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レーベル遺伝性視神経症
栗原 大智

監修医師
栗原 大智(医師)

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2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。

レーベル遺伝性視神経症の概要

レーベル遺伝性視神経症(LHON; Leber’s Hereditary Optic Neuropathy)は、視神経が障害されて視力が低下するまれな遺伝性疾患です。 細胞内でエネルギー産生を行うミトコンドリアの遺伝子に変異が生じることで発症し、網膜の視神経細胞(網膜神経節細胞)が選択的にダメージを受けます​。

この病気は若い男性に多くみられ、発症年齢のピークは10〜30歳代です。症状が現れると、数週間〜数ヶ月のうちに両目の中心視野が侵され、急激な視力低下をきたします​。多くの場合、痛みなどは伴わずに視力が低下するのが特徴です。LHONは母系遺伝(ミトコンドリア遺伝)する疾患であり、父親から子へは遺伝しません​。患者数は多くありませんが、欧米では人口10万人あたり2〜3人と推定され、日本では2015年の調査で約1万人程度と報告されています​。

レーベル遺伝性視神経症の原因

LHONの原因は遺伝的要因と環境要因に分けることができます。

遺伝的要因

LHONの主な原因はミトコンドリアDNA上のごく一部の変化(点突然変異)です。特に頻度が高いのは次の3つの変異で、「11778G>A」変異が全世界の患者さんの約50〜60%と最多、次いで「14484T>C」変異(約10〜15%)「3460G>A」変異(約10〜15%)が多く認められます​。これらの変異はいずれもミトコンドリアの呼吸鎖複合体Iに属する遺伝子(それぞれND4、ND6、 ND1遺伝子)に起こったもので、エネルギー産生に必要な酵素の機能不全を引き起こします​。これ以外にも報告されている変異はありますが、これら3つで全LHON患者さんの約95%を占めるとされています​。

環境要因

LHONの発症や進行には、生活環境や習慣も影響するとされています。特に喫煙は重要なリスク因子で、喫煙者は非喫煙者に比べて発症率が高いことが研究で示されています。これは喫煙が視神経へのストレス(活性酸素の増加など)となって変異の影響を顕在化させると考えられます​。また、過度の飲酒も発症リスクを高める可能性が指摘されており、特に短期間で大量のアルコールを摂取することは避けるようすすめられています​。このほか頭部外傷や有機溶剤(シンナーや農薬)、特定の薬剤(例:抗結核薬エタンブトール)なども視神経症状を誘発したとの報告があり、これらも注意すべき要因です​。ただし、喫煙以外の因子についてはエビデンスが限定的であり、関与が疑われているという段階です。

レーベル遺伝性視神経症の前兆や初期症状について

レーベル遺伝性視神経症では、痛みのない視力低下が急激に進行します​。典型的にはまず片方の眼の中心視野が見えにくくなることで発症します。具体的には、視野の中央に見えない部分(暗点)が現れて物が見づらくなり、視力検査も大きく低下します。もう片方の眼も数週間から数ヶ月以内に同様の経過をたどり、最終的に両眼の中心視力が障害されます。このように時間差で両眼の視力が低下するのが特徴ですが、約25%では初発から両眼ほぼ同時に発症する例もあります。

発症後の数ヶ月で急速に中心視力の低下が進み、多くの患者さんでは両眼の視力が0.1以下(矯正視力で指数弁程度)にまで落ち込みます​。しかし光を全く感じない状態(全盲)になることはまれです​。視野の中心部は大きく欠損しますが周辺の視野は保たれるため​、暗闇で何も見えなくなるというよりは「真ん中が見えず、視野の周りにわずかに見える部分が残る」という状態になります。 症状に痛みを伴わないため、視力低下が起こっても眼の痛みや充血がない点でほかの視神経疾患と異なります。このような症状があれば眼科を速やかに受診するようにしましょう。

レーベル遺伝性視神経症の検査・診断

LHONが疑われる場合、眼科では以下のような検査を行います。視神経症状の有無を確認する検査と、LHONであることを確定する検査に分けられます。

視力検査・視野検査

現在の視力の程度や、見えていない部分(視野欠損)の範囲を評価します。LHONでは中心暗点が見られ、視力は多くの場合0.1未満に低下します​。視野検査では中心部が見えない一方で周辺視野は保たれる視野になります。

眼底検査

瞳孔を開く点眼薬(散瞳薬)を使用し、視神経乳頭や網膜の状態を調べます。LHONでは病初期に視神経乳頭の軽度の充血や毛細血管拡張、網膜神経線維層のむくみが見られることがあります​。病状が進むと視神経乳頭の萎縮と蒼白化が生じます。ただしこれら所見は必ずしも初期から明瞭に現れるわけではなく、眼底が一見正常に見えるケースもあります​。

