

監修医師:
林 良典(医師)
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眼科(角膜外来)
血小板無力症の概要
私たちの体には、けがや出血をすると自然に血を止める止血機構が備わっています。この仕組みの中で、血液の成分である血小板が重要な役割を果たします。血小板は、血管が傷ついたときにその場所に集まり、血液が流れ出ないように、ふたのような役割をする細胞です。
血管が傷つくと、まずその部分から信号が出て、血小板が傷の周りに集まります。次に、血小板同士が互いにくっつき合い、血小板血栓というふたを作ります。このとき、血小板同士をくっつける接着剤のような働きをするのが、血小板表面にあるGPIIb/IIIa複合体と呼ばれるたんぱく質です。
GPIIb/IIIa複合体は、血小板がフィブリノーゲンというたんぱく質と結びつくために必要な分子です。この結びつきがきっかけとなり、血小板同士がしっかりと結合し、強固な血栓を形成します。この血栓が傷口を塞ぐことで、出血が止まります。この一連の流れがスムーズに進むことで、私たちは小さなけがをしても自然に止血することができるのです。
しかし、血小板無力症の患者さんでは、このGPIIb/IIIa複合体が十分に機能しないか、全く作られないため、血小板同士がうまくくっつくことができません。その結果、血小板血栓を作ることができず、けがや出血が続いてしまうのです。この疾患は稀で、軽い外傷や自然に発生する出血であっても止血が難しくなる特徴があります。
発症の原因は主に遺伝によるもので、両親から異常な遺伝子をそれぞれ受け継ぐことによって起こる常染色体潜性(劣性)遺伝の形式をとります。この疾患は日本国内でも極めて稀であり、100万人に1人程度の発症とされています。
血小板無力症の原因
血小板無力症の主な原因は、血小板の表面に存在するGPIIb/IIIa複合体の欠如または機能不全です。この複合体は、血液中のたんぱく質であるフィブリノーゲンなどと結びつき、血小板同士を凝集させ血栓を形成する役割を担っています。この異常は、GPIIbあるいはGPIIIa遺伝子のホモ接合性あるいは複合ヘテロ接合性変異によって生じます。これにより血小板の凝集能が失われ、患者さんは軽いけがでも出血が止まりにくくなる状態に陥ります。
また、GPIIb/IIIa複合体の構造が変化することで、血小板が外部からの刺激に反応できなくなることも知られています。さらに稀なケースとして、自己免疫反応により後天的にGPIIb/IIIa複合体に対する抗体が産生され、突発的に血小板の機能が低下する場合があります。
血小板無力症の前兆や初期症状について
血小板無力症では、最初に鼻血が止まりにくいという形で症状が現れることが多いです。頻繁に鼻血が起こり、通常よりも長時間止まらない場合、血小板無力症が疑われることがあります。また、皮膚に紫斑や点状出血が現れることもよく見られます。これらは軽い圧迫や摩擦でも簡単にできるため、日常生活の中であざが頻繁にできる状態が続くのが特徴です。
さらに、歯磨きの際に歯ぐきからの出血が頻繁に見られたり、歯科治療後、特に抜歯後に出血が長引くことも報告されています。女性患者さんの場合、月経の際に出血量が極端に多くなる月経過多や、不規則な月経周期が見られることがあり、これが診断のきっかけとなることもあります。出産時には、大量出血や帝王切開時の止血困難が起こる可能性が高く、注意が必要です。
出血は外部からの刺激だけでなく、体内で自然に発生することもあります。特に消化管や尿路からの出血が見られる場合、疾患が重篤化している可能性があります。こうした症状が疑われる場合には、早期に血液内科や小児科を受診し、専門医による診断を受けることが推奨されます。
血小板無力症の検査・診断
血小板無力症の診断には、まず血液検査が行われます。 血液検査では血小板数が正常である一方、血小板の凝集機能が低下している点が特徴的です。この結果により、血小板数が減少するほかの疾患(例:血小板減少症)と明確に区別することができます。
また、出血時間を測定する検査も重要です。この検査では、皮膚に小さな傷を作り、出血が自然に止まるまでの時間を測定します。血小板無力症では、血小板の凝集能が低下しているため、通常よりも出血時間が大きく延長することが診断の手がかりになります。
さらに、フローサイトメトリーという検査手法を用いて、血小板表面にあるGPIIb/IIIa複合体の発現を直接調べます。GPIIb/IIIa複合体が欠損または機能低下であることを確認することで、血小板無力症と他の血小板異常症を明確に区別できます。
さらに、遺伝子検査を行い、GPIIbあるいはGPIIIa遺伝子のホモ接合性あるいは複合ヘテロ接合性変異を確認することで、先天性の血小板無力症であると診断されます。場合によっては、血小板産生の異常を排除するために骨髄検査が行われることもあります。
血小板無力症の治療
血小板無力症の治療の主な目的は、出血リスクを最小限に抑え、患者さんが安全かつ快適に日常生活を送れるようにすることです。軽度の出血が起こった場合には、まず圧迫止血を試みることが基本です。これに加え、トラネキサム酸などの抗線溶療法を使用することで、血液中の血栓を溶かす働きを抑え、出血を効果的に止めることが可能です。
一方で、重度の出血や止血困難な状況では、血小板輸血が最も効果的な治療法とされています。血小板輸血は、患者さんの体内で正常に働く血小板を一時的に補い、迅速に止血を促します。しかし、繰り返し血小板輸血を行うと、患者さんの体内でGPIIb/IIIa複合体やHLA(ヒト白血球抗原)に対する同種抗体が産生されるリスクが高まります。この抗体は、輸血した血小板を攻撃してその効果を妨げるため、血小板輸血不応症という状態を引き起こします。そのため、血小板輸血は必要最低限の回数に留めることが重要です。
もし患者さんが血小板輸血不応症に陥った場合、遺伝子組換え活性型第VII因子製剤(rFVIIa)が選択肢となります。この製剤は血液凝固を促進する作用があり、血小板輸血が効果を発揮しない患者さんに対して使用されます。ただし、この治療法はすべての患者さんに適用できるわけではなく、日本国内では、血小板に対する同種抗体を保有し、現在または過去に血小板輸血不応状態が確認された患者さんという適応条件が定められています。
血小板無力症になりやすい人・予防の方法
血小板無力症は遺伝性の疾患であるため、遺伝的な素因を持つ人に発症リスクが高まります。この疾患は常染色体劣性遺伝の形式をとるため、患者さんのご両親がともに異常遺伝子を持っている場合、その子どもが発症する可能性があります。
発症を防ぐためには、妊娠前または妊娠中に行われる出生前診断が有効な手段とされています。また、遺伝子カウンセリングを通じて、リスクの有無を把握し、将来的な家族計画を立てることも重要です。
後天性の血小板無力症が稀に発症する場合もあり、これは自己免疫疾患によって血小板の機能が突然低下することで起こります。このような場合、早期に自己免疫疾患を発見し、適切に治療することが予防の鍵となります。
日常生活においては、外傷を避けることが重要です。転倒やけがを防ぐための安全対策を行い、刃物や鋭利な道具を扱う際には特に注意することが求められます。さらに、接触の激しいスポーツや出血の可能性が高い活動を控えることも推奨されます。
関連する病気
- 特発性血小板減少性紫斑病
- フォン・ヴィレブランド病
参考文献




