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鎌田 百合

監修医師
鎌田 百合(医師)

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千葉大学医学部卒業。血液内科を専門とし、貧血から血液悪性腫瘍まで幅広く診療。大学病院をはじめとした県内数多くの病院で多数の研修を積んだ経験を活かし、現在は医療法人鎗田病院に勤務。プライマリケアに注力し、内科・血液内科医として地域に根ざした医療を行っている。血液内科専門医、内科認定医。

メトヘモグロビン血症の概要

メトヘモグロビンとは、赤血球に含まれるヘモグロビンの構成要素である鉄イオンが酸化され、2価(Fe2+)から3価(Fe3+)に変化した状態のことを指します。メトヘモグロビンは酸素と結びつくことができず、酸素を運ぶというヘモグロビン本来の役割を果たすことができません。通常でもわずかに存在していますが、体内の酵素のはたらきによって、濃度は低く保たれています。
メトヘモグロビン血症とは、このメトヘモグロビン濃度が、1〜2%以上に増加した状態を指します。遺伝性のものと後天的に生じるものがあり、濃度が高くなるにつれて、さまざまな症状が現れるようになります。
特に濃度が高くなると、重篤な症状を引き起こす可能性があります。ただし、適切に診断され、速やかに治療されれば回復可能なケースも多いため、早期の対応が重要です。

メトヘモグロビン血症の原因

メトヘモグロビン濃度が上昇する病態は、一般に先天性(遺伝性)と後天性に分けられます。
そのなかでも、多くは後天性のケースとされています。

先天性メトヘモグロビン血症の原因

先天性メトヘモグロビン血症はまれな疾患で、大きく2つのタイプに分類されます。
1つ目は、メトヘモグロビンをヘモグロビンへ戻す還元酵素(シトクロムb5還元酵素:CYB5R3)が生まれつき欠損または機能不全を起こしているタイプです。これはCYB5R3遺伝子の変異によって生じ、常染色体潜性(劣性)遺伝形式をとります。変異の種類によって、酵素活性が低下しているⅠ型と、酵素活性が完全に失われているⅡ型に分類されます。
2つ目は、ヘモグロビンそのものの構造に異常があるタイプで、M型メトヘモグロビン血症(HbM)と呼ばれます。これは、グロビン蛋白質の1つをコードする遺伝子(HBA1やHBBなど)に変異が生じることで発症します。常染色体顕性(優性)遺伝形式をとり、家族内での発症がみられることがあります。

後天性メトヘモグロビン血症の原因

後天性の主な原因は薬剤とされています。ほかに、化学物質などの摂取によるものも知られています。
原因となる代表的な物質には、以下のようなものがあります。

  • 亜硝酸塩・硝酸塩
  • 抗がん薬:シクロホスファミド、イホスファミド、フルタミド
  • 局所麻酔薬:ベンゾカイン、リドカイン、プリロカイン
  • スルホンアミド類:スルファサラジン、スルファニルアミド、スルファチアジド、スルファピリジン
  • 抗マラリア薬:クロロキン、プリマキン
  • 抗生物質:ダプソン(ジアフェニルスルホン)、スルファメトキサゾール
  • その他:メトクロプラミド、バルプロ酸ナトリウム、フェニトイン

化学物質の実際の事例としては、日本国内では2021年に発生した水質事故が報告されています。
これは、空調設備に使用されていた防錆剤中の亜硝酸塩が、給水系の誤接続(クロスコネクション)により、新生児用ミルクの調整水に混入したことで、複数の乳児がメトヘモグロビン血症を発症したというものです。

メトヘモグロビン血症の前兆や初期症状について

メトヘモグロビンの血中濃度が上昇すると、組織の低酸素に伴う症状が出現します。
一般に、全ヘモグロビン中のメトヘモグロビンの割合(分画)が10%未満では無症状とされますが、それを超えると以下のような症状が現れることがあります。

  • 10〜30%:チアノーゼ、呼吸困難、頭痛、頻脈、ふらつき
  • 30〜50%:頻呼吸、錯乱、意識消失
  • 50〜70%:けいれん、不整脈、代謝性アシドーシス、傾眠
  • 70%以上:生命に関わるおそれ

