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前田 広太郎

監修医師
前田 広太郎(医師)

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2017年大阪医科大学医学部を卒業後、神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修を行い、兵庫県立尼崎総合医療センターに内科専攻医として勤務し、その後複数の市中急性期病院で内科医として従事。日本内科学会内科専門医、日本腎臓学会腎臓専門医、日本透析医学会透析専門医、日本医師会認定産業医。

サイト名:MDOC_辞典

タイトル:下垂体炎

下垂体炎の概要

下垂体炎は脳の一部である下垂体という主にホルモン分泌を担う部位に生じる炎症性疾患の総称で、リンパ球性、肉芽腫性、形質細胞性(IgG4関連)、黄色腫性、壊死性といった組織型があります。臨床症状は下垂体炎に共通しており、最も頻度が高いのがリンパ球性下垂体炎です。頭痛や視野障害といった症状を呈し、ホルモン低下による様々な症状が出現します。MRIによる画像診断とホルモン値の検査を行い診断します。治療はステロイドによる治療やホルモン補充を行います。

下垂体炎の原因

下垂体炎の中で最も頻度が高いのはリンパ球性下垂体炎で86%を占めます。原因は不明ですが自己免疫が関与しているとされ、特に妊娠後期〜産後の女性に多いとされます。バセドウ病、アジソン病、橋本病、全身性エリテマトーデスといった疾患に関連して発症することもしばしばみられ、自己免疫性下垂体炎あるいは自己免疫性視床下部下垂体炎と同義的に称されることもあります。下垂体前葉を主体に生じるリンパ球性下垂体前葉炎、下垂体漏斗部~後葉が障害されるリンパ球性漏斗下垂体後葉炎、両者が病変部位であるリンパ球性汎下垂体炎に分類されます。

下垂体炎の他の原因として、肉芽腫性下垂体炎があります。原発性下垂体炎の約20%程度を占めるとされます。全身性疾患に合併するとされ、感染(結核、梅毒、真菌、C型肝炎治療後)、自己免疫性疾患(サルコイドーシス、多発血管性肉芽腫症、高安動脈炎、クローン病)、組織球症(ランゲルハンス細胞組織球症)、局所病変(下垂体腺腫、ジャーミノーマ、頭蓋咽頭腫、ラトケ嚢胞)に合併し視交叉圧迫の頻度が高いとの報告があります。

他にも、形質細胞性(IgG4関連)下垂体炎では、IgG4を産生する形質細胞の浸潤が特徴です。 膵臓など他臓器のIgG4関連疾患を伴うことが多いです。頻度もやや高く、ある研究では下垂体機能低下症例の約4%に確認されました。

黄色腫性下垂体炎は最も稀な下垂体炎とされ、原発性下垂体炎の約3%を占めます。

壊死性下垂体炎は下垂体炎の中で最もまれな頻度で発生し、1%未満です。また、抗癌剤の一つである、免疫チェックポイント阻害薬を投与することで下垂体に障害が起こる、免疫チェックポイント阻害薬関連下垂体炎が報告されるようになり、同様の組織増を呈することがあります。抗CTLA-4抗体であるイピリムマブでは3.2~17%が発症するとされ、抗PD-1抗体やその併用では0.1~6.4%と報告があります。ほとんどが不可逆性の下垂体機能低下となり、永続的なホルモン補充が必要となります。

下垂体炎の前兆や初期症状について

下垂体炎前葉の症状としては頭痛、視野障害などの自覚症状に加え、疲労感、悪心嘔吐、無月経といった下垂体機能低下症状を呈します。リンパ球性下垂体炎において副腎機能低下は約71%認めるとされます。また、下垂体後葉炎では、口渇・多飲・多尿といった抗利尿ホルモンの欠乏による尿崩症の症状をきたします。尿崩症を合併するのは48~72%程度とされます。性腺機能低下が多いという報告もあり、リンパ球性下垂体炎では約60~80%に性腺機能低下がみられます。プロラクチン高値による乳汁分泌・月経異常、成長ホルモン異常、自己免疫性甲状腺炎も併発し得る病態です。甲状腺機能低下は81%程度に合併し高頻度です。肉芽腫性下垂体炎はリンパ球性下垂体炎と比較して視野・視力に関する症状が多いとされますが、同程度との報告もあり鑑別に有用なほどの差はありません。黄色腫性下垂体炎は他の下垂体炎と比較して症状が軽い傾向にあり、尿崩症はまれとされます。

