

監修医師:
栗原 大智(医師)
目次 -INDEX-
前眼部形成異常の概要
前眼部形成異常(ぜんがんぶけいせいいじょう)とは、目の前方部分(前眼部)の構造が胎児の発生段階で正常に形成されないことにより生じる先天的な目の病気の総称です。前眼部には角膜(黒目の表面の透明な膜)や虹彩(瞳の周りの有色の膜)、水晶体(レンズ)などがあります。こうした構造に生まれつき異常があると、生後すぐから角膜が白く濁るなどの症状が現れ、視力障害や視機能の発達遅滞(弱視)を引き起こします。
前眼部形成異常は症状の現れ方や重症度に幅があり、軽度の場合はわずかな構造の異常のみですが、重症の場合は視力など視機能に大きな影響を与えます。頻度は高くありませんが小児の視覚障害の重要な原因の一つであり、日本では2017年に指定難病(公的支援の対象の難病)に指定されています。
前眼部形成異常の原因
現在分かっている範囲では、遺伝的な異常が関与する症例があるものの、その詳細は完全には解明されていません。臨床的には家族に同じ病気の方がいない孤発例が多く、必ずしも親から子へ遺伝するわけではありません。しかし、一部には遺伝子の変異が原因で起こるものもあり、例えば無虹彩症ではPAX6遺伝子の変異、Axenfeld-Rieger症候群ではPITX2やFOXC1遺伝子の変異が見つかっています。
一方、胎児の発生過程での異常(偶発的要因)も多くの症例で考えられます。目の前眼部は妊娠初期(妊娠5〜8週頃)にかけて急速に形作られますが、この時期に何らかの原因で組織の分化・配置が乱れると形成異常が生じる可能性があります。こうした偶発的な発生異常は原因となる遺伝子変異が見当たらない症例で起こることがあります。原因不明の前眼部形成異常の多くはこのような発生上の偶発的要因によると考えられています。
さらに、少数ですが環境要因、つまり母体や胎児を取り巻く環境によって引き起こされる場合もあります。代表的なのが先天性風疹症候群で、妊娠初期に母親が風疹ウイルスに感染すると胎児の目の発達に影響を及ぼし、生まれつき角膜が白濁することがあります。実際、Peters異常(角膜の重度の形成異常)はAxenfeld-Rieger症候群のような遺伝性疾患や先天性風疹症候群などさまざまな要因によって引き起こされることが報告されています。このほかにも、母体の重度の栄養不足や妊娠中の服薬・放射線曝露などが胎児の眼に悪影響を与える恐れがありますが、具体的な因果関係が明確に分かっているものは限られています。
前眼部形成異常の前兆や初期症状について
症状は形成異常の種類と重症度によって異なりますが、共通して視力への影響が問題になります。生まれつき角膜が濁っている場合、黒目が白っぽく見えたり光を当てたときに赤く反射しない(正常な場合は瞳が赤く反射します)ため、新生児期の検診で発見されることがあります。重度の角膜混濁や無虹彩症では、生後間もなく乳児が物をしっかり追視しなかったり視線が合いにくいといった視覚反応の異常がみられることもあります。
また虹彩部分欠損や無虹彩では、強い光を極端にまぶしがる(羞明)症状が顕著で、室外や明るい場所で目を細めたり涙を流すことがあります。まぶた(眼瞼)の欠損がある場合は、乾燥や刺激のために目が充血したりただれたりすることがあります。このような症状がある場合は小児科医、あるいは眼科医に相談するようにしましょう。
前眼部形成異常の検査・診断
前眼部形成異常の診断は、出生時または乳児期の眼科検査によって行われます。新生児健診では瞳孔を通した赤色瞳孔反射の確認が行われ、これが弱い場合に先天白内障や角膜混濁が疑われます。同様に外観上明らかな異常(角膜の白濁、虹彩や瞳孔の形態異常、眼瞼の欠損など)は出生直後に小児科医や両親が気づくことがあります。その場合、小児眼科や眼科医による精密検査が行われます。
眼科ではまず手持ちの顕微鏡で角膜や虹彩の状態を詳細に観察し、角膜の濁り具合や虹彩・隅角の奇形の有無を確認します。角膜が濁って眼の中が見えない場合には超音波検査(エコー検査)で眼球内部(水晶体や網膜)の構造を調べ、ほかの部位に異常がないか確認します。
眼圧測定も乳児では難しいですが必要に応じて行い、緑内障の徴候がないか評価します。また、特徴的な所見から遺伝性の症候群が疑われる場合には遺伝子検査を行うこともあります。例えば無虹彩症であればPAX6遺伝子検査、虹彩や歯の異常を伴えばAxenfeld-Rieger症候群を念頭に置いて関連遺伝子検査を検討します。全身の合併症を調べるため、必要に応じて小児科で腎臓や心臓のエコー検査、耳の検査などが行われることもあります。
診断が確定した後は、眼科医・小児科医などの多職種チームで今後の治療方針やケア計画が立てられます。
前眼部形成異常の治療
前眼部形成異常に対する治療は、手術的治療と薬物療法、そして視機能改善のため生活上の工夫やリハビリが中心となります。根本的に発育途中の異常を元に戻すことは困難ですが、症状や合併症に応じて適切な治療を行うことで視力の改善・維持が期待できます。
手術的治療
