

監修医師:
大坂 貴史(医師)
オスラー病の概要
オスラー病とは、正式には「遺伝性出血性毛細血管拡張症(Hereditary Hemorrhagic Telangiectasia:HHT)」と呼ばれる、まれな遺伝性疾患です。この病気では、全身の血管、特に毛細血管や小さな静脈に構造的な異常が見られ、出血しやすくなるのが最大の特徴です。特に鼻の中、皮膚、消化管、肺、脳、肝臓といったさまざまな部位に、異常な血管(動静脈瘻や毛細血管拡張)が形成されることで、繰り返す鼻血や消化管出血、さらには脳梗塞や呼吸障害などの深刻な合併症を引き起こすこともあります。
この病気は19世紀末に、カナダの医師ウィリアム・オスラーが詳細に報告したことから「オスラー病」としても知られています。世界的には数万人に1人の頻度でみられ、日本では診断されていないまま過ごしている人も多いと考えられています。発症年齢や症状の出方には個人差があり、軽症で気づかれないケースもあれば、重篤な出血で命にかかわることもあります。
オスラー病の原因
オスラー病の原因は、血管の形成に関わる遺伝子の変異です。具体的には、「ENG遺伝子」や「ACVRL1遺伝子」、まれに「SMAD4遺伝子」といった、血管の構造と再生をコントロールする遺伝子に生まれつき異常があることで発症します。これらの遺伝子に異常があると、毛細血管と細い静脈の構造が通常とは異なり、非常にもろく破れやすい血管が体内に形成されてしまいます。
オスラー病は「常染色体優性遺伝」という遺伝形式をとります。これは、父または母のいずれかが病気の遺伝子を1つ持っていれば、子どもにも50%の確率で遺伝するという仕組みです。そのため、家系内に同じように鼻血が多い人や、若くして脳出血・脳梗塞を経験した人がいる場合には、遺伝性の疾患である可能性を疑うことが重要です。
また、遺伝子の異常があってもすぐに症状が出ない場合もあるため、本人が発症して初めて家族に病気の存在が分かることもあります。
オスラー病の前兆や初期症状について
最も典型的で早期にみられる症状は、繰り返す鼻血です。幼少期から10代の間に発症することが多く、鼻の中にできた小さな血管の異常(毛細血管拡張)が破れることで、突然鼻血が出て止まりにくくなることがあります。とくに就寝中や起床時に出血することが多く、繰り返すことで貧血を引き起こすこともあります。
鼻血以外にも、皮膚の表面に小さな赤い点状の斑点があらわれることがあります。これは「毛細血管拡張」と呼ばれ、特に唇、顔、指先、舌などに出やすく、時間が経つと数が増える傾向にあります。見た目にはホクロのようにも見えますが、血管の異常が原因です。
年齢が進むにつれて、内臓の血管にも異常が出てくることがあり、胃や腸から出血して黒い便が出たり、肺の血管に異常ができると息切れや呼吸困難、さらには動脈から静脈へ血液がショートカットしてしまうことで、脳に酸素の少ない血液が流れこみ、めまいや失神、脳梗塞を引き起こすこともあります。
これらの症状は一見すると別々の病気に見えるかもしれませんが、実は同じ原因で起こるため、早期にオスラー病として正しく診断することがとても重要になります。
オスラー病の検査・診断
オスラー病の診断は、まずは症状の経過や家族歴を丁寧に聴き取ることから始まります。診断の指標として、具体的には、①繰り返す鼻出血、②皮膚や粘膜の毛細血管拡張、③肺や肝臓、脳、消化管に異常な血管があること、④家族に同じ病気があること、この4項目のうち3つ以上を満たすと「確実」と診断されます。
実際の検査としては、鼻腔や皮膚の所見を観察するほか、胸部CTで肺の異常血管を調べたり、脳MRIで脳動静脈奇形の有無を確認したりします。消化管出血が疑われる場合は、胃カメラや大腸カメラで内視鏡的に検査します。
また、原因遺伝子を特定するための「遺伝子検査」も行われるようになってきています。これにより、診断の確定だけでなく、家族へのリスク評価や今後の予防的対応につなげることも可能になります。
オスラー病の治療
オスラー病を根本から治す方法はまだ確立されていませんが、症状ごとに適切な治療を行うことで、生活の質を保つことは十分可能です。まず、鼻出血に対しては止血を目的とした処置が中心となり、鼻の中の血管を焼く「レーザー治療」や「電気凝固」、場合によっては鼻の動脈を塞ぐ手術などが行われることもあります。
皮膚や粘膜の出血には、出血部位のレーザー治療や軟膏の使用で対応します。消化管出血に対しては内視鏡を使って出血点を焼いたり、出血の頻度が多い場合は鉄剤の内服や輸血が必要になることもあります。
肺や脳などの重要臓器に異常血管がある場合には、それぞれの部位に応じた専門的な治療が求められます。たとえば、肺の動静脈瘻に対してはカテーテルを使ったコイル塞栓術という治療が行われ、脳動静脈奇形には脳外科的手術が必要となるケースもあります。
近年では、VEGFという血管増殖因子の働きを抑える新しい薬(ベバシズマブなど)による治療も一部で導入されつつあり、重症例に対しては今後さらなる可能性が期待されています。
オスラー病になりやすい人・予防の方法
オスラー病は遺伝によって発症するため、生活習慣や環境だけで予防することは難しい病気です。ただし、家族内に診断された人がいる場合は、早めに専門の医療機関を受診し、必要であれば遺伝カウンセリングを受けることが大切です。遺伝子検査によって、発症していなくてもリスクがあるかどうかを知ることができます。
また、症状が出た場合にすぐに対応できるよう、日頃から自身や家族の健康状態をよく観察することも重要です。鼻血や消化管出血を繰り返す場合には、早期に専門医に相談することで、重症化を防ぐことができます。
特に肺や脳に異常血管があると、感染や手術、妊娠・出産などのイベントが引き金となって重篤な状態を引き起こすこともあるため、事前に合併症の有無を確認しておくことが命を守る上で非常に大切です。
オスラー病は、希少ではあるものの確実に存在する病気であり、近年では専門医のネットワークや患者会の活動により、診断・治療体制も整いつつあります。適切な知識と支援を受けながら生活することで、病気とともにある程度安心して暮らすことは十分可能です。




