

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
脂肪塞栓症候群の概要
脂肪塞栓症候群(fat embolism syndrome:FES)は、骨折や外傷、手術後などに骨髄脂肪が血管内に流入し、全身の微小血管を塞栓することによって起こる病態です。
特に大腿骨や骨盤といった長管骨骨折後24~72時間以内に発症することが多いとされます。発生頻度は低いですが、死亡率は5~20%と高く、早期認識と対応が重要です。
脂肪塞栓自体は外傷患者さんの血中にしばしば認められますが、臨床的に症候を呈する脂肪塞栓症候群(FES)として発症するのは一部に限られます。
脂肪塞栓症候群の原因
脂肪塞栓症候群(fat embolism syndrome:FES)は、主に外傷や整形外科手術を契機として発症する重篤な合併症です。特に発症頻度が高いのは、長管骨(大腿骨や脛骨)や骨盤の骨折であり、これらの部位には脂肪を多く含む骨髄が存在するため、外傷によって脂肪滴が血中へ流出しやすくなります。
また、人工関節置換術や骨折の整復固定など、骨セメント(メチルメタクリレート)を使用する整形外科手術でも、術中に骨髄腔内圧が上昇し、同様のメカニズムで脂肪滴が血管内に逸脱することがあります。
外傷以外でも、美容目的の脂肪吸引術、広範囲熱傷、大量の軟部組織損傷などの強い組織破壊を伴う事象において、脂肪塞栓が引き起こされることがあります。さらにまれなケースでは、重度の膵炎や骨髄炎、敗血症などの炎症性疾患を背景として、脂肪塞栓が生じることも報告されています。
脂肪塞栓症候群の前兆や初期症状について
初期症状
最も早く出現することが多いのが呼吸器症状です。具体的には、呼吸が浅く速くなる頻呼吸や、酸素飽和度の低下に伴う呼吸困難、さらには低酸素血症が見られます。これらは脂肪滴が肺の微小血管を塞栓することでガス交換が障害されるために生じます。軽症であれば酸素投与により改善しますが、重症例では急性呼吸不全をきたして人工呼吸管理が必要となることもあります。
続いて現れるのが中枢神経症状です。意識がもうろうとしたり、錯乱や不穏、せん妄などの精神症状が見られたりすることがあり、ときには痙攣発作や昏睡状態に至ることもあります。これは、脂肪微小塞栓が肺の毛細血管を通過して動脈循環に入り、脳の微小血管を閉塞することで脳浮腫や局所的な虚血を引き起こすためと考えられています。これらの神経症状はときに呼吸症状より先行して出現する場合もあり、診断上のヒントになります。
さらに、診断の一助となる皮膚所見として、点状出血斑が認められることがあります。これは、結膜や口腔粘膜、頸部や胸部の皮膚などに出現する1〜2mm程度の小さな紫斑で、毛細血管内の脂肪塞栓による血管破綻と考えられています。この出血斑はほかの塞栓症には見られにくく、FESを疑うきっかけとなります。
これらの症状は、外傷や手術の24〜72時間以内に出現することが多いとされています。また、骨折部の整復や運動、移動などの操作をきっかけに症状が誘発・悪化することがあるため、骨折後の管理中に急速に呼吸状態や意識レベルが変化した場合は、脂肪塞栓症を早期に疑う必要があります。
受診する診療科目
受診すべきは救急科や整形外科ですが、症状によっては集中治療科や脳神経内科との連携も必要です。
外傷後に呼吸状態や意識状態の変化があった場合は、早急に専門的な診療を受けることが重要です。
脂肪塞栓症候群の検査・診断
診断基準
脂肪塞栓症候群(FES)の診断は、単独の検査では確定できないため、臨床症状と検査所見を総合的に評価して行います。一般的に用いられる診断基準は以下のとおりです。
Gurd and Wilsonの診断基準
- 大項目(呼吸器症状、中枢神経症状、点状出血斑)のうち1項目以上
- 小項目(頻脈、発熱、網膜出血、貧血、血小板減少、脂肪滴血症など)のうち4項目以上
これらを満たす場合にFESと診断されます。
Schonfeldの診断スコア
さまざまな症状(例:点状出血2点、頻呼吸1点、頻脈1点、発熱1点など)に点数を割り振り、合計5点以上で脂肪塞栓症候群と診断します。
Schonfeldスコアはより定量的な評価が可能なため、臨床研究や重症度評価にも用いられることがあります。
検査内容
血液検査
貧血や血小板減少は、微小血管損傷による出血傾向を示唆します。
