

監修医師:
栗原 大智(医師)
目次 -INDEX-
サイトメガロウイルス網膜炎の概要
サイトメガロウイルス網膜炎は、サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus, CMV)によって引き起こされる網膜の感染症です(以下、CMV網膜炎)。
CMVは水痘・帯状疱疹ウイルスと同じヘルペスウイルスの一種です。発症後、生涯体内に潜伏し、免疫低下で帯状疱疹を引き起こす水痘・帯状疱疹ウイルスと同じ動き方をします。
CMVは多くの方が幼少期に感染し、生涯体内に潜伏します。
水痘ウイルスとは異なり、感染しても健康なら不顕性感染か、風邪程度の症状で済みます。しかし免疫が低下すると再活性化し、網膜などさまざまな部位で感染症状を引き起こします。ワクチンは2025年時点ではありません。
サイトメガロウイルス網膜炎は視力低下や飛蚊症、視野欠損などの自覚症状があります。早急に適切な検査と治療を行わないと視神経浸潤や網膜剥離を起こし、失明に至ります。
免疫が著しく下がっている方は発症リスクがあります。母子感染した新生児、HIV/AIDSの患者さん、臓器移植後の免疫抑制療法を受けている方、抗がん剤治療中の方などに感染リスクがあります。
特にHIV/AIDSの患者さんは発症率が高く、CD4陽性細胞数200/mm³以下の方は、定期的に眼底検査が必要です。50/mm³以下の方は重症化しやすくなります。
サイトメガロウイルス網膜炎の原因
体内に潜伏するCMVが免疫低下で再活性化して、網膜で炎症を起こします。眼底検査をすると特徴的な病変があり、眼底検査だけで見分けられることもあります。
妊婦が感染すると胎盤を通じて胎児にCMVが感染し、先天性CMV感染症を起こすことがあります。母子感染した新生児が発症する先天性CMV感染症は網膜炎だけでなく、進行性の難聴などさまざまな後遺症を引き起こします。
大量の輸血、臓器移植でもCMVに感染し、重症化することがあります。この場合は網膜炎だけでなく発熱、肝機能異常、間質性肺炎、異型リンパ球増多など、伝染性単核症に似た症状を引き起こします。脳炎、腸炎など、さまざまな臓器に炎症を発症させます。
造血幹細胞移植でCMV感染症を発症した場合は、CMV網膜炎は少ない傾向があります。
サイトメガロウイルス網膜炎の前兆や初期症状について
視力低下による視界のぼやけ、など近視に似た症状から始まることがあります。徐々に視力が悪化することもあれば、急激に悪化することもあります。
以下のような症状を自覚することもあります。
- 視力低下
- 飛蚊症(視界が蚊が飛び回るように黒い点が動く)
- 視野の欠け(視野の一部が見えなくなる)
放置するとやがて網膜剥離を起こし失明するため、できるだけ早い医療機関の受診が必要です。
ただの視力低下か、CMV網膜炎か個人で判断することはできません。見えにくさを感じたら、すぐに眼科を受診しましょう。
HIV/AIDS患者さんは特にCMV網膜炎のリスクが高く、症状がなくても定期的な眼底検査が必要です。面倒だと放置せず、目のトラブルがなくても定期的に眼科を受診しましょう。
サイトメガロウイルス網膜炎の検査・診断
CMV網膜炎は眼底検査で検査を行い、PCR検査を補助的に行い、診断します。特徴的な所見が見られるため、眼底検査だけで診断することもあります。
眼底検査
まずは眼科検査を行います。網膜炎による特徴的な出血など特徴的な眼底病変が認められたら、高い確率でCMV網膜症と診断されます。
多数の小さなサテライト病巣による境界不明瞭な壊死性網膜炎があれば、CMV網膜症の可能性が高くなります。
網膜の特徴は以下の3種類に分類されます。
- 周辺部顆粒型
- 後極部血管炎型
- 樹氷状血管炎型
HIV網膜症と見分けるために、光干渉断層計(OCT)を用いることもあります。
PCR検査
