作家・佐々涼子さん「悪性脳腫瘍」で逝去 良性・悪性の違いや前兆となる“4つの初期症状”を医師が解説
悪性脳腫瘍のため、ノンフィクション作家の佐々涼子さんが、9月1日(日)に亡くなったと報じられています。56歳でした。「エンジェルフライト」や「エンド・オブ・ライフ」などの作品で広く知られていました。佐々さんの訃報に際して、脳腫瘍の悪性・良性の違いや初期症状などについて、医師の村上先生に解説してもらいました。
※この記事はMedical DOCにて【「脳腫瘍の前兆となる4つの初期症状」はご存知ですか?原因も医師が解説!】と題して公開した記事を再編集して配信しており、内容はその取材時のものです。
監修医師:
村上 友太(東京予防クリニック)
脳神経外科専門医、脳卒中専門医、抗加齢医学専門医。日本認知症学会、日本内科学会などの各会員。
目次 -INDEX-
「脳腫瘍」とは?
脳腫瘍と聞くと、怖い病気であるというイメージをお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。しかし、日々診断治療技術も進歩しており、適切な治療によって社会復帰される方もいらっしゃいます。
脳腫瘍は、頭蓋内(つまり頭蓋骨の内側)に発生する腫瘍の総称です。そのため、脳の細胞・組織だけでなく、脳を包む膜(髄膜・硬膜)や脳に出入りする神経など、頭蓋内のさまざまな部分に発生する腫瘍はすべて含めて脳腫瘍に含まれます。
脳腫瘍は、毎年約10万人に10人の割合で発生すると言われています。
ひと口に脳腫瘍と言っても非常に多くの種類があるので、総論的な説明になってしまいますが、今回は脳腫瘍の症状を中心に説明いたします。
脳腫瘍の種類
脳腫瘍は大まかに原発性脳腫瘍と転移性脳腫瘍とに分けられます。
原発性脳腫瘍とは脳の細胞や神経・脳を包む膜などから発生する腫瘍のことで、転移性腫瘍とは肺がんや乳がんなど身体の他の部分でできた腫瘍細胞が脳に転移した腫瘍のことを指します。
脳腫瘍は多くの種類があることが特徴で、150種類程度に分類されます。これらの腫瘍には細胞の悪性度によって良性脳腫瘍と悪性脳腫瘍に分かれます。
一般的に、良性脳腫瘍はゆっくりと大きくなる腫瘍で、正常な脳組織と境界がわかりやすいことが特徴ですが、悪性脳腫瘍は急速に大きくなり周りの正常な組織との境界が不明瞭です。また、悪性脳腫瘍の場合には腫瘍が大きくなることに伴って周りの正常な脳組織にダメージを与えて症状の悪化をもたらすこともあります。転移性脳腫瘍は悪性脳腫瘍の一つに分類されますが、原発性脳腫瘍には良性のものも悪性のものもあります。なお、細胞の悪性度によって良性と悪性とを分類していますが、治療を行う上では、腫瘍が発生した場所によっては、良性の脳腫瘍であっても治療することが難しいというケースもあります。
脳腫瘍は脳神経外科が専門診療科になるので、脳腫瘍を指摘された場合には脳神経外科を受診し、病気に関する疑問点を確認するようにしましょう。
原発性脳腫瘍
原発性脳腫瘍は、脳の細胞や神経、脳を包む膜などから発生した腫瘍のことです。
脳の細胞から発生するものは脳実質内腫瘍といい、脳神経や脳を包む膜から発生するものを脳実質外腫瘍といわれます。
脳実質内腫瘍には、グリオーマ(神経膠腫)や脳悪性リンパ腫などがあります。
脳実質外腫瘍には、脳を包む膜(髄膜)にできる髄膜腫や、脳から出る神経にできる神経鞘腫、下垂体というホルモン分泌臓器にできる下垂体腺腫などがあります。
発生頻度の高いものから、神経膠腫、髄膜腫、下垂体腺腫、神経鞘腫があり、これらの4種類の腫瘍で脳腫瘍全体の80%程度を占めます。
15歳未満の小児期でも原発性脳腫瘍は発生します。成人例と異なり、星細胞腫、胚細胞性ら腫瘍、髄芽腫、頭蓋咽頭腫、上衣腫などの腫瘍の発生頻度が高いという特徴があります。
転移性脳腫瘍
転移性脳腫瘍は、体内の他臓器のがんが脳に転移した腫瘍で、脳腫瘍の17%程度を占めます。進行がんの10~40%に合併し、肺がんや乳がん、消化器がんからの転移性の腫瘍が多く見られます。
