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上田 莉子

監修医師
上田 莉子(医師)

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関西医科大学卒業。滋賀医科大学医学部付属病院研修医修了。滋賀医科大学医学部付属病院糖尿病内分泌内科専修医、 京都岡本記念病院糖尿病内分泌内科医員、関西医科大学付属病院糖尿病科病院助教などを経て現職。日本糖尿病学会専門医、 日本内分泌学会内分泌代謝科専門医、日本内科学会総合内科専門医、日本医師会認定産業医、日本専門医機構認定内分泌代謝・糖尿病内科領域 専門研修指導医、内科臨床研修指導医

単純性甲状腺腫の概要

単純性甲状腺腫とは

単純性甲状腺腫とは、甲状腺機能は正常であるものの、甲状腺の腫れがある状態を指します。甲状腺は、頸部の前側に位置する器官で、甲状腺ホルモンを分泌します。甲状腺は通常15~20g程度の器官ですが、さまざまな理由で甲状腺が腫大した状態を甲状腺腫と言います。 単純性甲状腺腫は、思春期や妊娠・授乳期の女性に多い傾向です。単純性甲状腺腫は、症状がなく腫れが大きくない場合は治療の必要はありません

甲状腺腫の分類における単純性甲状腺腫の位置づけ

甲状腺腫は形態と機能の状態による分類体系があります。形態分類としては、全体が均一に腫大するびまん性のもの、限局性の腫瘤を形成する結節性のものです。機能分類として、甲状腺機能更新を伴う中毒性のものと、甲状腺の機能が正常な非中毒性のものがあります。 病因分類には、ヨード欠乏性、自己免疫性、腫瘍性、薬剤誘発性のものがあります。 単純性甲状腺腫は、非中毒性びまん性甲状腺腫に分類され、甲状腺機能検査が正常範囲、自己抗体が陰性、画像検査で明らかな結節や嚢胞を認めない、炎症所見がみられないというのが特徴です。

単純性甲状腺腫の原因

甲状腺は、甲状腺ホルモンを分泌し、新陳代謝、脈拍数、体温などを調節しています。単純性甲状腺腫では、全身で甲状腺ホルモンの需要が増すことで、その不足を代償するために、下垂体でTSHが分泌されます。その結果、甲状腺の濾胞細胞が過剰に形成され、甲状腺の肥大化が起こります。 単純性甲状腺腫の原因ははっきりとはわかっていませんが、ヨードの不足や内分泌環境の変化により起こると考えられています。単純性甲状腺腫の発生に関与していると考えられているのは以下のようなものです。

ヨード代謝異常

ヨードは海藻類に多く含まれます。ヨードの摂取不足による単純性甲状腺腫は、食料供給が不十分な地域などで多く起こります。また、海藻類の大量摂取などによりヨードを過剰摂取すると、甲状腺でのヨードの有機化が抑制され、甲状腺ホルモンの合成が減り、甲状腺腫になることがあります。極端なヨードの摂取量変動も単純性甲状腺腫につながることがあります。

内分泌環境の変化

単純性甲状腺腫が起きる因子は、内分泌環境の変化です。思春期に分泌が増加する成長ホルモンは、細胞の増殖を促す作用があります。成長ホルモンがIGF-1というホルモンを介して間接的に甲状腺細胞を増殖させることにより、甲状腺の腫脹が生じることがあります。 妊娠初期に分泌されるホルモンであるhCGは、一時的に甲状腺を刺激します。また、更年期のエストロゲン変動も、単純性甲状腺腫の原因となる場合があります。

薬剤

甲状腺機能を亢進する薬剤や、甲状腺機能を抑制する薬剤により甲状腺ホルモン分泌のバランスが変わり甲状腺腫の原因となることがあります。また、ヨードを含む抗不整脈薬のアミオダロン、ヨード取り込みを阻害する働きのあるリチウム製剤は、甲状腺腫の要因となり得ます。

食品や嗜好品に含まれる成分

たばこの煙に含まれるチオシアネートは、甲状腺のヨード取り込みを阻害し、甲状腺腫につながることがあります。大豆イソフラボンや生のブロッコリー・キャベツなどのアブラナ科の野菜に多く含まれるグルコシノレートは、甲状腺のヨード取り込みを阻害し甲状腺腫大を引き起こす可能性があると考えられています。 ただし、一般的な日本人の食生活では甲状腺への影響は少ないとされています。毎日大量に生のアブラナ科野菜を食べるような極端なケースでは、影響が出る可能性はあります。

単純性甲状腺腫の前兆や初期症状について

単純性甲状腺腫の多くは、自覚症状がない無症候性のものです。甲状腺の機能に異常をきたさないため、自覚症状は、甲状腺の腫大により周囲の組織が圧迫されることなどにより起こります。

