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近視性網脈絡膜萎縮
栗原 大智

監修医師
栗原 大智(医師)

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2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。

近視性網脈絡膜萎縮の概要

近視性網脈絡膜萎縮とは、強度の近視によって網膜と脈絡膜が薄く萎縮し、正常に機能しなくなる状態を指す疾患です。
網膜は眼球内部の奥にある光を感じ取る薄い膜で、カメラでいうフィルムに相当します。一方、脈絡膜は網膜の外側で眼球を覆う組織で、眼に栄養を供給する役割があります。強い近視のため眼球が前後方向に伸びると、それに伴い網膜と脈絡膜も引き伸ばされて極端に薄くなり、部分的に組織が変性してしまいます。この結果、網膜や脈絡膜の萎縮部では光を感じたり視覚信号を伝えたりする機能が失われ、視力低下や失明につながることがあります。実際、病的近視の一つである本症は、日本において視覚障害(失明)原因の第4位を占める重要な疾患です。

近視性網脈絡膜萎縮の原因

近視性網脈絡膜萎縮の直接の原因は、強度近視に伴う眼球の変形です。近視が進行して眼軸長が伸びると、眼球後部が膨らんで後部ぶどう腫が生じることがあります。このような眼球の拡大により網膜や脈絡膜が引っ張られて薄くなり、血流や組織に負担がかかって萎縮性の影響が蓄積すると考えられています。

特に、網膜中心部の黄斑付近で萎縮が起これば視力への影響が大きくなります。なお、近視そのものの発症および進行には遺伝的要因と読書やスマートフォンなどの長時間の近業作業、屋外活動の不足など環境要因が関与します。これらが重なって強度近視になった場合に、長年の眼球伸展によって中高年以降に網脈絡膜萎縮が発生しやすくなります。特に、近視の度数が強い方はそうでない方に比べて将来的に本症を発症するリスクが高く、若年の頃から強度近視であるほど注意が必要です。

近視性網脈絡膜萎縮の前兆や初期症状について

初期の近視性網脈絡膜萎縮そのものでは、自覚できる症状がほとんどありません。網膜や脈絡膜が萎縮し始めても、その範囲が小さいうちは痛みもなく、視力にもすぐ影響が出ないためです。自覚症状が現れるのは、萎縮が広がって黄斑と呼ばれる網膜中心部まで達した場合です。その段階では、視界の中央がぼやけたり、見ようとしている部分が暗く欠けて見えたり(中心暗点)、物が歪んで見える(変視症)ことがあります。

進行すると欠けて見える範囲(視野欠損)が拡大し、日常生活に支障が出るまで視力が低下することもあります。強度近視の方はこうした症状の前兆がなく進行することもあるため、定期的に眼科で眼底検査を受けることが望ましいでしょう。特に、急激な視力低下や見え方の異常を感じた場合は速やかに眼科を受診して診察を受けてください。

近視性網脈絡膜萎縮の検査・診断

近視性網脈絡膜萎縮が疑われる場合、眼科では主に眼底検査によって診断を行います。眼底検査では、点眼薬で瞳孔を広げてから、細隙灯顕微鏡や眼底カメラを用いて網膜や脈絡膜の状態を詳しく観察します。
この検査により、萎縮によって網膜の色素が薄くなり下の脈絡膜や血管が透けて見える所見や、萎縮斑が広がっている様子を確認できます。

また、より詳細な評価のために光干渉断層計(OCT)という検査機器を用います。OCTでは近赤外光を当てて網膜の断面画像を撮影でき、肉眼ではわからない網膜層の薄さや隆起、裂孔の有無などを断層的に把握できます。必要に応じて、造影剤を用いた蛍光眼底造影検査で脈絡膜の循環状態や新生血管の有無を調べることもあります。こうした検査所見と、患者さんの近視の程度や症状を総合して診断を確定します。

近視性網脈絡膜萎縮の治療

残念ながら、一度萎縮してしまった網膜や脈絡膜を元通りに再生させる根本的な治療法は現在のところ存在しません。そのため、近視性網脈絡膜萎縮の治療方針は、進行の予防と合併症への対処が中心となります。