何らかのがん治療を行なっていた際に脳腫瘍の症状が出現し脳転移が見つかることもあれば、まず脳腫瘍が見つかり手術で摘出したのちに病理検査によってそれが身体の他の臓器のがんであることが判明することもあります。
脳腫瘍の前兆となる初期症状
脳腫瘍は初期段階の小さな病変であるうちは、何かの症状が現れることはほとんどありません。ある程度の大きさまで成長して初めてさまざまな症状がみられます。
腫瘍が大きくなると周囲の正常な脳組織を圧迫して脳浮腫(むくみ)を引き起こしている場合が多く、多彩な症状が現れます。
主な脳腫瘍の症状は頭蓋内圧亢進症状と脳局所症状、けいれん発作です。
これらの症状が進行するスピードは発生した腫瘍の悪性度と関連することが多く、特に悪性腫瘍の場合には症状が現れるとその後急激に悪化することもあります。
気になる症状があったら、まずは早めに脳神経外科や脳神経内科を受診し、頭部MRI検査を受けることが勧められます。
頭痛・嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状
脳は頭蓋骨や髄膜・硬膜によって密閉された状態が保たれているために、腫瘍自体の体積が増大することで頭蓋内圧が強まります。
頭蓋内圧が徐々に高まっていくと頭痛や嘔吐、眼底が腫れること(うっ血乳頭)による視力低下などが現れます。
頭痛は起床時に起こることが多く、急な嘔吐などが多く見られることが特徴です。視力障害は初期段階ではほとんど自覚はありませんが、一時的な視力障害を繰り返すことで見つかることがあります。頭蓋内圧が高まった状態が続くと失明することもあります。
麻痺症状などの脳局所症状
脳局所症状とは、腫瘍の発生した場所や、腫瘍によって圧迫された場所の脳組織がダメージを受けることで発症する症状です。手足の筋力低下(麻痺)、しびれなどの感覚障害、喋りづらい(言語障害)、記憶力・認知機能の低下、めまいやふらつきなど、さまざまな症状が現れる可能性があります。
ホルモン分泌異常や視力・視野障害
これも脳局所症状に含まれますが、脳内にあるホルモン臓器に脳腫瘍が発生するとホルモン分泌異常や視力・視野障害が起こります。
例えば、脳下垂体部の腫瘍では、腫瘍が大きくなることで視神経を圧迫して視力の低下や視野が狭くなる症状が起こったり、ホルモン分泌異常による全身へのさまざまな症状が見られたりすることがあります。
視力や視野の症状は放置すると失明する可能性があるため、早めに治療をしなければいけません。ホルモン分泌異常は、成長ホルモン産生腫瘍、プロラクチン産生腫瘍、副腎皮質刺激ホルモン産生腫瘍などによって引き起こされます。成長ホルモン産生腫瘍では、額、顎、唇、舌、手足などが大きくなる先端巨大症を発症し、高血圧や高血糖を引き起こすことから放置すると寿命が短くなると言われています。プロラクチン産生腫瘍では、月経異常、乳汁分泌不全、性機能低下などの症状が現れます。副腎皮質刺激ホルモン産生腫瘍は、顔が丸くなる満月様顔貌、胸や腹部が太くなる中心性肥満などを特徴とするクッシング病を発症します。
また、頻度は少ないのですが、松果体部の腫瘍では、上を見ることができない症状(上方注視麻痺)やダブって見える症状(複視)が見られます。
てんかん・けいれん発作
脳内に腫瘍が発生すると、けいれん発作を起こすことがあります。特に、脳浮腫が強く頭蓋内圧がとても高まり、意識を失ったりけいれんが出現したりする場合は治療を急ぐ必要があります。
けいれんは、手足のガクガクブルブルといった震える症状だけをさすものではありません。急にことばが出なくなること、急に笑ったり舌を動かしたりするような顔の動き、意識を失うことなど、さまざまな症状も見られます。けいれん発作を繰り返すものをてんかんと言いますが、脳腫瘍が発生した部位に関係なく起こる可能性のある特徴的な症状といえます。
