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トラコーマ
柿崎 寛子

監修医師
柿崎 寛子(医師)

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三重大学医学部卒業 / 現在はVISTA medical center shenzhen 勤務 / 専門は眼科

トラコーマの概要

トラコーマは「クラミジア・トラコマチス」という細菌による目の感染症で、世界の貧困層の地域や農村部に多く見られます。
現在(2024年12月時点)トラコーマが問題となっている国は38カ国と報告され、約190万人が失明や視力障害に苦しんでいます。
トラコーマによる失明は不可逆的であり、元に戻ることはありません。

感染経路は主に人との接触や、感染者の分泌物、あるいはそれらに触れたハエを介して広がります。
特に未就学児の感染率が高く、一部の地域では6〜9割に達することもあります。
年齢とともに感染頻度や期間は減少しますが、家族内感染や再感染のリスクは常に存在します。

繰り返し感染すると、まぶたの裏側に重度の瘢痕(はんこん)が形成され、まぶたが内側に曲がってまつ毛が角膜を傷つける「トラコーマまつ毛乱生症」が発生します。
トラコーマまつ毛乱生症が発生すると、目に強い痛みが生じ、光に対する耐性が失われます。
さらに角膜(眼球の黒目を覆う部分)も瘢痕化し、多くは30〜40代ごろに失明や視覚障害に至ります。
特に子どもと接触の多い女性は男性の4倍の頻度で失明していることがわかっています。

WHOは「SAFEの戦略」に基づくトラコーマ撲滅計画を推進しています。
SAFEの戦略には失明に至る前の手術や抗生物質による感染症の治療、顔の清潔保持、飲料水や下水などの環境改善が含まれており、総合的なアプローチでトラコーマの撲滅を目指しています。

(出典:厚生労働省「トラコーマについて(ファクトシート)」
(出典:公益社団法人 日本WHO協会「トラコーマ」

トラコーマの原因

トラコーマは、クラミジア・トラコマチスという細菌の感染によって引き起こされます。
感染経路は主に、保菌者の目や鼻から出る分泌物との直接的な接触、または分泌物に触れたハエとの接触です。
感染を繰り返すことで症状が悪化し、最終的に失明や視覚障害につながる可能性があります。

感染の拡大や症状の悪化は、不十分な衛生状態や密集した家族の生活環境、水の不足、トイレや衛生施設の不備などの環境要因によって促進されます。
これらの要因が重なることによって、発展途上国の貧困層の地域や農村部でトラコーマの感染リスクが高まることが、公衆衛生上の重大な問題になっています。

トラコーマの前兆や初期症状について

トラコーマの初期症状は、感染から1週間程度の潜伏期間の後、まぶたのむくみや眩しさなどの自覚症状が現れ、結膜(まぶたの裏側から白目を覆う膜)に複数の小さな突起や粒状の変化が現れることから始まります。
さらに炎症が進行すると、結膜がさらに肥厚し、正常な血管が見えなくなってきます。
再感染や時間の経過とともにまぶたの裏全体が瘢痕化し、まぶたが内側に巻き込まれて逆さまつ毛の状態になります。

感染を繰り返して数年が経過すると、逆さまつ毛が角膜を擦るようになり、角膜が傷つけられることで、痛みや光に対する過敏症(まぶしさ)が常に生じます。
次第に角膜の瘢痕化や混濁(こんだく)が進行し、最終的には失明や視覚障害に至る可能性があります。

トラコーマの検査・診断

トラコーマの診断は、主に視診によっておこなわれます。
発展途上国の検査では、医師が患者のまぶたの裏側を注意深く観察し、特徴的な所見を確認します。
結膜状の小さなのう胞の存在、結膜の線状の瘢痕化、角膜パンヌスなどが見られた場合、トラコーマの可能性が高くなります。
これらの所見は細隙灯(さいげきとう)顕微鏡検査を用いてより詳細に観察されることもあります。

さらに、確定診断のために目や鼻の分泌液を採取し、細菌学的検査をおこなうこともあります。
採取した検体は培養検査やPCR検査、蛍光抗体法などの手法を用いて、原因菌であるクラジミア・トラコマチスの同定がおこなわれます。
これらの検査によりトラコーマの診断精度が向上し、適切な治療方針の決定に役立ちます。

トラコーマの治療

トラコーマの主な治療は薬物療法と手術療法になります。

薬物療法

トラコーマの薬物療法では、主に抗菌薬が使用されます。
「アジスロマイシン」「エリスロマイシン」「ドキシサイクリン」などの抗菌薬が効果的とされています。

特にアジスロマイシンは子どもに対しても単回投与で高い効果が得られることが報告されています。
エリスロマイシンやドキシサイクリンは、8歳未満の子どもや妊婦などには使用できないこともあり、薬物療法の選択は患者の年齢や症状の重症度などを考慮して決定されます。

局所療法として「テトラサイクリン」という眼軟膏が使用されることもあります。

手術療法

トラコーマが進行し、トラコーマまつ毛乱生症が発生した場合、手術療法が適応になります。
主な手術療法には眼瞼手術や角膜移植があります。
眼瞼手術はまぶたの異常な湾曲を修正し、まつ毛が角膜に接触しないよう正常な位置に戻す手術です。
この手術により角膜へのさらなる損傷を防ぎます。

角膜移植は、トラコーマによって角膜が深刻に損傷を受け、混濁が進行した場合におこなわれます。
健康な角膜に置き換えることで、視力の回復を図ります。

トラコーマになりやすい人・予防の方法

トラコーマになりやすい人は、アフリカやアジア、中南米、オーストラリア、中東などの発展途上国で流行しており、これらの地域に住む人々は感染リスクが高いとされています。

2024年現在、流行地域には1億300万人が居住しており、特に貧困層や衛生環境の整っていない地域の住民が感染しやすい傾向にあります。
その中でも子どもは感染リスクが高く、女性も家事や育児を通じて感染する機会が多いとされています。

(出典:公益社団法人 日本WHO協会「トラコーマ」

トラコーマを予防するためには、感染予防対策を徹底することが重要です。
清潔な水による顔の清潔保持や、手洗いの習慣化、衛生的な生活環境の維持が効果的になります。
また、トイレや下水設備の整備、ハエの駆除なども感染リスクの軽減につながります。

WHOでは、トラコーマの予防策としてSAFEの戦略に基づき、手術と抗生物質による治療のほか、洗顔と環境改善を推進し、流行地域でのトラコーマ撲滅を目指しています。


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