CRPなど炎症反応の上昇は、脂肪塞栓による全身性炎症を反映しています。
Dダイマーは軽度上昇する場合があり、血栓形成との鑑別に参考となることがあります。
胸部X線・CT
発症初期には正常なこともありますが、進行すると両側びまん性浸潤影やすりガラス陰影(crazy paving pattern)が出現します。
CTでは肺血管周囲の炎症や微小塞栓像がより詳細に評価できます。
頭部MRI
拡散強調画像(DWI)で、脳内に点在する小さな高信号領域が認められる場合、FESを強く示唆します。
脳塞栓症との鑑別にも有用であり、早期診断に役立ちます。
尿検査
脂肪滴が検出されることがあり、補助的な診断根拠となります。
ただし、感度・特異度は高くないため、単独で診断はできません。
脂肪塞栓症候群の治療
脂肪塞栓症候群(FES)には、現在確立された特異的治療法は存在しません。そのため、治療の中心は支持療法(supportive therapy)となります。症状に応じて適切な全身管理を行い、自然回復を支えることが基本方針です。
基本方針
脂肪塞栓症候群では、呼吸管理、循環管理、中枢神経系の保護が三本柱になります。
特に初期対応の遅れは致命的になりうるため、症状出現時には速やかな集中治療体制が求められます。
具体的な治療内容
酸素療法
低酸素血症に対しては、すみやかに酸素投与を開始します。酸素マスク、高流量酸素療法、必要に応じて人工呼吸管理が行われます。 酸素化を維持することが最優先であり、目標SpO₂は92~96%とされます。
人工呼吸管理
重症例では、人工呼吸器管理(挿管)が必要となります。
ARDS様の病態を呈する場合には、低換気量戦略(lung protective strategy)が推奨されます。
循環管理
血管透過性亢進により血管内脱水・循環血液量減少が生じるため、適切な輸液管理が重要です。ショックに至る場合には、昇圧薬(ノルアドレナリンなど)の使用も検討されます。
抗炎症治療
一部の報告では、ステロイド(例:メチルプレドニゾロン大量療法)が脂肪塞栓症候群に有効であったとされていますが、現時点で標準治療とはされていません。ただし、重症例やARDS合併例では経験的にステロイドを使用する施設もあります。
外科的治療との関係
脂肪塞栓症候群を発症するリスクが高い多発骨折患者さんでは、骨折の早期固定(early stabilization)が重要とされています。
骨折の整復・固定により、骨髄内圧の変動を最小限に抑え、さらなる脂肪滴の血中流出を防ぐ効果が期待できます。
脂肪塞栓症候群になりやすい人・予防の方法
脂肪塞栓症候群(Fat Embolism Syndrome:FES)は特定の外傷や手術を契機として発症することが多く、患者さんの背景や受傷状況によってリスクが高まることが知られています。重症化すると呼吸不全や意識障害などを引き起こす可能性があるため、発症リスクが高い方を早期に見極めて適切な予防対策を講じることが重要です。
なりやすい人
まず、脂肪塞栓症候群が起こりやすいのは、高エネルギー外傷を受けた患者さんです。例えば交通事故や高所からの転落などによる強い衝撃は、骨折とともに広範囲の組織損傷を引き起こすため、脂肪滴が血管内に漏れ出すリスクが高くなります。
また、解剖学的な特徴として卵円孔開存(PFO)という心臓の先天的な構造異常がある方もリスクが高いとされています。これは本来閉じているはずの心房中隔に小さな孔が残存している状態で、脂肪滴が肺を経由せずに脳などの末梢動脈に直接到達するルートになりうるため、脳塞栓のリスクが高くなると考えられています。
予防の方法
脂肪塞栓症候群を予防するためには、骨折後できるだけ早期に骨の安定化を図ることが特に有効な対策です。特に大腿骨や骨盤の骨折では、外固定や牽引にとどまらず、可能であれば早期の内固定手術を行い、骨折部位から脂肪滴が血流に乗って流出するのを防ぐことが推奨されています。
関連する病気
- 長管骨骨折
- 骨盤骨折
- 軟部組織損傷
- 膵炎
参考文献
- 安水眞惟子ほか:若年女性の多発長管骨骨折術後に意識障害を伴う脂肪塞栓症候群をきたした1例 整形外科と災害外科 2024
- 簗瀬賢ほか:骨セメント移植症候群と脂肪塞栓症候群 LiSA別冊’21秋
- 宇田川和彦:重症四肢外傷における脂肪塞栓症 臨床整形外科 2021
- 井上洋一ほか:大腿骨骨幹部骨折に合併する脂肪塞栓症候群の検討 骨折 2019




