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大坂 貴史

監修医師
大坂 貴史(医師)

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京都府立医科大学卒業。京都府立医科大学大学院医学研究科修了。現在は綾部市立病院 内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科 内分泌・糖尿病・代謝内科学講座 客員講師を務める。医学博士。日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医。

糖尿病性ニューロパチーの概要

糖尿病性ニューロパチーとは、糖尿病が原因で神経に障害が起こる合併症のひとつです。糖尿病により血糖値が長期間にわたって高い状態が続くと、全身に張り巡らされた神経が徐々に傷ついていき、痛みやしびれ、感覚の鈍さ、筋力の低下、さらには内臓の働きの異常など、さまざまな症状があらわれます。

この神経障害は、糖尿病の合併症の中でも特に頻度が高く、糖尿病患者のおよそ半数が何らかの形で経験すると言われています。症状がゆっくり進行するために気づきにくく、「年のせい」と見過ごされることも少なくありませんが、重症化すると生活の質を大きく損なう可能性があるため、早めの対応が大切です。

糖尿病性ニューロパチーの原因

糖尿病性ニューロパチーの主な原因は、高血糖の状態が長期間続くことによる神経細胞へのダメージです。私たちの体には、脳や脊髄から伸びる「末梢神経」という神経があり、これが筋肉を動かしたり、温度や痛みを感じたり、自律神経として内臓の働きを調節したりしています。高血糖の状態が続くと、この末梢神経が障害を受けて、うまく機能しなくなってしまうのです。

具体的には、高血糖によって神経に栄養を送る細い血管が傷ついたり、神経細胞内で有害な物質が増えたりして、神経の構造そのものが壊れていきます。また、インスリンの働きの低下も神経を保護する力を弱める要因の一つです。

さらに、高血圧や脂質異常症、喫煙などの生活習慣も神経へのダメージを加速させるため、糖尿病だけでなく、こうした併存疾患の管理も重要です。

糖尿病性ニューロパチーの前兆や初期症状について

糖尿病性ニューロパチーの初期症状は、足先のしびれやチクチクするような痛み、感覚の鈍さとして現れることが多いです。特に左右対称に足の指先から始まり、徐々にふくらはぎ、太ももと上の方に広がっていくのが特徴です。これを「手袋・靴下型の感覚障害」と呼ぶことがあります。

早い段階では、「なんとなく足裏の感覚が薄い」「じゅうたんの上を歩いているような感じ」「冷たいはずなのに冷たさを感じない」など、わずかな感覚の変化としてあらわれることもあります。痛みがないために放置されがちですが、気づかないうちにやけどを負ったり、けがをしても気づかずに悪化することもあります。

また、自律神経が障害されると、立ち上がったときにふらつく(起立性低血圧)、汗が出にくくなる、胃腸の働きが落ちて食欲不振になる、排尿や勃起に支障をきたすなど、多岐にわたる症状が現れます。これらは「自律神経障害」と呼ばれ、生活の質に大きく影響を及ぼします。

糖尿病性ニューロパチーの検査・診断

糖尿病性ニューロパチーは、症状や経過を詳しく聞き取り、神経の反応をみる身体診察によって診断が行われます。たとえば、足の感覚が鈍くなっていないかを調べるために、綿や振動する器具(音叉)を用いたり、足裏の反射の有無をチェックしたりします。

神経の働きを客観的に評価する検査として、「神経伝導速度検査」があります。これは、電気刺激を与えて神経がどれだけ早く反応するかを調べるもので、ニューロパチーがあると伝導速度が遅くなるのが確認されます。

また、自律神経の障害が疑われる場合には、心拍変動の測定や、起立試験(立ち上がったときの血圧の変化)などが行われることもあります。

これらの検査を通じて、他の神経の病気との区別をつけたり、進行の度合いを把握したりすることができるため、糖尿病の診療の中で定期的に神経の状態を確認することが推奨されています。

糖尿病性ニューロパチーの治療

糖尿病性ニューロパチーの治療の基本は、血糖値の適切なコントロールです。高血糖が神経障害の根本的な原因であるため、血糖値を安定させることで進行を抑えることができます。すでに起きてしまった神経の障害を完全に元に戻すことは難しいですが、悪化を防ぐことは可能です。

血糖コントロールには、食事・運動・薬物療法を適切に組み合わせることが大切です。最近では、神経への負担を軽減する可能性がある血糖降下薬も報告されており、治療の選択肢が広がっています。

痛みやしびれが強い場合には、症状を和らげるための薬が用いられます。通常の鎮痛剤では効果が不十分なことが多いため、神経の過敏さを抑える作用のある抗けいれん薬や抗うつ薬が処方されることがあります。また、漢方薬やビタミンB群の補給が補助的に使われることもあります。

自律神経障害に対しては、起立性低血圧に対する昇圧剤、胃の動きの改善薬、排尿障害に対する薬など、症状に応じた治療が行われます。痛みや感覚障害によって歩行が不安定になっている場合には、理学療法や装具の利用も検討されます。

糖尿病性ニューロパチーになりやすい人・予防の方法

糖尿病性ニューロパチーは、糖尿病の罹病期間が長くなるほど発症リスクが高まります。特に、血糖コントロールが不十分なまま何年も過ごしていると、神経へのダメージが徐々に蓄積していきます。また、高血圧や脂質異常症、喫煙などの生活習慣病を併せ持っている人は、さらにリスクが高くなります。

予防の基本は、血糖値をできるだけ良好な範囲に保つことです。日々の血糖管理に加えて、定期的なHbA1cの測定や医師との面談を通じて、自分の状態を正しく把握し続けることが重要です。

食事に気をつけ、無理のない運動を取り入れることも、血糖コントロールに加えて神経の血流を良くする点で有効です。さらに、アルコールの過剰摂取を避け、禁煙に取り組むことも神経障害の進行を防ぐために不可欠です。

足のケアも非常に大切です。感覚が鈍くなっていると、ちょっとしたけがや靴ずれに気づかずに放置し、感染や壊疽に至るケースもあります。毎日足を観察し、清潔を保ち、合わない靴を避けるなどの工夫が必要です。

糖尿病性ニューロパチーは、一度発症してしまうと完全に元に戻すことが難しいため、「ならないようにする」「早く見つけて悪化を防ぐ」ことが何より大切です。糖尿病とともに長く付き合っていく上で、神経の健康にも意識を向けていくことが、健やかな毎日への第一歩となります。

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