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監修医師:
柿崎 寛子(医師)
目次 -INDEX-
涙腺腫瘍の概要
涙腺腫瘍は、涙を作る組織である涙腺に発生する腫瘍です。涙腺は眼窩(眼球が収められている骨で囲まれたくぼみ)の中にあり、眉毛の奥、眼球のこめかみ側に位置しています。
涙腺腫瘍には良性と悪性のものがあります。良性の腫瘍としては、IgG4関連疾患や多形腺腫が代表的です。悪性の腫瘍には、悪性リンパ腫や腺様嚢胞癌などがあります。
涙腺腫瘍の症状は、腫瘍の種類によっても多少異なりますが、初期症状に乏しいケースがあるため注意が必要です。
いずれのタイプの腫瘍でも症状が進むと、病変部に眼球が押されることによる眼球突出や眼球偏位、あるいは複視などの視界の異常が起きることがあります。
涙腺腫瘍の治療は、腫瘍の種類によって異なります。外科的手術以外の治療法が選択されるケースもあります。
涙腺腫瘍の原因
涙腺腫瘍の原因や発生メカニズムは、腫瘍の種類によって異なります。
以下に、涙腺腫瘍で主に見られる原因疾患を紹介します。
IgG4関連疾患
血液中のIgG4という免疫物質が増加し、涙腺を含む全身のさまざまな臓器が腫れたり硬くなったりする自己免疫性の病気です。涙腺の他にも、耳下腺(耳の前にある唾液腺)、膵臓、肝臓などにも症状があらわれることがあります。
多形腺腫
涙腺の細胞がゆっくりと増殖する良性の腫瘍です。成長は遅く、多くの場合は良性ですが、長期間放置すると悪性化する可能性があるため、見つかった場合は完全な切除が必要と考えられています。通常は片側にのみ発生し、手術で完全に切除できれば予後は良好です。
悪性リンパ腫
血液中の白血球の一種であるリンパ球が腫瘍化して発生する病気です。本来、リンパ球は体を病気から守る重要な働きをしていますが、何らかの原因で異常が起きると腫瘍化することがあります。両側の涙腺に発生することもあり、他のリンパ節にも影響がおよぶことがあります。
腺様嚢胞癌
涙腺に発生する代表的な悪性腫瘍(がん)です。涙腺がん自体がとてもまれながんではあるものの、その半数以上を腺様嚢胞癌占めるとされています。涙腺の細胞に遺伝子の変化が起きることで発生すると考えられていますが、その詳しい原因はまだ分かっていません。周囲の組織に広がりやすい特徴があり、早期発見と適切な治療が重要です。通常は片側の涙腺にのみ発生することが知られています。
涙腺腫瘍の前兆や初期症状について
涙腺腫瘍では、腫瘍の種類や大きさによってさまざまな症状があらわれます。初期の段階では自覚症状がほとんどないことも多いです。
良性腫瘍はIgG4関連疾患や多形腺腫、悪性疾患は悪性リンパ腫、腺様嚢胞癌に代表され、一般的に、良性腫瘍の場合はゆっくりと進行し、急激な症状の変化は少ないとされています。一方、悪性腫瘍の場合は比較的短期間で症状が進行するケースがあります。
また、多形腺腫や腺様嚢胞癌などは、ほとんどの場合片側だけに発生しますが、両側の涙腺に腫瘍が見られる場合は、全身性の病気である悪性リンパ腫やIgG4関連疾患の可能性が考えられます。
眼球の位置の変化
腫瘍によって眼球が押されることで、目が前に飛び出す「眼球突出」や、位置がずれる「眼球偏位」が起こることがあります。
視覚の異常
眼球の動きが妨げられることで、物が二重に見える「複視」が生じることがあります。ただし、視力自体は腫瘍が大きくなっても比較的保たれることが多いのが特徴です。そのため、腫瘍が大きくなるまで異変に気付かないこともあります。
しこり
涙腺腫瘍は眼窩の中でも比較的表面に近い位置にあるため、しこりとして触れられる場合があります。
涙腺腫瘍の検査・診断
涙腺腫瘍の診断では、いくつかの検査を組み合わせて総合的に判断されます。腫瘍の種類や進行度によって最適な治療方法が異なるため、正確な鑑別と診断が必要とされます。
画像検査
CTやMRI検査は重要な検査となります。MRI検査では腫瘍の性質を調べ、造影剤を使うことで腫瘍の血流の状態も確認できます。CT検査では、悪性腫瘍で起こりやすい骨の破壊の有無を調べることができます。
また、悪性度の高い腫瘍が疑われる場合には、PET-CTという検査で他の部分への転移がないかを調べることもあります。
眼科検査
視力や眼圧を測定するほか、眼球の突出の程度を測る検査や、目の位置のずれを測る検査を行います。また、目の動きに問題がないかを確認する検査も併せて行います。
血液検査
悪性リンパ腫が疑われる場合は、血液中の特殊な物質(可溶性インターロイキン2受容体)を調べます。また、IgG4関連疾患が疑われる場合は、血液中のIgG4という物質の量を測定します。
組織検査
腫瘍の種類を確実に診断するために、腫瘍の一部を採取して顕微鏡で調べる検査を行うことがあります。悪性リンパ腫が疑われる場合は、より詳しい特殊な検査も追加で行います。
涙腺腫瘍の治療
涙腺腫瘍の治療は、腫瘍の種類によって異なります。ここでは良性腫瘍の場合と悪性腫瘍の場合に分けて、治療法の例を紹介します。
良性腫瘍の治療
涙腺腫瘍が良性腫瘍であった場合の代表的な例である多形腺腫は、将来的に再発や悪性化する可能性があります。そのため、病変部を完全に取り除くような形での腫瘍摘出手術が検討されることが多いです。
IgG4関連疾患が原因の涙腺腫瘍については、ステロイド薬による内服治療が効果的とされています。ただし、治療が効いても再発することがあるため、副作用に注意しながら長期にわたる治療と経過観察が必要です。
悪性腫瘍の治療
涙腺腫瘍が悪性腫瘍であった場合は、患者の全身状態なども考慮しながら、標準のがん治療
に基づく治療方針がとられます。
悪性リンパ腫では、主に抗がん剤による化学療法や放射線治療が試みられます。
腺様嚢胞癌などの悪性度の高い腫瘍は、周囲の組織に広がりやすい特徴があります。そのため、腫瘍とその周辺の組織を含めて広く取り除く手術が基本となります。場合によっては、眼窩内の組織をすべて取り除く大きな手術が必要になることもあります。手術と放射線治療を組み合わせて治療を行う場合もあります。
また、近年では重粒子線治療という特殊な放射線治療も新しい選択肢として注目されています。
涙腺腫瘍になりやすい人・予防の方法
ひと口に涙腺腫瘍といっても、さまざまな原因の腫瘍があるため、なりやすい人を定義することは難しいといえます。
しかし、いずれの種類の涙腺腫瘍であれ、早期に発見できた場合は、予後のよい治療手段を選択できる可能性があります。したがって、定期的な眼科検査やがん検診を受けること、気になる症状がある場合は早めに医療機関を受診することなどは、それぞれ涙腺腫瘍のリスクを下げる効果が期待できます。
参考文献