監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
高プロラクチン血症の概要
高プロラクチン血症は、血液中のプロラクチンホルモンの濃度が異常に高くなる状態を指します。
プロラクチンは主に下垂体前葉で産生されるホルモンで、乳腺の発達、乳汁分泌、黄体機能の調節など多彩な生理作用を持ちます。また、子宮筋層、黄体期後期の子宮内膜、妊娠中の脱落膜からも産生されます。
この状態は、女性では性欲減退、不妊症、月経不順または無月経を、男性では勃起不全や性腺機能低下症などの症状を引き起こします。また、長期的には骨量減少のリスクも高まります。高プロラクチン血症の平均有病率は、男性で10万人当たり約10人、女性で10万人当たり約30人と推定されており、女性の方が3倍ほど多く発症します。特に25〜34歳の女性で最も発症率が高いとされています。
高プロラクチン血症は適切な診断と治療により、多くの場合で良好にコントロールすることができます。治療には、定期的な検査や薬物療法の遵守、症状の自己観察が重要です。また、妊娠希望の場合や骨密度管理など、個々の状況に応じた対応が必要となります。症状や不安なことがあれば躊躇せず医療機関に相談し、医師と協力しながら粘り強く治療に取り組むことで、症状の改善や生活の質の向上が期待できます。
高プロラクチン血症の原因
高プロラクチン血症の原因は多岐にわたりますが、主な要因として以下が挙げられます。
- 下垂体腫瘍(プロラクチノーマ):
最も一般的な病理学的原因です。プロラクチンを過剰に産生する良性腫瘍で、下垂体に発生します。 - 薬物:
特に精神神経作用薬や抗精神病薬が高頻度で高プロラクチン血症を引き起こします。典型的な抗精神病薬を服用している患者の40〜90%に高プロラクチン血症が認められます。 - 視床下部-下垂体系の障害:
下垂体茎や視床下部の圧迫により、プロラクチン分泌を抑制するドーパミンの流れが阻害されることで発症します。 - 原発性甲状腺機能低下症:
甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)の上昇が、プロラクチンの分泌を増加させます。 - マクロプロラクチン血症:
生物学的活性の低い大分子プロラクチンが増加する状態です。 - その他:
妊娠、授乳、ストレス、激しい運動、腎疾患なども原因となり得ます。
腎疾患患者の約3分の1で高プロラクチン血症が発症するとされています。
高プロラクチン血症の前兆や初期症状について
高プロラクチン血症の前兆や初期症状は、性別によって異なる場合があります。また、症状の程度は個人差が大きく、プロラクチンの上昇の程度や原因によっても異なります。
女性の初期症状
- 月経不順:月経周期が乱れたり、月経量が減少したりします。
- 無月経:月経が完全に止まることがあります。
- 不妊:排卵障害により妊娠しにくくなることがあります。
- 乳汁漏出:妊娠や授乳をしていないのに乳房から分泌物が出ることがあります。ただし、必ずしも全ての患者に見られるわけではありません。
- 性欲減退:性的欲求が低下することがあります。
男性の初期症状
- 性欲減退:性的欲求が低下します。
- 勃起不全:勃起が困難になったり、持続しにくくなったりします。
- 女性化乳房:乳房が腫れたり、大きくなったりすることがあります。
- 不妊:精子の質や量に影響を与え、不妊の原因となることがあります。
共通の初期症状
- 倦怠感:全身のだるさを感じることがあります。
- 頭痛:特に腫瘍が原因の場合に見られることがあります。
- 視野の変化:大きな腫瘍が視神経を圧迫する場合に起こることがあります。
※注意点
- マクロプロラクチン血症の場合は、プロラクチン値が高くても症状が乏しいことがあります。
- これらの症状は他の疾患でも起こり得るため、症状があるからといって必ずしも高プロラクチン血症というわけではありません。
- 症状が気になる場合は、早めに医療機関を受診し、適切な診断を受けることが重要です。
高プロラクチン血症の検査・診断
高プロラクチン血症の診断は、主に以下のステップで行われます。
- 問診:
詳細な病歴聴取を行い、症状の有無、薬物使用歴、既往疾患、服薬内容などを確認します。また、採血前後の生活や心理的状況についても聴取します。 - 血液検査:
プロラクチン値の測定:20ng/ml(または30ng/ml、測定法により異なる)以上で高プロラクチン血症と診断します。
