監修医師:
高宮 新之介(医師)
大動脈解離の概要
大動脈解離は、心臓から全身に血液を送る大動脈の壁が裂けてしまう重大な疾患です。
大動脈は、体内で最も大きな動脈であり、心臓から血液を送り出す重要な役割を果たしています。
この大動脈の壁は、内膜、中膜、外膜の三層構造になっています。
通常、これらの層は互いに密接に結びついており、丈夫な構造を形成しています。
しかし、何らかの原因で内膜に亀裂が入ると、そこから血液が中膜に流れ込み、中膜と外膜の間に新しい血流の道「偽腔」が形成されます。
この偽腔の拡大によって大動脈の壁が引き裂かれ、場合によっては外膜が破裂することがあります。
中高年の男性に多く見られ、特に50歳から70歳の間に発症することが多いとされています。
しかし、高血圧や動脈硬化、遺伝的な要因がある場合には、若年層でも発症するリスクがあります。
近年では、画像診断技術の進歩により、早期に診断がつくことが増えていますが、発症初期の症状が非特異的であるため、見逃されるケースも少なくありません。
大動脈解離の原因
大動脈解離の原因として最も多いのは、高血圧です。
高血圧は、大動脈の壁に常に強い圧力をかけるため、内膜が損傷しやすくなります。
特に、長年にわたって高血圧が続くと、動脈の壁に負担が蓄積し、脆弱になる可能性があります。
その結果、急激な血圧の上昇やストレスが引き金となり、内膜に亀裂が生じて解離が発生することがあります。
動脈硬化もまた、大動脈解離の原因として重要です。
動脈硬化は、動脈の壁が硬くなる状態で、これにより血管の柔軟性が失われ、外部からの圧力に対する耐性が低下します。
動脈硬化が進行すると、血管壁にプラークと呼ばれる脂肪の塊が形成され、その部分がもろくなるため、解離が起こりやすくなります。
動脈硬化は、主に喫煙や不適切な食生活、運動不足、肥満などの生活習慣が原因で進行しますが、加齢や遺伝的要因も影響します。
遺伝的な要因としては、マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群などが挙げられます。
これらの疾患は、結合組織の異常を引き起こし、血管壁が弱くなるため、大動脈解離のリスクが高まります。
そのほかの要因としては、外傷や感染症、薬物の影響が考えられます。
例えば、胸部に強い衝撃を受ける外傷や、動脈に感染が広がる感染症などが原因で大動脈解離が発生することがあります。
また、一部の薬物、特にコカインなどの薬物は、血圧を急激に上昇させ、大動脈解離のリスクを増大させることが知られています。
大動脈解離の前兆や初期症状について
最も一般的な症状は、突然発生する激しい胸痛や背中の痛みです。
この痛みはしばしば「引き裂かれるような」と形容され、その強さと突然の発生はほかの心血管疾患と異なり、特異的です。
胸痛や背中の痛みは移動するという特徴を持ちます。
痛みが胸から背中、さらには腹部や腰にまで広がることがあり、これは解離が進行していることを示しています。
血圧の異常も大動脈解離の重要な兆候です。
例えば、左右の腕で血圧を測定したときに大きな差がある場合、それは解離によって大動脈の一部が閉塞し、血流が阻害されている可能性があります。
また、解離が脳に供給される血液に影響を及ぼすと、意識障害やめまい、さらには失神といった症状が現れることがあります。
呼吸困難や息切れも、解離が心臓や肺の血流に影響を与えた場合に発生することがあります。
特に、胸部の大動脈解離の場合、心臓への血流が妨げられることで、心臓が十分に機能せず、呼吸が困難になることがあります。
また、解離が腹部に及ぶと、腹痛や消化器系の異常も引き起こされることがあります。
下肢の冷感やしびれ、さらには麻痺も、大動脈解離の重要な症状です。
これらの症状は、解離が下行大動脈に及び、下肢に供給される血液が減少することによって発生します。
解離が進行すると、脚の血流が著しく減少し、最終的には壊死に至ることもあります。
大動脈解離の症状は多岐にわたるため、初期症状の段階で迅速に医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが重要です。
症状を見逃さず、早期に対応することで、重篤な合併症を防ぐことができます。
循環器のある病院に受診することが重要です。
心臓血管外科が対応できる病院だと望ましいです。
大動脈解離の検査・診断
大動脈解離の診断には、複数の検査が必要です。
胸部X線検査
胸部の大動脈の形状や位置に異常がないかを確認するための基本的な検査です。
X線で大動脈の拡張や異常な影を確認できる場合、それが大動脈解離の初期の兆候であることがあります。
CT(コンピュータ断層撮影)スキャン
大動脈の詳細な断面画像を提供し、解離の有無や範囲を確認するのに有効です。
特に、造影剤を使用することで、大動脈の内腔(内側の空間)と偽腔(新たに形成された血流の道)を明確に区別することができます。
CTスキャンは迅速で非侵襲的なため、急性期の診断に適しています。
MRI(磁気共鳴画像)
解離の診断に使用されることがあります。
MRIは、放射線を使用せずに詳細な画像を提供できるため、放射線被ばくを避けたい患者にとっては有益です。