甲状腺の腫大によりまずみられるのは、首の腫脹です。甲状腺のある首の前側の腫脹により、服の首元のボタンが閉じづらくなる、使用していたネックレスがつけられなくなるといったことが起こります。 まれに甲状腺の腫大が進むと、気道が圧迫され呼吸困難を起こしたり、食道の圧迫により嚥下障害を起こしたり、声帯を動かす反回神経の圧迫により声が変わったりといった症状が起こることがあります。

単純性甲状腺腫は、ホルモンの動態に関する知見をもって診察することが大切です。単純性甲状腺腫が疑われる場合は、内分泌内科を受診しましょう。受診する病院は、甲状腺専門医がいる施設であることが望ましいです。腫瘍性病変の鑑別が必要な場合は代謝・内分泌外科、気道狭窄がある場合は耳鼻咽喉科の受診が適しているケースもあります。

単純性甲状腺腫の検査・診断

単純性甲状腺腫は、甲状腺の機能に異常がなく、甲状腺の腫れのみがみられます。単純性甲状腺腫の診断をするには、甲状腺の腫大があること、甲状腺の機能に異常がないことを確認する必要があります。

単純性甲状腺腫の診断までに行う検査

首の腫れの状態を触診で確認し、超音波検査で甲状腺の大きさや内部構造を確認します。単純性甲状腺腫は全体が均一に腫れるびまん性の腫大がみられます。問診による症例経過の聴取も併せて行います。 また、甲状腺の機能異常の有無を調べるために、血液検査にて甲状腺ホルモン(TSH, FT3, FT4)の測定をします。

他疾患との鑑別

単純性甲状腺腫は、ほかの疾患との鑑別も大切です。1ヶ月で2cm以上など甲状腺の腫大のスピードが早い場合発熱・痛みを伴う場合声帯麻痺がみられる場合頸部リンパ節の腫れがみられる場合などは、悪性腫瘍や亜急性甲状腺炎の可能性があるため、専門医を受診してください。 悪性腫瘍などの疾患との鑑別が必要な場合は、細胞診や組織診が実施されることがあります。甲状腺自己抗体(抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体)の血液検査の結果をもとに、橋本病などの自己免疫疾患との鑑別が行われます。

単純性甲状腺腫の治療

単純性甲状腺腫は、甲状腺機能に異常がなく、甲状腺肥大のみが起こっている状態を指します。身体機能に異常はないため、多くの場合はただちに治療を要しません。 ただし、甲状腺疾患の遺伝的背景のある方は特に、将来的に甲状腺機能に異常をきたすこともあるため、定期的に経過観察を受ける必要があります。

甲状腺の腫大が軽度で無症状の場合は、6~12ヶ月ごとの超音波検査にて経過観察を行います。 もし気道圧迫症状がある場合は、悪性疾患を十分に鑑別したのち、薬物療法として、TSH抑制のためにレボチロキシンの少量投与、海藻・昆布配合の漢方薬の投与を行います。尿中ヨード排泄量が500μg/日以上の場合は、ヨード制限を行います。 気道狭窄がある場合、薬物療法で改善が見られない場合、美容的な問題がある場合などに、甲状腺の部分切除・葉切除の外科的手術が行われます。

単純性甲状腺腫になりやすい人・予防の方法

単純性甲状腺腫は、若い女性に多いです。単純性甲状腺腫は、家族内集積性が示唆されています。自己免疫性甲状腺疾患の家族歴がある場合、単純性甲状腺腫になるリスクが上昇するといわれています。HLA-DR遺伝子やCTLA-4多型と単純性甲状腺腫の発現の関連が報告されています。

単純性甲状腺腫の予防には、甲状腺ホルモンがアンバランスになる要因を減らす必要があります。ヨードを不足しないよう摂取し、かつ過剰摂取を避けるようにしましょう。 また、大豆やブロッコリー、キャベツなどに含まれるゴイトロゲンは生食での過量摂取で甲状腺へのヨードの取り込みを阻害するといわれています。ゴイトロゲンは加熱処理により活性低下するため、加熱調理して摂取するとよいでしょう。 甲状腺ホルモンの合成を補助する亜鉛・セレンを摂取するのもよいでしょう。 タバコの煙に含まれるチオシアネートは、甲状腺のヨード取り込みを阻害するため、単純性甲状腺腫の予防のためにも禁煙することが望ましいです。

単純性甲状腺腫は、症状がなく腫大が大きくない場合は治療は不要ですが、定期的に甲状腺超音波検査などの検診を受けることが望ましいです。妊娠計画時には、TSHスクリーニングを実施します。小児期は、成長曲線との比較評価を行います。

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