まず病変の進行を遅らせるために、近視の度数がこれ以上進まないよう管理することが重要です。加えて、萎縮に伴って発生しうる合併症があれば早期に発見し治療します。例えば、高度近視では黄斑部に脈絡膜から異常な新生血管が発生し(近視性脈絡膜新生血管)、出血によって突然の視力低下や物が歪んで見える症状を起こすことがあります。この場合、抗VEGF薬(抗血管内皮増殖因子)を眼内に注射することで新生血管による出血やむくみを抑え、視力の維持を図ります。

一方、眼球の伸展によって網膜が引き伸ばされ剥がれかける近視性牽引黄斑症や網膜裂孔が生じた場合、放置すれば網膜剥離や黄斑円孔に進展する恐れがあります。そのような重篤な状況では、硝子体手術など外科的治療によって網膜を元の位置に復位させる手術を検討します。このように、近視性網脈絡膜萎縮の患者さんでは定期的な経過観察を行い、視力悪化の要因となる合併症が起きた際には速やかに適切な治療を受けることが大切です。

近視性網脈絡膜萎縮になりやすい人・予防の方法

上述のように、本症は強度近視の方で加齢とともに生じやすくなります。特に、若い頃から近視が進み度数が強かった方や、家族に強度近視の方がいる場合は網脈絡膜萎縮を起こすリスクが高いと考えられます。

また、女性は男性より病的近視になりやすい可能性も指摘されています。近視性網脈絡膜萎縮そのものを直接防ぐ確立された方法はありませんが、原因である強度近視の発症・進行を抑えることが最大の予防方法です。

近視予防のための生活習慣

近視の発症予防、あるいは進行を抑制するには幼少期からの生活習慣が大きく影響します。例えば、読書やゲームなど目を酷使する近距離作業を長時間続けないことで、近視の進行をある程度抑えられるとされています。

実際、近くを見る作業の時間が長いほど近視になりやすくなることが報告されています。また、目から30㎝よりも近づけて読書やスマートフォン、ゲームを行ったり、それらを30分よりも長い時間行うことは近視を進行させる恐れがあります。以上のことから、近視の進行を抑えるために、読書やスマートフォン、ゲームをする際は、30㎝以上(A4の紙の長い方がだいたい30㎝です)離して見るようにしましょう。また、30分に1回は目を休めるため、できるだけ遠くを見るか、目を閉じて休むようにしてください。

屋外で過ごす時間を十分に確保することも重要です。さまざまな報告から屋外活動(外で遊ぶこと)は近視を抑える効果があると期待されています。例えば、シドニーの6歳と12歳のお子さんを対象にした2008年の研究では、12歳のお子さんのグループでは外で遊ぶ時間が短く、近くを見る時間が長いほど、お子さんは近視になりやすかったと報告されました。また、近くを見る時間が長くても、外で遊ぶ時間が長ければ近視の進行を抑える効果があるとされています。
とはいえ、なかなか2時間以上も外で遊ぶのは難しいです。そこで、屋外活動を40分追加すると、その後3年間は近視になりにくくなったという報告もあります。もちろん、3年間なりにくくなっただけで、より長い期間で見たら結果があまり変わらない可能性もあります。しかし、2時間よりも短い時間であっても、近視を抑える効果は期待できそうです。

近視の進行を抑制するための治療

上記のような生活習慣を取り入れても近視が進行してしまう場合があります。その場合は必要に応じて、近視抑制効果のある低濃度アトロピン点眼や、夜間に特殊なコンタクトレンズを装用する矯正法であるオルソケラトロジーなどの近視進行抑制治療を行うことも検討するのもよいでしょう。

これらの方法で成長期の近視進行を抑制できれば、将来の病的近視および網脈絡膜萎縮のリスク低減につながると期待されます。近年、日本でもスマートフォンの普及などにより子どもの近視が増加しており、シンガポールなど海外では国家規模で近視予防対策が進められています。強度近視の傾向がある方は早めに眼科医に相談し、適切な指導や治療を受けることで将来的な重篤な状態を防ぐことが大切です。

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