大人になってから初めてけいれん発作があれば、脳腫瘍を疑って頭部画像検査を行うことが勧められます。
脳腫瘍の主な原因
転移性脳腫瘍は、全身にできたがんが転移して発症し、最も多い原発がんは肺がんです。
原発性脳腫瘍の多くは、さまざまな研究がされておりますが発生する原因は明らかになっていません。なかには、原因遺伝子が特定されている遺伝性腫瘍という珍しい脳腫瘍や、放射線治療後に発症する脳腫瘍もあります。
遺伝的な要因
脳腫瘍の発生には遺伝子異常が関係しているといわれています。この遺伝子異常の多くは、腫瘍組織だけに生じた突然変異と考えられていることから家族内で遺伝することはありません。
しかし、一部の脳腫瘍では特徴的な遺伝子異常が確認されており、家族内での遺伝していくことが知られています。この遺伝性(家族性)腫瘍の代表疾患は、神経線維腫症(NF1、NF2 (merlin)、SMARCB1の変異)、フォンヒッペルリンドー病(VHL遺伝子の変異)、結節性硬化症(TSC1 (hamartin)、TSC2 (tuberin)の変異)です。
遺伝性脳腫瘍の多くは良性腫瘍ですが、悪性の性質を示すものもあります。また、基本的な治療は手術ですが、多発性に腫瘍が発生することや他臓器の腫瘍を合併することも多く、治療する機会が多くなってしまうこともあります。
過去の放射線治療歴
過去に何らかの病気に対して頭部への放射線治療を受けた後、10年以上経過してからその放射線照射部位の領域に腫瘍が発生することが多く報告されています。これは放射線誘発性脳腫瘍と呼ばれるものですが、放射線照射によって正常細胞の遺伝子がダメージを受けることで腫瘍が発生していると考えられています。
その他、生活習慣に関する原因候補
さまざまな疫学調査の結果から、いくつかの生活習慣が脳腫瘍の発生リスクをあげる候補として報告されています。
例えば、未治療の虫歯が3本以上ある、過度に炭酸飲料や砂糖を摂取する、生野菜を摂取しない、コーヒーを多量に摂取する(1日7杯以上)場合には、脳腫瘍の発生が多いという報告があります。
これらは脳腫瘍のリスク因子として確立されたものではありませんが、生活習慣の改善は脳腫瘍に限らず疾病予防につながるので見直すことは重要です。
すぐに病院へ行くべき「脳腫瘍の初期症状」
ここまでは脳腫瘍の初期症状を紹介してきました。
以下のような症状がみられる際にはすぐに病院に受診しましょう。
頭痛や嘔吐を繰り返す、目が見えない、けいれんの症状がる場合は、脳神経外科へ
前述したように、脳腫瘍は初期段階では症状はほとんど見られず、ある程度の大きさまで成長してからさまざまな症状を引き起こします。つまり、何らかの症状がある段階で、その原因が脳腫瘍であれば、すぐに治療を開始しないといけない状態であることがほとんどです。
放置すると命に関わるような病状であることも多く、すぐに脳神経外科への受診をお勧めいたします。
受診・予防の目安となる「脳腫瘍の初期症状」のセルフチェック法
- ・起床時に頭痛症状がある、嘔吐を繰り返す、目が見えない症状がある場合
- ・意識を失ったり、けいれんを起こしたりする場合
- ・顔の骨格が変化したり手足が大きくなったりした場合
脳腫瘍を予防する方法
発症の原因はわからないことが多いため、現時点では脳腫瘍を予防する方法は確立されていません。
一般的にがん・腫瘍を予防するには、禁煙、栄養バランスの良い食事、運動、適正な体形の維持、感染予防などが有効であるため、これを実践する以外に方法はないかと思います。
なお、脳ドックは症状が現れないような初期段階で脳腫瘍を見つけることができるため、早期からの適切な治療介入につながりますが、予防方法の一つという位置付けではありません。
「脳腫瘍の初期症状」についてよくある質問
ここまで脳腫瘍の初期症状などを紹介しました。ここでは「脳腫瘍の初期症状」についてよくある質問に、Medical DOC監修医がお答えします。
脳腫瘍を発症すると目にどのような初期症状が現れますか?
