目次 -INDEX-

視神経管骨折
栗原 大智

監修医師
栗原 大智(医師)

プロフィールをもっと見る
2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。

視神経管骨折の概要

視神経管(ししんけいかん)は、頭蓋骨の蝶形骨という部分にある小さな管状の通り道で、眼球のある眼窩(がんか)と脳が収まっている頭蓋内空間(中頭蓋窩)をつないでいます。この管の中を視覚情報を脳へ伝える視神経(ししんけい)と、それに沿うように眼動脈という血管が通っています。視神経管が何らかの強い力で折れてしまうことを視神経管骨折と呼びます。 視神経管が骨折すると、その中を通る視神経が傷ついたり圧迫されたりしてしまうため、目の見え方に影響が出る恐れがあります。視力低下や視野の異常は、軽いぼやけ程度から片目がまったく見えなくなる重度の障害までさまざまです。

視神経管骨折の原因

視神経管の骨折は、多くの場合は外傷によって起こります。日常生活や事故で頭や顔に強い衝撃が加わると発生することがあります。特に、交通事故(自動車やオートバイ、自転車の転倒)、高い所からの転落事故、あるいは格闘技やボールがぶつかるといったスポーツ中の事故などで、眉毛の外側あたりの額を強く打ち付けた際に起こりやすいとされています。実際、眼窩(目のくぼみ)の上部外側(眉の外側付近)に打撲傷がある場合は、視神経管骨折による視力障害を疑います。

こうした衝撃で頭蓋骨内の視神経管にひびが入ったり潰れるように骨折したりすると、その中の視神経が物理的に傷ついたり圧迫されて視覚障害を引き起こします。まれなケースですが、手術によって視神経管が損傷されることも報告されています。たとえば副鼻腔の内視鏡手術や脳の手術など、眼の奥や頭蓋底に近い部位の手術中に、誤って視神経管を傷つけてしまうことがあります。

視神経管骨折の前兆や初期症状について

視神経管骨折が起こると、以下のような症状が起こります。

視力低下 片方の目の視力が落ちます。症状の程度はさまざまで、わずかにぼやける程度から、ひどい場合はその目がまったく見えなくなる(失明する)こともあります。一般に、視神経へのダメージが大きいほど視力低下の程度も強くなります。 視野欠損 見えている範囲(視野)の一部が欠けたり狭くなったりします。視神経の損傷部位によっては、中心が見えにくくなったり周辺が見えなくなったりすることがあります。 眼球運動障害(複視) 視神経管骨折のような強い衝撃では、しばしば眼窩の骨も同時に損傷します。特に眼窩上壁(額の下部分の骨)が折れた場合、眼球を動かす筋肉や神経が影響を受け、目の動きが制限されたり物が二重に見えたりすることがあります。 目の痛みや腫れ 受傷直後から目の奥の強い痛みを感じたり、殴られたような痛みが続くことがあります。眼の周囲に内出血が起こって腫れ(まぶたの腫脹)や青あざが生じる場合もあります。

これらの症状は受傷直後から現れることが多く、特に視力低下や視野異常は早期に自覚されます。重度の視神経管骨折では片目の視覚をほぼ失ってしまうこともあります。また頭部への大きな衝撃を伴っているため、場合によっては意識消失や吐き気など頭部外傷に伴う症状を併発することもあります。いずれにせよ、視神経管骨折が疑われる症状が見られたら脳外科や眼科、難しい場合は救急診療科を受診することが重要です。