眼内がCMVに感染しているかを調べる検査で、補助的に用います。前房水か硝子体体液でPCR検査を行い、陽性が出たら確定診断を行います。
サイトメガロウイルス網膜炎の治療
患者さんにより治療法は異なりますが、ガンシクロビル、ホスカルネットなど抗ウイルス薬、CMV高力価γグロブリンでCMVを抑え込むことが一般的です。単純ヘルペスウイルス感染症に使用するアシクロビルは、CMVには効果がありません。
ただし副作用が強く、新生児など特に身体が弱い方の治療は慎重に行う必要があります。
副作用は骨髄抑制(汎血球・顆粒球減少、貧血、血小板減少)、腎機能障害、低カリウム血症など電解質異常で、副作用が強すぎる場合は治療を中断せざるを得ないことがあります。
HIVの患者さん
主に経口ガンシクロビルとホスカルネットで治療を行い、ウイルス量を減らします。日本ではホスカルネットはHIV治療のみ保険適用されます。
臓器移植の患者さん
副作用のため、造血幹細胞移植の場合はホスカルネットのみ、腎移植の場合はガンシクロビルのみ、と薬を使い分けます。CMV高力価γグロブリン製剤を併用します。
新生児
抗ウイルス薬は強い副作用があるため、治療には慎重な計画が必要です。なお新生児の抗ウイルス剤の保険適用はありません。
重症例にガンシクロビルを使用したところ、神経学的後遺症の減少や難聴の進行改善が見られた研究もあります。
サイトメガロウイルス網膜炎になりやすい人・予防の方法
免疫が著しく弱っている方はサイトメガロウイルス網膜炎になりやすくなります。主に下記の方々は発症リスクが上がります。
- (妊娠中に感染した)妊婦経由で感染した新生児
- 臓器移植、造血幹細胞移植を受けた患者さん
- 抗がん剤使用中の患者さん
- AIDS(後天性免疫不全症候群)の患者さん
- 先天性免疫不全の患者さん
予防法はCMV感染を抑え込みができるだけ免疫を正常化させることです。
発症後の早急な診断と治療で、網膜炎を軽減する可能性を高めます。特にAIDSを発症したHIV感染者の方は、適正な抗ウイルス薬の継続処方でHIVウイルスを抑制すると、CMVなどの日和見感染を防ぐことができます。
HIVは適正なウイルス抑制剤の内服を続けることでAIDS発症を防ぎます。面倒だからといって通院を辞めると命に関わります。近年は1日1錠で効果を発揮する薬も開発されています。服用が苦にならない薬選びを医師、薬剤師と相談しましょう。
CMVは多くの場合、幼少期に不顕性感染をして、生涯体内で潜伏します。免疫が低下しなければ再活性化することはありません。
しかし近年は感染歴がない方が増えています。妊娠可能女性の3割は感染歴がないとされ、思春期以降に初めて感染した場合は発熱、肝機能異常、頚部リンパ節腫脹などを引き起こします。
妊娠中に感染すると胎児に感染し、赤ちゃんに難聴など大きな後遺症を残します。新生児のころは正常でも、徐々に後遺症が悪化することがあります。
妊娠を希望する女性は、できればCMV抗体があるか確認したほうがよいでしょう。抗体があっても妊娠中に感染すると先天性CMV感染症のリスクはありますが、初感染では重症になりやすくなります。
妊娠中は感染対策を行いましょう。CMVは唾液、尿から接触感染します。すでに上のお子さんがいる場合は感染リスクが上がります。
お子さんのおむつ替え後などに適切な手洗い(石鹸を使い、20秒流水で洗う)、お子さんの食器を口にしない、お子さんの口や頬にキスをしない(おでこなど、直接唾液が付かない部位は影響が少ないとされます)などを徹底しましょう。
お子さんが使う玩具や床などを、できるだけ清潔に保つことも必要です。CMVはエンベロープウイルスなので消毒用アルコールや薄めた石鹸水でも効果があり、簡単に消毒できます。
関連する病気
- 免疫不全
- 免疫回復症候群
- 後天性免疫不全症候群
参考文献




