目次 -INDEX-

腸間膜静脈血栓症
岡本 彩那

監修医師
岡本 彩那(淀川キリスト教病院)

プロフィールをもっと見る
兵庫医科大学医学部医学科卒業後、沖縄県浦添総合病院にて2年間研修 / 兵庫医科大学救命センターで3年半三次救命に従事、近大病院消化器内科にて勤務 /その後、現在は淀川キリスト教病院消化器内科に勤務 / 専門は消化器内科胆膵分野

腸間膜静脈血栓症の概要

腸間膜静脈血栓症(ちょうかんじょうみゃくけっせんしょう)は、腸を支える「腸間膜」の静脈内に血栓(血の塊)が形成され、血流が阻害される疾患です。静脈が詰まることにより腸管の血流が滞り、酸素や栄養が十分に供給されない状態(腸管虚血)となります。進行すると腸の組織が壊死し、命に関わる緊急事態に発展する可能性があります。

症状は非特異的で、初期には鈍い腹痛や違和感から始まり、徐々に悪化します。吐き気、嘔吐、下痢なども伴いますが、一般的な胃腸炎と区別がつきにくいです。このため診断に48時間以上かかるケースも多く見られます。

主な原因には、血液の凝固亢進状態、悪性腫瘍、肝硬変などの肝臓疾患、腹腔内炎症、腹部手術や外傷があります。診断には造影CT検査が有用で、治療は早期の抗凝固療法が基本です。進行例では外科的治療が必要となることもあります。

腸間膜静脈血栓症の原因

腸間膜静脈血栓症は、腸間膜の静脈に血栓ができる病気で、複数の要因により引き起こされます。

血液の凝固能亢進

血液が凝固しやすい状態の一時的な要因としては、脱水、妊娠・出産後、経口避妊薬の服用などです。遺伝的疾患では、プロテインC・S欠損症、アンチトロンビンIII欠乏症などの血液疾患があります。また、抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫疾患も血栓形成を促進させます。

がん(悪性腫瘍)

がんは、血液凝固を促進する物質を産生することがあります。骨髄増殖性疾患(真性多血症や本態性血小板血症など)も、血液細胞の増加により血栓リスクを高めます。

肝臓の病気

肝硬変による門脈圧亢進症は腸間膜静脈血栓症の危険因子です。バッド・キアリ症候群(Budd-Chiari症候群:肝静脈の血栓症)も関連します。肝臓の血流障害によってうっ血(血が溜まる状態)が起こります。

腹腔内の炎症

急性膵炎、憩室炎、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)、腹膜炎などの感染や炎症を引き起こす病気は血栓形成を誘発します。特に炎症性腸疾患では、病態自体が凝固亢進状態を伴い、血栓を合併するリスクが高いです。

手術や外傷

腹部手術後や大きな腹部外傷後にも発症することがあります。血管損傷、長期臥床、術後の脱水などが複合的に作用し、リスクを高めます。腹腔鏡手術後や、まれに大腸内視鏡検査後にも発症例が報告されています。

腸間膜静脈血栓症の前兆や初期症状について

腸間膜静脈血栓症は、初期症状が非常にあいまいで分かりにくい疾患です。

典型的な症状である腹痛も、急激な激痛ではなく鈍い痛みや違和感から始まることが多いです。痛みの部位もおへその周り、みぞおち、上腹部などさまざまで、腹部全体がなんとなく痛むような漠然とした感覚として現れることもあります。また、初期段階ではお腹を押しても強い圧痛や腹筋の硬直(筋性防御)が見られないことが多いです。

吐き気や嘔吐、下痢、食欲不振、腹部膨満感といった症状も見られることもありますが、一般的な胃腸関連の疾患とほとんど区別がつきません。

腸管の虚血が増悪すると、症状は急速に悪化します。腸壁の壊死や穿孔が起こると、激しい持続性の腹痛とともに強い圧痛や反跳痛が現れ、腹部は板のように硬くなります。さらに、下血が現れるほか、腹腔内や腸管内の空気と共に細菌などが漏れ、腹膜炎、重症感染症、ショックなどを引き起こして急激に全身状態が増悪し、命に関わる危険性も高くなります。

