監修医師:
久高 将太(琉球大学病院内分泌代謝内科)
甲状腺機能低下症の概要
甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモン(遊離T4、遊離T3)の分泌量が低下した状態を言います。甲状腺ホルモンは身体のあらゆる部位で新陳代謝を活発にする働きがあり、体内に不足すると無気力、憂うつ感、認知障害、疲労感、動作緩慢、体重増加、便秘、皮膚の乾燥、月経不順、不妊、嗄声、脱毛などの多岐に渡る症状が現れます。
甲状腺機能低下症の症状は更年期障害やうつ病などと似た部分も多く、患者さん自ら甲状腺疾患を疑うのが難しい面があります。そのため適切な科を受診できず、ほかの疾患と診断されて治療が行われている場合も珍しくないようです。
原発性甲状腺機能低下症
一方、甲状腺ホルモンの値は正常範囲内にも関わらず、甲状腺ホルモンの分泌に必要な甲状腺刺激ホルモン(TSH)が高値の場合は潜在性甲状腺機能低下症と呼ばれます。
この状態は特に女性に多く、年齢と共に増加傾向で、わが国の4〜20%に認められると言われています。狭心症や心筋梗塞、流産などと関連する可能性も報告されているものの、年齢や病態ごとに治療の必要性は異なるため、治療適応については未だに議論されている状態です。若年でTSHが一定値より持続性に高値である場合や患者さんが妊娠を希望する場合などでは治療の有効性が示されているため、薬物治療が開始されます。
甲状腺機能低下症の原因
甲状腺機能低下症の原因として、以下の理由が考えられます。
原発性甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンの遊離T4が低値(参考として遊離T3は高値)、TSHが高値となり、身体症状が現れている状態です。甲状腺の自己抗体が陽性となって炎症が起こり、甲状腺組織が破壊されてホルモン分泌量が低下するために生じます。
最も多いのは慢性甲状腺炎です。橋本病とも呼ばれ、抗TPO抗体または抗サイログロブリン抗体が陽性となる特徴があります。男女比は1:20〜30と圧倒的に女性に多く、年齢で見ると30〜40歳代の発症が多い傾向ですが、慢性甲状腺炎だからといって必ず甲状腺機能低下症となるわけではありません。
また、阻害型抗TSH受容体抗体が陽性となる萎縮性甲状腺炎も甲状腺機能低下症の原因となります。
中枢性甲状腺機能低下症
TSHの分泌量低下に伴って甲状腺ホルモンの分泌量が低下する状態です。TSHの分泌に関わる脳の原因となる部位によって「下垂体性甲状腺機能低下症」と「視床下部性甲状腺機能低下症」に分類されています。脳腫瘍、くも膜下出血、脳外科手術後などの脳の病気や、自己免疫性下垂体炎などの炎症が原因です。
甲状腺ホルモン不応症
甲状腺ホルモンが必要な量分泌されているにもかかわらず、標的となる臓器の反応が弱いために身体症状を生じる先天性疾患です。レフェトフ症候群とも呼ばれ、常染色体性顕性遺伝によって発症する可能性が示唆されています。指定難病であり、わが国には100人未満の患者さんが存在します。
一過性の原因
何らかの事情で一時的に甲状腺機能が低下することがありますが、大抵の場合は特別な治療をしなくても数ヶ月以内に正常範囲へと回復します。
1. 医原性(手術、薬物治療、ラジオアイソトープ療法、頸部放射線治療などの後)
ヨウ素を含むうがい薬の多用、不整脈の薬や抗がん剤の一部、インターフェロン、脳の手術後
2. ヨードの過剰摂取
昆布、ヨード卵など
3. 甲状腺炎
無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎などの経過中
4. その他
産後など
甲状腺機能低下症の前兆や初期症状について
前述の通り、甲状腺機能低下症の症状は多岐に渡ります。甲状腺の異常によるものと気が付かない場合も多く、わかりやすい前兆や初期症状はないと言えます。
また、更年期障害や不定愁訴、精神疾患を疑い、婦人科や心療内科を受診して治療を受けていることも少なくありません。
甲状腺機能低下症の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、内分泌内科です。甲状腺機能低下症は甲状腺ホルモンの不足による疾患であり、内分泌内科での診断と治療が行われます。
症状が改善しない場合や甲状腺機能低下症の症状に該当するものがある場合は、一度甲状腺機能低下症を疑って内分泌内科をはじめとする内科を受診し、検査を実施すると良いでしょう。
