

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
目次 -INDEX-
グルカゴノーマの概要
グルカゴノーマは、膵臓に存在するα細胞から発生する神経内分泌腫瘍です。グルカゴンというホルモンが過剰に分泌されることで、特徴的な症状を引き起こします。
グルカゴンは血糖値を上昇させますが、過剰になると糖尿病のような高血糖状態や皮膚症状を引き起こすことがあります。
代表的な皮膚症状は、壊死性遊走性紅斑(necrolytic migratory erythema:NME)と呼ばれる発疹やびらんです。また高血糖症状として、多尿・口渇・体重減少・消化器症状などがあります。
好発年齢は40〜70歳であり、やや女性に多いのが特徴です。小児期の発症は極めてまれです。
グルカゴノーマは一般的に進行が緩やかですが、診断が遅れると転移のリスクが高まります。治療が難しくなることもあるため、早期発見と適切な治療が重要です。
グルカゴノーマの原因
グルカゴノーマの正確な原因は明らかではありません。
示唆されている原因の一つは、遺伝的要因です。遺伝子の一つである、多発性内分泌腫瘍1型(MEN1)との関連が指摘されています。MEN1遺伝子の変異がある場合、グルカゴノーマを発症しやすいと考えられています。
グルカゴンを作っている膵臓のα細胞が異常に増え、腫瘍ができることも、グルカゴン過剰分泌の原因の一つです。
このほか、膵臓に慢性的な炎症がある方や、生活習慣(食生活の乱れやストレスなど)が影響する可能性も指摘されています。リスクを減らすためには、定期的な健康診断を受けたり、生活習慣を整えたりすることが大切です。
グルカゴノーマの前兆や初期症状について
グルカゴノーマの前兆や初期症状として、以下が挙げられます。
- 皮膚の異常(壊死性遊走性紅斑:NME)
- 急激な体重減少
- 糖尿病のような症状
- 消化器症状
- 口内炎や舌の炎症
このうちよくみられるのは、糖尿病のような症状(30〜90%)と急激な体重減少(60〜90%)です。壊死性遊走性紅斑(55〜90%)がみられる場合は強く疑います。
続いて、一つひとつみていきましょう。
皮膚の異常(壊死性遊走性紅斑:NME)
グルカゴノーマの特徴的な症状として、壊死性遊走性紅斑(NME)があります。皮膚に赤みや水ぶくれができ、時間が経つとびらん(ただれ)が生じるのが特徴です。特に足や腹部、顔面などに現れやすく、かゆみや痛みを伴うこともあります。
急激な体重減少
食欲があるにも関わらず、短期間で急激に体重が減ることがあります。これは、グルカゴンの影響で代謝が異常に活発になり、エネルギーが急速に消費されてしまうためです。
糖尿病のような症状
グルカゴンは血糖値を上昇させるホルモンであり、分泌量が増えると糖尿病と似た症状が現れます。具体的には、次のような症状がみられます。
- 口が渇き水をたくさん飲む
- トイレが近くなる(多尿)
- 疲れやすさ、だるさを感じる
糖尿病と診断されても、一般的な治療では血糖値が下がりにくいことが特徴です。
消化器症状
腸の働きが乱れることで、下痢・腹痛・吐き気などの消化器症状が現れることがあります。
口内炎や舌の炎症
口の中の粘膜が弱くなり、口内炎や舌の炎症を繰り返しやすくなります。食べ物がしみる、痛くて食事がしづらいなどの症状がある場合は注意が必要です。
受診すべき診療科
これらの症状が現れた場合、まず内科または内分泌科を受診することが推奨されます。糖尿病の症状が強い場合は、糖尿病内科の受診も検討するとよいでしょう。また、皮膚症状が顕著な場合は皮膚科を受診するのも有効です。
グルカゴノーマの検査・診断
グルカゴノーマの診断には、以下の検査が用いられます。
| 血液検査 | 血中グルカゴン濃度を測定し、異常な高値を示すか確認する |
| 糖代謝検査 | 空腹時血糖値やHbA1cを測定し、高血糖の有無を調べる |
| 画像診断 | CT・MRI・PET-CTにより、膵臓に腫瘍があるかを評価する |
| 生検 | 腫瘍の一部を採取し、顕微鏡で詳しく調べる |
早期発見のためには、上記の検査を組み合わせて正確な診断を行うことが重要です。
グルカゴノーマの治療
グルカゴノーマの治療には、以下の方法があります。
- 外科手術
- 薬物療法
- 化学療法
- 放射線療法
患者さんの状態や進行度に応じて、適切な治療が選択されます。それぞれについて、詳しく解説します。
外科手術
腫瘍が膵臓に限局しており、完全切除が可能な場合は、外科手術が第一選択となります。
代表的な術式として以下の2つです。
- 膵部分切除術:腫瘍が膵臓の一部に限局している場合