光干渉断層計(OCT)

目の奥にある網膜を断面像として映し出す検査です。LHONでは視神経から黄斑(中心部)へ向かう乳頭黄斑束の線維が選択的に障害されることが知られており、OCTでもこの部分の神経線維層の厚み変化が観察されます​。

遺伝子検査

LHONの確定診断のために不可欠な検査です。血液からミトコンドリアDNAを抽出し、前述した原因遺伝子変異(11778G>Aなど)の有無を調べます。LHONが疑われる症例では、この遺伝子検査で病的変異が検出されれば診断確定となります​。変異が陽性であれば家族内(特に母系親族)にも同じ変異保有者がいる可能性が高いため、必要に応じて家族も検査を受けます。

MRI・CT検査

頭部MRIやCTによる画像診断も行われます。LHONそのものはMRIで特異的な所見を示さないことも多く、画像検査は主にほかの疾患の除外目的で行われます。たとえば視神経炎や視神経を圧迫する腫瘍・動脈瘤などでも視力低下が起こり得るため、MRI検査でそれらの有無を確認します。

レーベル遺伝性視神経症の治療

残念ながら、LHONに対する確立された根治治療は存在しません​。主な治療目標は、視神経細胞の障害進行を抑え、可能な範囲で視力の改善を図ること、そして低下した視機能を補うサポートを行うことです。

現在用いられている治療法としては、ビタミンや代謝補助因子の投与と生活習慣の改善が中心になります。具体的には、ビタミンB₁₂やビタミンC、コエンザイムQ10(補酵素Q10)などの抗酸化サプリメントの内服が試みられています​。中でもコエンザイムQ10誘導体のイデベノンはLHONに一定の効果を示した初めての薬剤であり、視力予後の改善が報告されています​。 臨床試験の結果、視力障害が出てから1年以内にイデベノンを投与された患者さんの一部で視力低下の進行抑制やわずかな改善が認められており​、日本国内でも有効性を検証する研究が進められています​。一方、この薬で劇的に視力が回復する例は多くなく、効果には個人差があります​。

LHONに対して近年注目されているのが遺伝子治療です。LHONの主要因子であるミトコンドリアDNA変異そのものを補正・補完することを狙いとして、世界各国で研究が進んでいます​。代表的なものが遺伝子補充療法で、変異で機能不全に陥っている遺伝子(例えばND4遺伝子)と同等の働きをする正常遺伝子を細胞内に送り届ける方法です。実際に、LHONでもっとも多い11778G>A(ND4遺伝子変異)に対する遺伝子治療の臨床試験が行われています​。とはいえ、依然として試験段階であり、ごく一部の変異に対する治療に限られること、治療効果にも個人差が大きいことから、実用化にはなお課題が残る状況です。

その他の新たな治療法としては、ビタミンE類似化合物のEPI-743(べキサロテン)やペプチド製剤エラミプラチドなど、ミトコンドリアの機能を保護・改善する薬剤の研究があります。今後の臨床試験の結果次第では、実用化される治療法が登場する可能性もあり、患者さんや家族にとって大きな希望となっています。

レーベル遺伝性視神経症になりやすい人・予防の方法

LHONの発症そのものを完全に予防する確立された方法はありません​。しかし、リスクを可能な限り下げるために、生活習慣の見直しが推奨されています。なお、科学的根拠が明確に示されているものは禁煙です。その他の項目は根拠は十分ではありませんが、総合的に望ましいとされる対策です。

禁煙

喫煙はLHON発症および視力悪化の明確な危険因子です。そのため、保因者や患者さんは絶対に禁煙することが重要です​。

飲酒の節度

アルコール摂取との因果関係は喫煙ほど明確ではありませんが、過度の飲酒は控えるべきです​。特に短期間に大量の飲酒は視神経への有害作用を誘発しうるため注意が必要です​。適量の範囲にとどめ、長期間にわたる多量飲酒は避けましょう。

栄養管理

偏った食生活や栄養不足は視神経の健康に悪影響を及ぼします。LHONにおいても、変異保因者が重度の栄養失調に陥った場合に視力障害を発症した例が報告されています。バランスの取れた食事を心がけ、ビタミンやミネラルを十分に摂取することが重要です。必要に応じてビタミンサプリメントの活用も検討しましょう。

関連する病気

  • ミトコンドリア病
  • 多発性硬化症(MS)

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