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無脾症候群
植田 郁実

監修医師
植田 郁実(医師)

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千葉大学医学部卒業。市立豊中病院/大阪大学医学部附属病院で初期研修、淀川キリスト教病院で後期研修。現在は大阪大学医学部附属病院勤務。日本小児科学会専門医。

無脾症候群の概要

無脾症候群(むひしょうこうぐん)は、生まれつき脾臓が存在しない病気です。脾臓は、免疫機能を支える重要な臓器のひとつであり、特に細菌に対する防御に深く関係しています。

無脾症候群は、内臓の配置に異常が生じる「内臓錯位症候群(ないぞうさくいしょうこうぐん)」の一種として知られています。本来、人の内臓は左右非対称で、たとえば胃や脾臓は左側、肝臓は右側に位置しています。しかし無脾症候群では、体の左右両方が右側の特徴をもつ「右側相同」という状態になり、内臓の位置や形に異常がみられます。

無脾症候群では、心臓の構造にも異常がみられることが多く、患者さんは先天性の心疾患を高い割合で合併します。そのため、症状の多くは心臓の異常に関連したものとなり、出生直後から皮膚や粘膜が暗紫色になる「チアノーゼ」や、呼吸が速くなる、胸のあたりがへこむ、といった心不全の症状がみられます。

さらに、脾臓がないことで免疫機能が十分に働かず、重い感染症にかかりやすくなります。ときには、感染症が原因で突然死に至ることもあり、特に注意が必要です。

現時点では、無脾症候群を根本的に治療する方法は確立されていません。そのため、心臓の異常に対する外科的手術が治療の中心となり、あわせて感染症を予防するためのワクチン接種も重要な対策とされています。

無脾症候群は、およそ5,000人に1人の割合で生まれると推定されており、日本国内では患者数が100人未満と報告されています。非常にまれな疾患であり、厚生労働省の指定難病として認定されています。重い合併症を引き起こす可能性が高いため、早期に診断し、適切な予防や治療を受けることが重要です。近年では、画像診断技術の進歩により、より早い段階で無脾症候群を診断できる例も増えています。

無脾症候群の原因

無脾症候群は、胎児期に内臓の位置が決まる過程で、何らかの異常が起こることで発症すると考えられています。まれに遺伝子の異常が関係しているケースも報告されていますが、現時点では、詳しい原因や発症のしくみについてはまだ十分に解明されていません。

無脾症候群の前兆や初期症状について

無脾症候群では、特に心臓の構造異常に関連した症状が中心となります。

代表的な心臓の異常として、心臓の左右の部屋の分かれ方が不完全な「単心房」や「単心室」、心臓の弁が1つになっている「共通房室弁口」、肺に血液を送る肺動脈が狭くなったり塞がったりする「肺動脈閉鎖・狭窄」などが挙げられます。

こうした異常があると、肺に十分な血液が届かなくなり、皮膚や粘膜が暗紫色になる「チアノーゼ」という症状があらわれます。また、心臓の弁がうまく閉じないことで血液が逆流し、呼吸が速くなる、胸のあたりがへこむ、母乳やミルクをうまく飲めない、といった心不全の症状がみられることもあります。これらの症状は、出生直後からみられることが多いですが、なかには乳幼児期以降にあらわれるケースもあります。

さらに、脾臓がないため免疫の働きが弱まり、感染症にかかりやすくなる点も特徴です。とくに肺炎球菌やインフルエンザ桿菌などの細菌に感染すると、髄膜炎や敗血症といった重い病気を引き起こしやすくなります。髄膜炎や敗血症では、発熱、頭痛、嘔吐、心拍数や呼吸数の増加、けいれん、意識障害などの症状があらわれ、重症化すると命に関わることがあります。

そのほか、無脾症候群では消化管の異常を合併することもあり、これにより腸閉塞や胆道閉塞が起こることもあります。

無脾症候群の検査・診断

無脾症候群は、画像検査や血液検査などの結果をもとに診断されます。とくに画像検査は診断において重要な役割を担っており、脾臓の有無や内臓の位置は、腹部超音波検査、CT、MRIなどを用いて確認されます。

心臓や血管の異常が疑われる場合には、心エコー検査や造影CTが行われます。これにより、心臓の部屋の数や構造、弁の状態、血液の流れなどを詳しく調べることが可能です。

また、脾臓がない場合は、血液検査で「ハウエル・ジョリー小体」と呼ばれる特徴的な赤血球が確認されることがあります。これは、脾臓が正常に機能していない、あるいは存在しないことを示す重要な手がかりとなります。

これらの検査結果を総合的に判断することで、脾臓の有無だけでなく、心臓や内臓の構造的な特徴が明らかになり、無脾症候群の診断につながります。

また、出生前の検査として胎児超音波検査(胎児エコー)を行うことで、胎児期に脾臓の有無や心臓の構造異常、その他の内臓異常を発見できる場合もあります。

無脾症候群の治療

現時点では、無脾症候群そのものに対する根本的な治療法は確立されていません。そのため、治療の中心は合併する心臓の異常に対する治療となります。

一般的には、成長段階に応じて複数回の心臓手術が行われ、最終的にはひとつの心室で全身の血液循環を担うことができるように、「フォンタン手術」と呼ばれる手術の実施を目指します。

具体的には、新生児期から乳児期にかけて「体肺シャント手術」「両方向性グレン手術」などが、フォンタン手術の前段階の手術としておこなわれます。ただし、手術の種類や時期の選択は患者さんの状態によっても異なるため、治療方針は個々の患者さんの状態に合わせて慎重に検討されます。

いずれの段階の手術も容易ではありませんが、フォンタン手術までおこなうことができれば、患者さんの生活の質や生命予後の大きな改善が期待できるとされています。

ただし、無脾症候群では脾臓がないことで重篤な細菌感染症を起こしやすくなるため、ヒブワクチンや小児肺炎球菌ワクチンなどの予防接種が重要です。感染症の兆候がみられた場合には、速やかに医療機関を受診し、早期に治療を開始する必要があります。

無脾症候群になりやすい人・予防の方法

無脾症候群の発症に関与する明確な環境や要因は、現時点で明らかになっていません。一部では、遺伝子の異常が関係している可能性が示唆されていますが、家族内で無脾症候群を発症するケースはまれです。

一般的な先天性心疾患と同様に、無脾症候群と診断された人では先天性疾患のある子どもが生まれる可能性はやや高くなりますが、必ずしも無脾症候群を発症するとは限りません。

無脾症候群そのものを完全に予防する方法は確立されていませんが、妊娠中に胎児の状態を詳しく調べることで、出生前に心臓の異常などを発見できる可能性があります。妊婦健診を定期的に受診し、必要に応じて胎児超音波検査(胎児エコー)を受けることが、早期発見につながります。

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