腸間膜静脈血栓症の検査・診断

腸間膜静脈血栓症では、造影CT検査、I超音波検査、MRI検査、血液検査が行われます。

造影CT検査

造影CT検査では、造影剤を用いることで腸間膜静脈内の血栓を明確に確認でき、腸管壁の浮腫や虚血所見、腹水の有無なども評価できます。特に「門脈相(もんみゃくそう)」と呼ばれる造影剤注入後のタイミングで撮影した画像が診断に有用です。

超音波検査(腹部エコー)

超音波検査は放射線被曝がなく簡便ですが、腸間膜の深部静脈の描出は難しく、腸管ガスが多い場合は評価困難です。門脈や肝臓に近い静脈の血栓であれば確認できることがあります。治療後の経過観察に有用です。

MRI検査

MRI検査は状態が安定している場合に使用されます。静脈血栓の描出に有効で、造影剤を使わなくても明確に描像できるのが特徴です。しかし、緊急時には時間がかかること、遠位の細い血管の描出は造影CT検査に劣ることから第一選択とはなりません。造影CT検査ができない場合の代替検査として検討されます。

血液検査

腸間膜静脈血栓症に特異的な検査項目はありませんが、Dダイマーや炎症反応(白血球数・CRP)の上昇、重症例では乳酸値の上昇などが見られることがあります。

腸間膜静脈血栓症の治療

腸間膜静脈血栓症の治療は緊急度や患者の状態によって異なります。基本は抗凝固療法によって血栓を溶かすことで虚血状態を改善させます。

抗凝固療法

腸間膜静脈血栓症の治療の基本は、抗凝固療法です。ヘパリンという注射薬を点滴で持続投与し、血液が固まるのを抑えて血栓の縮小・消失を促します。

早期の患者であれば、ヘパリン投与のみで血栓が溶けて腸の状態も改善し、手術せずに治癒する例が多く報告されています。状態が安定すれば経口抗凝固薬(ワルファリンやDOAC)に切り替え、通常3~6か月程度の内服を継続します。

血栓溶解療法

重症例では血栓溶解療法も考慮されます。ウロキナーゼやt-PAなどの血栓を溶かす薬を全身投与する方法もあります。出血の副作用リスクが高いため、カテーテルを用いて腸間膜静脈の近くまで薬を直接送り込む「選択的動注療法」が行われることがあります。

外科的治療

腸管壊死が認められる場合や、抗凝固療法で改善しない場合は外科的治療が必要です。開腹手術を行い、壊死した腸管を切除します。術中に可能であれば血栓除去や血栓溶解薬の局所注入も行いますが、術後も引き続き抗凝固療法を継続することが一般的です。

腸間膜静脈血栓症になりやすい人・予防の方法

腸間膜静脈血栓症は、血液が固まりやすい体質(深部静脈血栓症や肺塞栓症の既往、先天的凝固異常がある人)の人になりやすい傾向にあります。肝硬変、炎症性腸疾患などの腹部疾患を持つ人も注意が必要です。妊娠中や産後、ピル内服中の女性、ステロイド治療中の人、がんの化学療法中の人も凝固亢進状態になりやすいためリスクが高まります。

日常での予防策としては、長時間同じ姿勢を避ける、十分な水分摂取で脱水を防ぐ、肥満や喫煙を避けるといった静脈血栓症全般の対策が有効です。

関連する病気

  • 上腸間膜動脈閉塞症
  • 門脈血栓症
  • 深部静脈血栓症
  • 肺血栓塞栓症
  • バッド・キアリ症候群
  • 非閉塞性腸間膜虚血

この記事の監修医師