甲状腺機能低下症の検査・診断
甲状腺機能低下症が疑われた場合、一般的に以下のような検査が行われます。
血液検査
採血によって血液を採取し、遊離T4、遊離T3、TSHの値を調べます。場合によって自己抗体(抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体、阻害型抗TSH-R抗体)や、コレステロールやクレアチンキナーゼ、肝機能の値も確認することがあります。
超音波検査
甲状腺の状態を確認するために超音波検査を実施します。
疾患によっては、以下のような特徴を持ったエコー像を呈します。
慢性甲状腺炎
内部エコーの低下や不均質を認める
亜急性甲状腺炎
痛みに一致した部位に低エコー域を認める
診断基準
日本甲状腺学会が作成している診断ガイドラインには、以下のような記載がなされています。
1.原発性甲状腺機能低下症
a)臨床所見
無気力、易疲労感、眼瞼浮腫、寒がり、体重増加、動作緩慢、嗜眠、記憶力低下、便秘、嗄声などいずれかの症状
b)検査所見
遊離T4低値(参考として遊離T3低値)およびTSH高値
a)およびb)を有するもの
【付記】
1 慢性甲状腺炎(橋本病)が原因の場合、抗TPO抗体または抗サイログロブリン抗体陽性となる。
2 阻害型抗TSH-R抗体により本症が発生することがある。
3 コレステロール高値、クレアチンキナーゼ高値を示すことが多いようです。
4 出産後やヨウ素摂取過多などの場合は一過性甲状腺機能低下症の可能性が高い。
5 小児では成長障害や甲状腺腫を認める
2.中枢性甲状腺機能低下症
a)臨床所見
無気力、易疲労感、眼瞼浮腫、寒がり、体重増加、動作緩慢、嗜眠、記憶力低下、 便秘、嗄声などいずれかの症状
b)検査所見
遊離T4低値でTSHが低値~基準範囲内
a)およびb)を有するもの
除外規定
甲状腺中毒症の回復期、重症疾患合併例、TSHを低下させる薬剤の服用例を除く。
【付記】
1 特に中枢性甲状腺機能低下症の診断では下垂体ホルモン分泌刺激試験や画像検査が必要なので、専門医への紹介が望ましい。
2 視床下部性甲状腺機能低下症の一部ではTSH値が10μU/ml位まで逆に高値を示すことがある。
3 重症消耗性疾患にともなうNonthyroidal illness(低T3症候群)で、遊離T3、さらに遊離T4、さらに重症ではTSHも低値となり鑑別を要する。
甲状腺機能低下症の治療
主に内服療法を実施します。
甲状腺ホルモンの合成T4製剤(チラーヂン®S)の内服によって不足分を補充しますが、高齢者や冠動脈疾患、不整脈がある患者さんには慎重に使用します。また、ほかに服用している薬がある場合は量の調整が必要となる場合があります。
少量から服用を始め、数ヶ月かけて増量して維持量に到達させた後、一生涯服用し続ける事が多いです。
また、甲状腺機能低下症と不妊・流産の関連が示唆されています。そのため、妊娠中は症状を速やかに回復させるべく、診断後は100〜150µg/日として服用開始します。
一過性または軽度の甲状腺機能低下症の場合、治療の必要はありません。治療を行っても一過性の可能性があれば、服用量を漸減または中止して経過観察が行われます。
甲状腺機能低下症になりやすい人・予防の方法
甲状腺機能低下症を発症する人の割合や原因から考えると、以下の事柄が挙げられます。
なりやすい人の特徴
甲状腺機能低下症の中で最も高頻度の慢性甲状腺炎は、男女比が1:20〜30、30〜40歳代で発症することが多いとの報告があります。また、潜在性甲状腺炎を含めると成人女性の10人に1人、男性の40人の1人の割合で発症し、加齢とともに増加すると言われています。
これをふまえると、女性、30〜40代以降、高齢の条件が揃う人は甲状腺機能低下症になりやすいと言えるでしょう。
予防法
ヨウ素の過剰摂取を避けましょう。具体的には昆布をはじめとした海藻類(ひじき、海苔、わかめ、もずくなど)、昆布だし、昆布エキスが入った食品、昆布加工品、ヨード卵、ヨードを含むうがい薬の過剰使用などです。ただし、甲状腺ホルモン産生のバランスを保つには適切な量のヨウ素が必要です。ヨウ素不足になると、それもまた甲状腺機能低下症を引き起こすため、適切な量のヨウ素を摂取しましょう。
参考までに「日本人の食事摂取基準」より、1日あたりで見ると推奨量は0.13mg、耐容上限量は3.0mgです。日本人は1日で約1~3mgのヨウ素を摂取していると推定されますので、上記の食材は必要以上に食べないようにすると甲状腺機能低下症の予防につながります。
参考文献