1週間以上空けて2〜3回測定し、高値が持続することを確認します。
甲状腺機能検査(TSH、fT3、fT4)も同時に行います。
必要に応じて、LH、FSHなどの他のホルモン検査も実施します。 - 画像検査:
プロラクチン値が200ng/ml以上の場合や、視床下部・下垂体の器質的疾患が疑われる場合は、MRI検査を行います。CTよりもMRIの方が下垂体腫瘍の検出率が高いとされています。 - その他の検査:
マクロプロラクチンのスクリーニング:無症候性の高プロラクチン血症患者で考慮します。ポリエチレングリコール沈殿法を用いて行います。
必要に応じて視野検査を行います。
診断にあたっては、以下の点に注意が必要です。
- 採血時の状況(ストレス、食事、運動など)がプロラクチン値に影響を与える可能性があります。
- 巨大腺腫があるにもかかわらずプロラクチン値が正常または軽度上昇の場合、高用量フック効果の可能性を考慮し、検体を1:100に希釈して再測定することがあります。
- 稀に、プロラクチン受容体遺伝子(PRLR)の機能喪失変異による高プロラクチン血症もあり、この場合はシーケンス解析が必要となります。
高プロラクチン血症の治療
高プロラクチン血症の治療は、原因と症状の程度に応じて行われます。
下垂体腫瘍(プロラクチノーマ)
薬物療法が基本となります。
第一選択薬はカベルゴリンで、週1回0.25mgから開始し、プロラクチン値に応じて漸増します(上限は1mg/回)。
ブロモクリプチンも使用されますが、副作用の観点からカベルゴリンが優先されます。
薬物療法に抵抗性の場合や副作用が強い場合は、手術(Hardy法)や放射線療法を検討します。
薬剤性高プロラクチン血症
可能であれば原因薬剤の中止や変更を検討します。
薬剤の変更が困難な場合は、症状に応じてエストロゲン療法やテストステロン療法を考慮します。
原発性甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモン製剤を投与し、甲状腺機能の正常化を目指します。
マクロプロラクチン血症
通常、治療は必要ありません。
その他の原因
各々の原因疾患に対する適切な治療を行います。
治療中は定期的にプロラクチン値を測定し、正常化を確認します。また、腫瘍性病変がある場合は、定期的なMRI検査で腫瘍サイズの変化をモニタリングします。
※注意点
- カベルゴリンの長期・高用量投与では、心臓弁膜症のリスクが報告されています。必要に応じて心エコー検査を行います。
- 妊娠中や授乳中の薬物療法については、個別に慎重な判断が必要です。
- 放射線療法は、下垂体機能低下症や二次腫瘍形成などの副作用のリスクがあるため、慎重に検討する必要があります。
高プロラクチン血症になりやすい人・予防の方法
高プロラクチン血症になりやすい人
- 女性:
男性に比べて女性の方が発症率が高く、特に25〜34歳の女性でリスクが高くなります。 - 精神神経疾患の治療を受けている人:
抗精神病薬などを服用している場合、高プロラクチン血症のリスクが高まります。 - 甲状腺機能低下症の患者:
甲状腺機能低下症は高プロラクチン血症の原因となることがあります。 - 腎疾患の患者:
腎機能の低下により、プロラクチンの代謝が影響を受ける可能性があります。 - 遺伝的要因:
家族歴がある場合、リスクが高まる可能性があります。
予防の方法
完全な予防は難しいですが、以下のような点に注意することでリスクを低減できる可能性があります。
- 定期的な健康診断:
特に月経不順や不妊の症状がある場合は、早期に医療機関を受診しましょう。 - 薬剤の確認:
高プロラクチン血症を引き起こす可能性のある薬剤を使用している場合は、主治医と相談し、定期的な血中プロラクチン値のチェックを検討しましょう。 - ストレス管理:
過度のストレスはプロラクチン分泌に影響を与える可能性があるため、適切なストレス管理を心がけましょう。 - 生活習慣の改善:
適度な運動、バランスの取れた食事、十分な睡眠など、健康的な生活習慣を維持しましょう。 - 甲状腺機能の管理:
甲状腺機能低下症がある場合は、適切な治療を継続し、定期的に甲状腺機能をチェックしましょう。 - 早期発見・早期治療:
症状が気になる場合は、早めに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けましょう。
参考文献
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