村上 友太(むらかみ ゆうた)医師
目の症状は腫瘍の種類によって異なります。必ずしも初期に目の症状を自覚するとは限りませんが、代表的な症状の一部を紹介します。
下垂体腺腫では両側の外側の視野が見えにくくなる症状(両耳側半盲)が見られることがあります。また、脳幹部の腫瘍では、目の動きが悪くなりダブって見える症状(複視)や眼球が縦あるいは横に揺れる症状(眼振)などが出現することがあります。
脳腫瘍の初期症状に物忘れはありますか?
村上 友太(むらかみ ゆうた)医師
記憶・認知機能に関する脳領域に脳腫瘍が発生したり、脳腫瘍の増大に伴ってむくみを生じたりすると物忘れ症状も出現する可能性があります。
脳腫瘍の初期症状は小児と成人で異なりますか?
村上 友太(むらかみ ゆうた)医師
脳腫瘍の主な症状は、小児も成人も頭蓋内圧亢進症状や脳局所症状、けいれん発作であり同様です。成人の場合には大脳に脳腫瘍ができることが多いために脳局所症状が出やすくなります。一方で、小児の場合には半数以上が脳幹部や小脳に脳腫瘍ができるために脳脊髄液という頭の中にある液体の流れが悪くなり頭蓋内圧亢進症状が出やすくなるという違いがあります。
また、乳幼児期の場合には、頭囲の拡大によって頭蓋内圧亢進症状が軽減されてしまうことや、自覚症状をうまく表現することができないことなどによって発見が遅れてしまうことがあることも小児の脳腫瘍の特徴の一つです。
脳腫瘍の罹患率が多くなるのは何歳以上からですか?
村上 友太(むらかみ ゆうた)医師
好発年齢は脳腫瘍の種類によって異なりますが、脳腫瘍全体では50歳前後の成人に多く発症すると言われています。
編集部まとめ
脳腫瘍は、原発性脳腫瘍(脳の細胞や神経・脳を包む膜などから発生する腫瘍)と転移性腫瘍(身体の他の部分でできた腫瘍細胞が脳に転移した腫瘍)とに分類されます。良性腫瘍も悪性腫瘍もどちらもあり、腫瘍の発生した部位によってさまざまな症状が出現します。
脳腫瘍の原因の多くは分かっておらず、確立された予防法はありませんが、他のがん病変と同じように、健康的な生活習慣や適切な栄養摂取などが重要です。
腫瘍がある程度成長した段階で脳腫瘍の初期症状は出現するため、その症状の原因が脳腫瘍であるならば、早めに治療を開始するに越したことはありません。起床時の頭痛や嘔吐を繰り返している、あるいは、視力障害やけいれんなどの症状が現れたなどの場合、早めに医療機関を受診するようにしてください。