角膜の濁りが強く視力発達の妨げになる場合、角膜移植手術(提供者からの角膜を移植する手術)が検討されます。ただし、小児への角膜移植は難易度が高く、術後に移植した角膜が再び濁ったり拒絶反応を起こすリスクが高いほか、手術がきっかけで白内障や緑内障を発症することもあります。そのため、角膜移植が必要かどうかは慎重に判断され、場合によっては角膜の濁りが軽度で視力への影響が小さい場合は経過観察を選ぶこともあります。
虹彩の形成異常そのものを外科的に修復することは現在の医療では困難です。虹彩欠損によるまぶしさに対しては、手術ではなく着色コンタクトレンズ(虹彩付きコンタクト)や遮光眼鏡の装用で対処するのが一般的です。眼瞼の形成異常については、例えば大きな眼瞼欠損がある場合は出生後できるだけ早く形成外科的な手術で瞼を再建し角膜を保護します。
先天性眼瞼下垂の場合は、視軸を遮らない程度に瞼が開けば緊急手術は不要ですが、重度の場合は幼少期に眼瞼挙筋の短縮術など矯正手術を行います。
薬物療法
前眼部形成異常そのものを薬で治すことはできませんが、合併症のコントロールに薬物療法が使われます。とくに緑内障に対しては、初期には眼圧を下げる点眼薬が用いられます。複数の点眼を組み合わせて眼圧をコントロールし、視神経へのダメージを防ぐことが目的です。
点眼で効果不十分な場合や小児期早期に発症した先天緑内障が疑われる場合には手術(線維柱帯切開術や流出路再建術など)が検討されます。一方、白内障を合併した場合は濁った水晶体を除去し人工レンズを挿入する白内障手術を行います。また、角膜移植後は拒絶反応予防のためにステロイド点眼を長期にわたって使用する場合があります。感染予防の抗菌薬点眼や、ドライアイ対策の人工涙液の点眼など、症状に応じた薬物による治療も行われます。
生活管理と視機能のリハビリテーション
治療と並行して、日常生活で視機能をできるだけ発達させ維持するための工夫が欠かせません。幼少期に片目だけ異常がある場合は健常な方の目をアイパッチで隠し、弱い方の目を使う訓練(弱視治療)を行うことがあります。
まぶしさが強い子には遮光眼鏡や帽子の着用をすすめ、教室でも眩しくない席に配慮します。視力が低い場合でもできるだけ視覚刺激を与え、必要に応じて拡大読書器やルーペなどの視覚補助具を使用します。成長するにつれて、本人が自分の目の状態を理解し管理できるように教育することも重要です。例えば、目を強くぶつけないように体育でゴーグルをかける、定期検査を受けて眼圧をチェックする、処方された点眼を欠かさず行うなどの自己管理ができるようサポートします。
前眼部形成異常になりやすい人・予防の方法
前眼部形成異常は先天性の病気です。多くの場合、家族に同じ病気の方はおらず、原因となる特別な要因も明らかになっていません。ただし一部では遺伝的な要因が関係し、親から子へ受け継がれる例も報告されています。また、妊娠中の環境要因(アルコールや特定の薬剤)が影響する可能性も指摘されています。このようになりやすい場合はありますが、残念ながら、前眼部形成異常を完全に防ぐ方法は現時点ではありません。しかし、妊娠前後の生活によって発生リスクを減らせる可能性があります。主な予防策として次のような点が挙げられます。
適切な産前ケア
妊娠前に風疹の予防接種を受けて免疫をつけておき、妊娠中は定期健診を欠かさず受け、医師に持病や服用中の薬について相談しましょう。
健康的な生活習慣
妊娠中はアルコール類の飲酒や喫煙を避け、栄養バランスのよい食事を心がけましょう。葉酸などのビタミン剤も活用して赤ちゃんの健やかな発育をサポートします。また日頃から手洗いやマスク着用などで感染症の予防に努めることも大切です。
関連する病気
- 角膜形成異常
- 先天性緑内障
- 眼瞼裂斑
- 虹彩異常
- 前房角形成不全
参考文献
- 前眼部形成異常(指定難病328) – 難病情報センター
- 厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)
「角膜難病の標準的診断法および治療法の確立を目指した調査研究」
- Anterior segment dysgenesis and the developmental glaucomas are complex traits | Human Molecular Genetics | Oxford Academic
- 視覚聴覚二重障害となる可能性のある主な疾患 | 視覚聴覚二重障害(盲ろう)の原因となる難病の診療マニュアル | 視覚聴覚二重障害(盲ろう)の医療|日本医療研究開発機構(AMED)(難治性疾患実用化研究事業)
- Corneal Opacities in the Neonate | NeoReviews | American Academy of Pediatrics
- 厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)
「角膜難病の標準的診断法および治療法の確立を目指した調査研究」
- Congenital Rubella Syndrome - EyeWiki
- Peters Anomaly - StatPearls - NCBI Bookshelf
- Peters Anomaly - EyeWiki
- Preventing Birth Defects | Birth Defects | CDC
- Congenital Rubella Syndrome - EyeWiki