チアノーゼとは、皮膚や唇、爪の先などが青紫色に変色する状態のことを指します。血液中の酸素が不足しているときにみられます。
また、先天性の場合はタイプごとに特徴的な症状があります。Ⅰ型では、生まれつきチアノーゼがみられ、脱力感や息切れなどの症状を経験することがあります。Ⅱ型では、生後数ヶ月は目立った異常がみられないこともありますが、次第に発達の遅れやけいれん、筋肉の異常緊張(ジストニア)など、重い神経症状が出現します。HbMの場合は、チアノーゼがみられます。
なお、先天性タイプごとの特徴的な症状に加えて、メトヘモグロビン濃度が高い場合には、上記に挙げたような全身症状がみられる場合があります。症状が現れた際は救急科や呼吸器内科を受診しましょう。

メトヘモグロビン血症の検査・診断

診断の手がかりとして、まずパルスオキシメーターによる経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)の測定があります。メトヘモグロビン血症では、SpO2が実際よりも低値を示すことが多く、一見すると低酸素状態のように見えます。
しかし、動脈血ガス分析で得られる動脈血酸素飽和度(SaO2)は正常範囲を示すことがあり、このSpO2とSaO2の乖離が診断の重要な手がかりになります。
この現象は、パルスオキシメーターの原理に関係しています。パルスオキシメーターは、660nm(赤色)と940nm(赤外)の2つの波長の光を指先に当て、それぞれの光の吸収の度合い(吸光度)から、血液中のヘモグロビンが酸素とどれくらい結びついているか(酸素飽和度)を推定しています。
酸素と結びついているかどうかで、赤色と赤外線、それぞれの光の吸収のされ方が異なるため、その比率から酸素飽和度が計算されるしくみです。

ところが、メトヘモグロビンはこの2つの波長をほぼ同程度に吸収するため、メトヘモグロビンの割合が増加すると、正確な酸素飽和度が反映されにくく、SpO2の値が実際よりも低く表示されてしまうのです。
なお、動脈血ガス分析のなかで、メトヘモグロビン濃度を直接測定することが可能です。この検査により、メトヘモグロビンの割合が高値であることが確認されれば、診断の確定につながります。
また、出現している症状に応じて、ほかの疾患を除外するために血液検査、心電図、胸部CT、頭部CT・MRI、心臓超音波検査などが実施されることもあります。

メトヘモグロビン血症の治療

後天性の場合はまず、誘引物質を除去することが大切です。原因となる薬剤がある場合には、原因薬剤を中止します。
メトヘモグロビン分画が20%〜30%を超えている、低酸素による症状がある、もともと心疾患や肺疾患がある、といった状況が、治療開始のひとつの目安になります。ただし、あくまで参考値であり、実際には出現している症状に応じて治療の必要性が判断されます。

治療としては、メチレンブルーの静脈内投与が一般的です。メチレンブルーには、酸化された3価の鉄イオンを、本来の2価に戻す作用があり、メトヘモグロビンを機能的なヘモグロビンへと還元します。
ただし、還元経路に必要な酵素であるG6PD(グルコース-6-リン酸脱水素酵素)欠損症のある方では、この還元経路がうまく働かず、溶血(赤血球の破壊)や症状の悪化を引き起こすおそれがあるため、メチレンブルーは使用できません。また、精神・神経系の疾患で使用されることがあるセロトニン作動薬を服用している場合、メチレンブルーの投与によりセロトニン症候群(興奮、発汗、発熱、けいれんなどを引き起こす重篤な副作用)が生じるリスクがあるため、服用中の薬剤については医師にすべて申告しておくことが重要です。
メチレンブルーの効果が不十分な場合や、投与が推奨されないケースでは、追加の選択肢として、アスコルビン酸(ビタミンC)が治療に使用されることもあります。さらに重症例では、血漿交換や高圧酸素療法などが検討されることもあります。

メトヘモグロビン血症になりやすい人・予防の方法

後天性メトヘモグロビン血症の多くは、薬剤の影響によって発症します。新たに使用した薬剤があり、息苦しさや顔色の悪さなど気になる症状が出現した場合には、早めに通院中の医療機関で相談するようにしましょう。
また、化学物質への予期せぬ曝露によって生じることもあります。化学物質への曝露が原因と考えられる場合には、その経緯を確認し、再発を防ぐための指導やカウンセリングを受けることも大切です。
過去にメトヘモグロビン血症を起こしたことがある方や、家族歴がある場合には、薬剤の使用や生活環境に注意を払うことが予防につながります。

関連する病気

  • 先天性メトヘモグロビン血症
  • 後天性メトヘモグロビン血症
  • グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症

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