ただし、MRIはCTスキャンに比べて撮影に時間がかかるため、緊急度の高い場合にはCTスキャンが優先されることが多いです。
エコー(超音波検査)
特に経食道エコー(TEE)は、食道を通して心臓や大動脈を詳細に観察することができ、大動脈解離の診断に有効な診断ツールです。
TEEは、心臓や大動脈の近くにプローブを配置することで、通常の胸部エコーでは見えにくい部分も明確に映し出すことができます。
血液検査
血液検査も診断の一環として行われることがあります。
特定の酵素やタンパク質のレベルが上昇している場合、それが解離による心臓やほかの臓器への負担を示すことがあります。
ただし、血液検査だけでは解離の診断を確定することはできないため、ほかの画像診断と組み合わせて使用されます。
これらの検査結果を総合的に判断し、大動脈解離が疑われる場合は、迅速に治療が開始されます。
診断が遅れると、解離が進行し、生命を脅かす合併症を引き起こす可能性があるため、早期診断が重要です。
大動脈解離の治療
大動脈解離の治療は、主に解離の場所や進行度に応じて決定されます。
一般的には、解離が発生した部位に基づいて、Stanford分類(スタンフォード分類)という方法で治療方針が決定されます。
Stanford A型(上行大動脈に解離がある場合)とStanford B型(下行大動脈に解離がある場合)に分類され、それぞれ異なる治療アプローチが取られます。
Stanford A型
緊急手術が必要とされることが多い傾向です。
この手術では、損傷した大動脈の部分を切除し、人工血管で置換する方法が一般的です。
手術は大変リスクが高いものの、早期に行われることで生存率を大幅に向上させることができます。
特に、心臓に近い部位に解離がある場合、早急な対応が求められます。
Stanford B型
解離が下行大動脈に限られているため、初期治療としては血圧管理が重要となります。
降圧薬を使用して血圧を厳密にコントロールし、大動脈への負担を軽減することが目標です。
多くの場合、血圧管理と経過観察のみで安定するケースが多いですが、解離が進行したり、偽腔が拡大したりした場合には、手術やステントグラフトの挿入が必要となることがあります。
ステントグラフトは、血管内に金属製の網状のチューブ(ステント)を挿入し、解離部分を補強する治療法です。
これは、体への負担が比較的少なく、回復も早いことが特徴です。
ステントグラフト治療は、特にStanford B型の患者に適しており、従来の開胸手術に代わる方法として広く普及しています。
また、解離が起こる前兆として動脈瘤(動脈の一部が膨らむ状態)がある場合、予防的に手術を行うこともあります。
この場合、動脈瘤が破裂する前に人工血管で置換することで、解離や破裂を未然に防ぐことが目的です。
治療後は、再発防止のための継続的な血圧管理や、定期的な画像検査が必要です。
生活習慣の改善も重要で、特に禁煙や食事の見直し、適度な運動を取り入れることが推奨されます。
また、遺伝的要因がある場合には、家族も含めた遺伝カウンセリングを受けることが推奨されることがあります。
大動脈解離になりやすい人・予防の方法
大動脈解離になりやすい人は、主に以下のリスク要因を持つ人々です。
まず、高血圧が最も大きなリスク要因の一つです。
長期間にわたる高血圧は、大動脈の壁に強い負荷をかけ、その結果として解離が起こりやすくなります。
また、動脈硬化も重要なリスク要因です。
動脈硬化は、血管の柔軟性を低下させ、外部からの圧力に対する耐性を低下させます。
遺伝的要因も大動脈解離のリスクを高める要因の一つです。
例えば、マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群などの結合組織疾患は、大動脈解離のリスクを著しく増加させます。
これらの疾患を持つ人々は、定期的な検査と早期の診断が重要です。
そのほかのリスク要因としては、喫煙や不適切な食生活、肥満、ストレス過多が挙げられます。
これらの生活習慣要因は、動脈硬化や高血圧を悪化させる可能性があり、その結果、大動脈解離のリスクが高まります。
大動脈解離の予防には、まず生活習慣の見直しが不可欠です。
特に高血圧の管理は重要で、定期的な血圧測定や降圧薬の使用が推奨されます。
また、動脈硬化の予防として、バランスの取れた食事や適度な運動、禁煙が効果的です。
さらに、ストレス管理も重要で、リラクゼーション法やメンタルヘルスのケアが推奨されます。
遺伝的要因がある場合、早期に専門医に相談し、必要な検査を受けることが重要です。
家族歴がある場合や、特定の遺伝性疾患が疑われる場合は、遺伝カウンセリングを受けることでリスクを評価し、予防策を講じることが可能です。
また、定期的な健康診断や画像検査を受けることで、大動脈解離の早期発見に努めることができます。
特に、動脈瘤や動脈硬化が進行している場合、定期的なフォローアップが必要です。
大動脈解離は早期の介入によってそのリスクを減少させることができます。
生活習慣の改善や定期的な健康管理を徹底することで、健康な生活を維持し、大動脈解離の発症リスクを最小限に抑えることが可能です。