下垂体炎の検査・診断

診断はMRIによる画像診断が重要です。MRIによる下垂体炎のタイプの鑑別は困難な場合も多いですが、それぞれ特徴的な所見を有します。リンパ球性下垂体前葉炎ではMRI にて下垂体の腫大や、下垂体茎の肥厚などがみられます。リンパ球性下垂体後葉炎では後葉の高信号が消失し、下垂体茎の肥厚や後葉の腫大を認めます。いずれもガドリニウムにて強く造影されるのが特徴的です。肉芽腫性下垂体炎でも下垂体の腫大を認めますが、造影効果については一定ではありません。

血液検査では、内分泌学的検査を行います。副腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、黄体ホルモンや卵胞刺激ホルモンの順に機能低下を認めることが多いです。各種負荷試験を行い、分泌の予備能があるかどうか確認します。高プロラクチン血症を呈することもあります。自己免疫が関与していることもあり、抗下垂体抗体が出現する例もあります。リンパ球性下垂体漏斗後葉炎では、水制限試験、高張食塩水により尿崩症の有無を確認します。

副腎不全の所見として、低ナトリウム血症、高カリウム血症、低血糖、好中球低下なども確認します。肉芽腫性下垂体炎や腫瘍性疾患との鑑別が困難な場合は、下垂体生検を行い組織所見で診断を行うことがあります。鑑別疾患としては、下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫、ジャーミノーマ、プロラクチン産生腺腫、ラトケ嚢胞、結核、サルコイドーシスなどの疾患です。IgG4関連下垂体炎ではIgG4が上昇しますが、他疾患でも二次性に上昇することもあり、慎重に鑑別を行います。

下垂体炎の治療

リンパ球性下垂体炎に対しては、自己免疫に対する治療として副腎皮質ステロイド投与を行います。下垂体腫大の縮小や頭痛・視野障害の症状改善には効果があるとされますが、内分泌機能の改善には効果が低いとされます。

肉芽腫性下垂体炎はステロイド治療への反応性はやや低いと考えられており、多くの症例で手術が選択されます。

IgG4関連疾患に対してはステロイド投与が著効します。尿崩症に対してはデスモプレシン投与による対症療法が行われます。経過中に下垂体炎が自然軽快する例もあります。免疫チェックポイント阻害薬関連下垂体炎による下垂体機能低下症は永続的に続くため、ホルモンの補充を継続する必要があります。

黄色腫性下垂体炎はステロイド治療への反応性は低く、ホルモン異常も改善しづらいと言われていますが、報告例が少なく見解は定まっていません。

下垂体炎になりやすい人・予防の方法

リンパ球性下垂体炎はまれな疾患ですが、欧米では年間発症率が900万人に1人程度と概算されています。本邦で1年間に診療されたリンパ球性下垂体炎は107人という報告があり、前葉炎・漏斗後葉炎・汎下垂体炎の発症頻度にあまり差はみられませんでした。リンパ球性下垂体前葉炎は6:1と女性に多く、分娩前後に好発し(57%)、妊娠の最終月もしくは産後の最初の2ヶ月に発症することが多く、発症平均年齢は35歳です。リンパ球性下垂体漏斗後葉炎は男女比1:1で、妊娠との関連性は認めず発症平均年齢は42歳です。リンパ球性汎下垂体炎は1.9:1とやや女性に多く、発症平均年齢は42歳とされます。黄色腫性下垂体炎は発症平均年齢は34歳で、男女比19:7と女性に多いです。予防の方法は確立されていません。

参考文献

  • 1)厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業 間脳下垂体機能障害に関する調査研究班:間脳下垂体機能 障害の診断と治療の手引き(平成 30 年度改訂).
  • 2)Leporati P, et al. IgG4-related hypophysitis: a new addition to the hypophysitis spectrum. J Clin Endocrinol Metab. 2011 Jul;96(7):1971-80. Epub 2011 May 18.
  • 3)Cheung CC, et al. The spectrum and significance of primary hypophysitis. J Clin Endocrinol Metab. 2001 Mar;86(3):1048-53.
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  • 5)Honegger J, et al. Diagnosis of Primary Hypophysitis in Germany. J Clin Endocrinol Metab. 2015;100(10):3841.
  • 6)Johnson J, et al. Hypophysitis and Secondary Adrenal Insufficiency From Immune Checkpoint Inhibitors: Diagnostic Challenges and Link With Survival. J Natl Compr Canc Netw. 2023;21(3):281.
  • 7)黒川 遼:下垂体炎. 画像診断 42巻 6号 pp. 578-588. 2022

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