

監修医師:
栗原 大智(医師)
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2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。
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無虹彩症の概要
無虹彩症を正しく理解するために、まずは虹彩(こうさい)について知る必要があります。 虹彩とは、眼球の前面にあり、瞳の周りにある円盤状の膜です。この膜の色は人によって異なりますが、伸縮して瞳の大きさを変えることで、網膜に達する光の量を加減しています。この虹彩が生まれつきうまくできなかった状態を無虹彩症といいます。 無虹彩症は、目や脳の発生過程で重要な役割を果たすPAX6遺伝子の異常により生じます。この疾患では、網膜の中心部である黄斑が正常に発達せず(黄斑低形成)、視力は0.2前後となることが一般的です。また、白内障や角膜輪部疲弊症が中高年期に発生することがあります。角膜輪部疲弊症では、黒目の表面を覆う角膜上皮細胞が不足し、白目の表面を覆う結膜上皮細胞が代わりに黒目を覆う状態になります。さらに、虹彩が隅角に癒着しやすく、眼圧が上昇して緑内障を発症するリスクもあります。 一部の無虹彩症患者では、ウイルムス腫瘍(小児期に発生する腎臓のがん)や、泌尿生殖器の発育不全、発達遅滞を伴うことがあります。これらの症状は、11番染色体短腕(11p13)の欠失が原因である場合が多く、11p13欠失症候群やWAGR症候群と呼ばれています。無虹彩症の約13%がこの欠失症候群に関連するとされています。 無虹彩症の患者数は10万人に1人程度とされていますが、常染色体顕性遺伝(優性遺伝) のため、男女で発症率に差はありません。親から子に約1/2の確率で遺伝します。そして、無虹彩症を認める場合は幼少期だけでなく、成人してからも経過観察および加療が必要になります。無虹彩症の原因
無虹彩症は、PAX6遺伝子という目や脳の発達に重要な遺伝子が正常に働かないことが原因です。このPAX6遺伝子には、両親から1つずつ受け継ぐ2つのコピー(アリル)がありますが、片方のコピーがうまく働かなくなると、遺伝子が持つ機能が半分に減ります。この状態を「ハプロ不全」と呼びます。 遺伝子の機能が半分に減ることで無虹彩症が発症しますが、どのような仕組みで発症するのかは、現在のところはっきり分かっていません。なお、両方のコピーが異常になると、胎児が成長する段階で生命を維持することが難しくなり、生まれる前に発育が止まる(胎生致死)とされています。このことから、PAX6遺伝子の働きは目や脳の発達にとても重要であると考えられています。無虹彩症の前兆や初期症状について
無虹彩症の患者さんでは、生まれつき黄斑低形成と呼ばれる網膜の異常があり、視力が低い状態であることが特徴です。その視力は0.2前後とされています。また、虹彩(黒目の部分)がほとんどないため、光をまぶしく感じやすい(羞明)ことがあります。さらに、多くの場合で眼振(目が自分の意思とは関係なく動く)や斜視が見られます。 約半数以上の患者さんは、白内障や水晶体の位置がずれる水晶体脱臼を併発します。幼少期の角膜(黒目の表面)は正常に見えますが、成長するにつれて角膜周辺の機能が低下し、白目の組織が黒目に侵入する状態(角膜パンヌス)となり、視力がさらに悪化することがあります。 また、重症の場合には、生まれたときから緑内障を併発することがあり、大人になると緑内障が高い頻度で発生します。緑内障が進行しても適切に治療しなければ、失明のリスクが高まるため、早期発見と継続的な治療が重要です。疑わしい症状がある場合は、早めに眼科を受診しましょう。無虹彩症の検査・診断
無虹彩症の診断は問診や視診に加えて、無虹彩症自体の状態を観察することで診断されます。無虹彩症で行われる検査は以下の通りです。問診
無虹彩症ではまぶしさや視力低下をきたすことがあります。また、遺伝性疾患であるため、家族歴などの問診を行うことも重要です。視力検査
視力検査は眼科検査の基本であり、改善の程度を推し量ることが可能です。無虹彩症では黄斑低形成や白内障、緑内障を合併することがあるため、視力低下を定量的に測定することが重要です。眼圧検査
眼圧は目の硬さを調べる検査です。無虹彩症では緑内障を合併することがあるため、眼圧検査を行います。細隙灯顕微鏡
眼科の基本的な検査で、直接、目の状態を確認します。細隙灯顕微鏡検査で、無虹彩症が部分的なのか、完全に欠損しているのかを確認します。また、角膜混濁や白内障などの併発症を核にします。眼底検査
無虹彩症では黄斑低形成を伴うことがあるため、眼底検査でその有無を確認します。その際は、瞳孔を開く目薬(散瞳薬)を用いて瞳孔を開きます。眼底検査を行った場合、散瞳後は車の運転などが難しいため、症状があれば公共交通機関を使うようにしましょう。光干渉断層計(OCT)
無虹彩症に伴う黄斑低形成の有無などを確認します。画像検査
磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging:MRI)、コンピュータ断層撮影法(computed tomography:CT)で眼球の大きさを測定することがあります。超音波検査
画像検査で眼球の大きさを測定することがありますが、超音波検査は簡便で非侵襲的であるため眼球の大きさを測定する際に用いることがあります。遺伝学的検査
遺伝学的検査でPAX6遺伝子の病的遺伝子変異もしくは11p13領域の欠失を認めることが確定診断に必要となります。無虹彩症の治療
無虹彩症の合併症には、角膜混濁、白内障、緑内障などがあります。それらに対して治療を行うことがあります。角膜症の治療
無虹彩症に伴う目の問題の一つとして角膜症があります。角膜症には、黒目の透明度が失われる角膜実質混濁や、角膜の表面を保つ細胞が減少する角膜上皮幹細胞疲弊症が含まれます。- 角膜実質混濁の治療には、角膜全体を移植する全層角膜移植が行われます。
- 角膜上皮幹細胞疲弊症の治療には、輪部移植(健康な角膜の周辺部を移植)や、患者さん自身またはドナーから培養した細胞を移植する培養上皮移植が行われます。