視神経管骨折の検査・診断

視神経管骨折では、眼科での検査とCTやMRIによる画像検査を行います。 まず視力検査によってどの程度見えにくくなっているかを確認します。可能であれば視野検査を行い、視野欠損の有無や範囲を調べます。瞳孔の反応を見る対光反射検査では、視神経の伝達障害があると瞳孔の反応が鈍くなります。また、眼底検査によって視神経の乳頭(視神経が眼球に入る部分)の腫れや出血がないかを観察し、視神経に障害が及んでいる所見を確認します。 画像検査では、主にCT検査(コンピュータ断層撮影)が用いられます。CT検査により頭蓋骨の細かい骨折線まで写し出すことができるため、視神経管の骨折の有無や骨片が視神経を圧迫していないかを確認することができます。また、視神経管の中や周囲に血腫(出血のかたまり)ができていないか、視神経管が狭くなっていないかといった所見もCTで評価します。 MRI検査(磁気共鳴画像)も必要に応じて行われます。MRIでは軟部組織が詳しく描出できるため、視神経そのものの状態や視神経鞘内の出血・むくみ(浮腫)の有無を調べるのに有用です。特にCTでは見えにくい視神経の断裂や萎縮の有無、視神経周囲の細かな損傷評価にMRIが役立つことがあります。なお、頭部に金属片が残っている疑いがある場合はMRIは行えないので、その場合はCTなどほかの検査で代用します。総合的にこれらの検査結果を見て、視神経管骨折と診断されます。

視神経管骨折の治療

視神経管骨折に対する治療は、大きく保存的治療(非手術的治療)と手術治療に分かれます。どの治療を選択するかは、視力の障害の程度や骨折の状態、患者さんの全身状態によって総合的に判断されます。いずれの場合もできるだけ早い時期に治療を開始することが望ましいとされています。

保存的治療

保存的治療として代表的なのが、ステロイド大量療法(副腎皮質ステロイド薬の全身投与)です。視神経の腫れ(浮腫)や炎症を抑えることを目的に、ステロイド剤を点滴で高用量投与します。具体的には、メチルプレドニゾロンなどのステロイドを短期間に大量投与(ステロイドパルス療法)し、視神経周囲の炎症とむくみを軽減させて視機能の回復を図ります。ステロイド治療は発症から早期に開始することが重要で、受傷後できるだけ速やかに行われます。

また、浸透圧利尿薬(グリセロールやマンニトール)の点滴などで眼内・視神経周囲の圧を下げる処置が追加されることもあります。これらの保存的治療は主に眼科や脳神経外科で行われ、特に全身状態に問題がなく視力の残存があるケースで試みられます。

手術治療

手術治療として行われる代表的な手術は視神経管開放術(視神経管減圧術)です。これは骨折によって狭くなった視神経管を外科的に広げ、視神経を圧迫している骨の破片や周囲の骨壁を取り除いて視神経のスペースを確保する手術です。 手術は一般的に全身麻酔下で行われ、主に脳神経外科医によって実施されます。アプローチの方法はいくつかありますが、近年では内視鏡を用いて鼻の奥から視神経管に到達する経鼻的手術が多く行われています。

手術を行うタイミングは早ければ早いほどよいとされ、受傷後48時間以内に減圧手術を行えた場合は視力・視野障害が改善する見込みが高くなると報告されています。ただし、患者さんの容体やほかの合併症によってはすぐに手術ができない場合もあるため、主治医がリスクとベネフィットを慎重に判断して実施されます。

視神経管骨折になりやすい人・予防の方法

視神経管骨折は不意の事故で起こることが多いですが、日頃から頭部や顔面への外傷を避ける工夫をすることである程度予防が可能です。以下に主な対策を挙げます。

シートベルトやヘルメットの着用

自動車に乗る際は必ずシートベルトを締め、オートバイや自転車ではヘルメットを正しく着用しましょう。ヘルメットやシートベルトの義務化によって、交通事故による頭部外傷は減少傾向にあります。

スポーツや作業時の保護具

ボールや人と衝突する危険のあるスポーツ(野球やラグビー、ボクシングなど)では、ルールに従った適切なヘッドギアや保護メガネを使用しましょう。工事現場など落下物の危険がある作業現場でもヘルメット(安全帽)を着用し、頭部を守ることが大切です。

転倒・転落の防止

高所での作業では安全帯を使い、はしごや踏み台は安定したものを利用すると安心です。家庭内でも段差や滑りやすい床でつまずかないよう注意し、特に高齢の方は手すりを設置するなどして転倒事故を防ぎましょう。

これらの対策を心がけることで、頭部への深刻なダメージを負うリスクを減らすことができます。特に頭を守るヘルメットやシートベルトの効果は大きいので、面倒がらずに着用する習慣をつけるようにしましょう。

関連する病気

  • 視神経損傷
  • 外傷性視神経症
  • 眼窩内血腫
  • 眼窩底骨折
  • 硬膜外血腫

この記事の監修医師