監修医師:
伊藤 喜介(医師)
ヒルシュスプルング病の概要
ヒルシュスプルング病とは、腸内の一部またはすべてにおいて食べ物などを運ぶための蠕動運動を制御する神経節細胞が生まれつきないことで、腸の通過障害を起こし、腸閉塞や重度の便秘症となる病気です。
消化管の神経節細胞は胎齢5週から12週頃に、食道の口側から始まり、胃→小腸→大腸→肛門というように順に発生していきます。このとき、何らかの異常が起こり、途中で神経節細胞の分布が止まってしまうことで病気を呈します。
神経節細胞が欠如する範囲として、80%程度は肛門からS状結腸程度となりますが、まれに全大腸、あるいは小腸にわたる広範囲となる場合もあります。病変の範囲は生まれつき決まっているため、生後に範囲が広がることはありません。
発症の頻度としては5000~7000人に1人程度であり、発生男女比は3~4:1と男児に多く発生しています。
大腸全体、あるいは小腸にまで病変が及ぶ場合は難病指定疾患となるため、医療費補助の申請が可能となります。
ヒルシュスプルング病の原因
ヒルシュスプルング病の原因は、遺伝によるものと原因不明のものに分けられます。遺伝によるものを「家族性ヒルシュスプルング病」、原因不明のものを「孤立性ヒルシュスプルング病」と呼びます。
遺伝的にヒルシュスプルング病を発症する原因のひとつとして、RET(レット)遺伝子の変異がわかっています。神経節細胞が発生する段階で、RET遺伝子に変異がある場合、神経節細胞の発生が止まってしまうことが研究で分かっています。
また、ダウン症候群(21トリソミー)との関連があることがわかっており、全ヒルシュスプルング病患者の2-10%程度となっています。逆に、ダウン症候群患者の約0.6-3.0%にヒルシュスプルング病が認められます。
ヒルシュスプルング病の前兆や初期症状について
下記にヒルシュスプルング病の症状について時期を分けて説明していきます。症状からヒルシュスプルング病を疑った場合には小児科あるいは小児外科を受診することがすすめられます。
生後直後から早期にみられる症状
ヒルシュスプルング病の症状の中で生後直後~早期には次のような症状が見られます。
胎便排泄遅延
正常では生後24時間以内に見られる排便がなくなります。
腹部が張っている
便が出ないため腹部は張り気味となります。
嘔吐
胆汁性の緑色の嘔吐がみられます。
これらの症状は小腸閉鎖症でも発生する症状となりますので、症状が見られた場合には鑑別が必要となります。
成長するにつれてみられる症状
神経節細胞が欠如した腸管が比較的短い患者さんでは生後すぐの症状が現れない場合があります。そのような場合には重度の便秘が原因でヒルシュスプルング病を疑うこともあります。
通常、乳児は1日に数回の排便がありますが、ヒルシュスプルング病の場合には便がでないこともあります。さらに、離乳食が始まるとより顕著な便秘症状を呈します。2歳前後に起こる重度な便秘によって診断される症例もあります。
ヒルシュスプルング病の検査・診断
症状からヒルシュスプルング病を疑った場合には次のような検査を行い確定診断をします。
注腸造影検査
肛門からバリウムのような造影剤を注入しながらレントゲン撮影を行う検査です。神経節細胞が欠如した腸管は広がりが悪く細くなるため、腸の太さを確認することで病変の範囲を確認することができます。
直腸肛門内圧測定
正常な人では、便が直腸にたまり直腸の壁を圧迫すると、内肛門括約筋が緩み、肛門管が開くという直腸肛門反射が起こります。ヒルシュスプルング病の場合にはこの反射が欠如します。
検査ではまず、直腸を膨らませるバルーンと外肛門括約筋の圧力を測定するための圧力計を肛門から挿入します。正常な場合には、バルーンを膨らませると、外肛門括約筋が緩み肛門の圧力が下がり、しばらくすると圧力は元に戻ります。ヒルシュスプルング病では、バルーンを膨らましても外肛門括約筋の圧力に変化がみられないため、これを確認します。
直腸生検
ヒルシュスプルング病の確定診断には、組織学的に遠位直腸における腸管神経節細胞の欠如を確認することが必要となります。直腸の組織を採取するために、全身麻酔なしに安全に採取できる直腸粘膜・粘膜下層の吸引生検をおこないます。
採取した組織を顕微鏡で観察し、粘膜下層に神経節細胞がみられないことを確認し確定診断となります。
ヒルシュスプルング病の治療
ヒルシュスプルング病に対しては内科的治療は存在せず、手術を要します。手術のアプローチとしては以前は開腹手術がほとんどでしたが、現在は腹腔鏡下手術や経肛門手術といった低侵襲な手術を選択することが多くなりました。
手術の内容としては①神経節細胞が欠如した腸管を切除する②切除した口側の腸管と肛門とをつなぎ合わせることとなります。
特に、確実に神経節細胞が欠如した腸管をすべて切除していることを確認するために、手術中に切除した腸管の組織を確認する必要があります。
術後の経過としては、排便機能の回復は人それぞれとなり、下痢となる場合も便秘となる場合も存在します。排便機能が落ち着くまで、座薬や浣腸を用いながら経過を見ていく必要があります。
手術の方法としてはスウェンソン(Swenson)法とソアベ(Soave)法の2つがありますので、それぞれの内容について説明していきます。
スウェンソン(Swenson)法
神経節細胞がない腸管をすべて切除したあとに、口側の正常な腸管と肛門管をつなげる手術方法です。神経節細胞のない腸管をすべて切除することができるメリットがあります。
一方で、子供の小さい骨盤内での操作は膀胱や周囲の神経などを損傷する可能性があるというデメリットもあります。腹腔鏡下手術では拡大視効果があり神経損傷のリスクを軽減できるため、近年では比較的安全に手術を行うことができます。
ソアベ(Soave)法
神経節細胞がない直腸を一部分残して腸管を切除します。このときに残す腸管は、内側の粘膜部分だけ切り取るようにします。残した腸管の内側に口側の正常な腸管を挿入するようにしてつなぎ合わせる方法となります。
この方法では骨盤内の腸管に触れる必要がありませんので、神経損傷を回避することができるメリットがあります。
一方で、神経節細胞がなく動かない腸管の筋層を残さなければならないというデメリットもあります。また、動かない筋層を残すことが狭窄や腸炎の原因になる場合もあります。
ヒルシュスプルング病になりやすい人・予防の方法
ヒルシュスプルング病になりやすい人としては家族歴がある場合や、ダウン症、先天性心疾患などの先天性異常を伴う子どもになります。いずれにしても、ヒルシュスプルング病の予防の方法は存在しません。また、生活習慣等によって治癒することもありませんので、生後から成長の状態をみながら過度な便秘で困る場合には早期の病院受診が勧められます。
参考文献
- 医学書院 専門医のための消化器病学 第3版
- ヒルシュスプルング病類縁疾患診療ガイドライン