースでは、ビタミンB1や葉酸、ビタミンB12などの不足した栄養素を補充します。

特に、ビタミンB12欠乏症による視神経障害では、経口サプリメントのみでは不十分なことが多く、ビタミンB12の筋肉注射などで集中的に補います。中毒性視神経症は原因への対処が早ければ早いほど視力が回復しやすいとされ、治療開始後も数ヶ月にわたって徐々に視機能が改善していく例があります。ただし、重症例では治療後も視力が完全には戻らないことがあり、その場合は拡大鏡などの低視力補助具を用いたリハビリテーションによる生活支援も検討されます。

中毒性視神経症になりやすい人・予防の方法

結核の治療でエタンブトールを長期使用している方や、免疫抑制剤・抗がん剤など視神経症のリスクが知られている薬を服用中の方は特に注意が必要です。エタンブトールでは1日あたり25 mg/kgを超える高用量で視神経症の発生率が高まるため、体重あたりの適切な用量を守ることが大切です。

腎臓や肝臓の機能が低下している方、高齢者、もともと視神経や網膜の病気がある方では薬の代謝や排泄が遅れたり視神経が脆弱だったりするため、中毒性視神経症を起こしやすく重症化しやすいとされています。発症を予防するため、これらの薬剤を使う場合は服用前に眼科で視力や視野検査しておくことが推奨されます。治療中も定期的に眼科検査を受け、異常の早期発見に努めます。
患者さん自身も、片目ずつ交互に視力を確かめる習慣をつけるなどして日常的にチェックを行い、異変に気付いたらすぐ医師に報告してください。

薬剤だけでなく日常生活においても原因物質への曝露を避ける工夫が予防につながります。例えば、メタノールを含む工業用アルコールやシンナー類は誤飲および誤用しないよう十分注意し、農薬や有機溶剤を扱う際は換気や保護具の着用を徹底しましょう。また、喫煙や過度の飲酒習慣がある方は、ビタミン不足による視神経障害を予防するためにも生活習慣を見直し、必要に応じてビタミン剤の補給を検討してください。

関連する病気

  • アルコール中毒
  • 鉛中毒
  • メタンフェタミン中毒

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