- 膵頭十二指腸切除術:腫瘍が膵頭部に存在する場合
手術の目的は、腫瘍を完全に除去し、グルカゴンの過剰分泌を抑制することです。ただし、腫瘍が周囲の臓器や血管に浸潤している場合、完全切除が困難なこともあります。その場合は腫瘍を部分的に切除する手術が選択されることがあります。
手術後の合併症として考えられるのは、膵液漏・胆汁漏・腹腔内出血・消化管出血・感染症などです。手術の適応については、事前に詳細な検査を行い、慎重に判断する必要があります。
薬物療法
腫瘍の完全切除が困難な場合や、手術後の症状コントロールを目的として、ホルモンの分泌を抑制する薬物療法が行われます。以下に代表的な薬剤を紹介します。
ソマトスタチンアナログ製剤
ソマトスタチンのアナログ製剤(似た性質をもつ薬剤)として、オクトレオチドやランレオチドがあります。これらの薬剤はグルカゴンの分泌を抑制する作用をもち、高血糖や皮膚症状の改善に有効です。
副作用として、胆石症・胃部不快感・下痢・腹痛などが報告されています。
糖尿病治療薬
グルカゴノーマに伴う高血糖に対しては、血糖値の上昇を抑える糖尿病治療薬が併用されることがあります。
化学療法
腫瘍が進行し、遠隔転移を伴う場合には、抗がん剤による化学療法が行われます。使用される主な薬剤として、以下が挙げられます。
ストレプトゾトシン
膵臓の神経内分泌腫瘍に効果があり、細胞障害作用をもつ
エベロリムス
mTOR阻害薬であり、腫瘍の増殖を抑制する効果がある
化学療法の副作用として、吐き気・倦怠感、腎機能障害などがあります。治療中は慎重な経過観察が必要です。
放射性核種標識ペプチド療法(Peptide receptor radionuclide therapy:PRRT)
放射線を用いて腫瘍の増殖を抑制する治療法も選択肢の一つです。放射線を用いた治療の一つに放射性核種標識ペプチド療法(PRRT)があります。
神経内分泌腫瘍(NET)に多く見られる受容体に結合するペプチドに、放射性物質を付加した薬剤を投与し、体内から腫瘍に放射線を照射する治療法です。
放射線療法の副作用には、皮膚炎・消化器症状・倦怠感などがあります。これらの症状に注意して観察することが重要です。
グルカゴノーマになりやすい人・予防の方法
本章では、グルカゴノーマになりやすい方の特徴と予防方法について解説します。
グルカゴノーマになりやすい方
グルカゴノーマの発症リスクが高いとされるのは、以下の方です。
- MEN1遺伝子変異をもつ方
- 家族に内分泌腫瘍の病歴がある方
- 慢性的な膵臓の炎症をもつ方
グルカゴノーマを予防する方法
予防のためには、以下の点に注意するとよいでしょう。
- 定期的な健康診断を受ける
- バランスの取れた食生活
- 喫煙や飲酒習慣の見直し
- ストレス管理
定期的な健康診断を受ける
血糖値やホルモンバランスの異常を早期に発見することが重要です。定期的な健康診断では、血液検査や尿検査などが行われ、血糖値・HbA1c・グルカゴンなどのホルモン値が測定されます。
特に、MEN1遺伝子変異をもつ方は、定期的なスクリーニング検査を受けましょう。早期発見し、早期に治療開始することで、グルカゴノーマの進行を抑えられます。
バランスの取れた食生活
バランスの取れた食生活は、膵臓の健やかな状態を維持し、グルカゴノーマのリスクを低減するために重要です。
過度な糖質摂取は、血糖値の急激な上昇を引き起こし、膵臓に負担をかけます。そのため、白米・パン・麺類などの炭水化物の摂取量を控えましょう。野菜・果物・豆類などの、食物繊維を多く含む食品を積極的に摂取することがおすすめです。
また加工食品やインスタント食品は、糖質・脂質・添加物が多く含まれるため、摂取量を控えましょう。
喫煙や飲酒習慣の見直し
喫煙やアルコールの摂取は、慢性膵炎の原因になりやすいといわれています。これらの習慣を見直すことで、膵臓への負担を減らし、グルカゴノーマの発症リスク低減につながるでしょう。
ストレス管理
過剰なストレスは、膵臓の機能にも影響を与え、グルカゴノーマのリスクを高める可能性があります。そのため、日頃からストレスを溜め込まないように、適切なストレス管理を行うことが重要です。
適度な運動は、ストレス解消に効果的であり、心身のリフレッシュにもつながります。例えば、ウォーキング・ジョギング・水泳などの有酸素運動を週に数回行うことが推奨されます。
また十分な睡眠時間を確保し、質の高い睡眠をとることもストレス管理に重要です。趣味に没頭する時間やリラックスできる時間を持ち、家族や友人とのコミュニケーションを大切にすることも、ストレス管理に役立つでしょう。
関連する病気
- 膵臓癌
- 高血糖
- 皮膚の発疹
参考文献




