鼠経ヘルニアは一般的に脱腸とも呼ばれます。腹壁の薄い箇所から腸や内臓脂肪が飛び出し、皮膚まで露出する病気です。
この疾患は、先天性(生まれつき)または後天性(生まれた後に発症する)の要因によって引き起こされます。
小児の場合は自然に治癒することもありますが、基本的には手術が必要です。
この記事では、鼠径ヘルニア(脱腸)の手術、切開・腹腔鏡による治療方法や合併症を詳しく解説します。
鼠径ヘルニア(脱腸)の治療方法である切開・腹腔鏡下手術とは?
- 切開手術はどのように行われますか?
- 切開手術は、通常皮膚を切開するプロセスを含みます。領域麻酔や局所麻酔が採用されることがありますが、患者さんや症状によっては全身麻酔も選択肢に含まれることがあるでしょう。手術の所要時間は45分〜1時間程であり、手術中には皮膚を4~7cm切開します。
このため、手術後には痛みが生じますが、痛み止めの使用により緩和が可能です。通常、2~3日以内には痛みが軽減し、患者さんは日常生活に支障がない程度にまで回復することが期待されます。
一部の手術では人工物のメッシュを使用することにより、再発を起こりづらくすることがあります。
- 切開手術のメリット・デメリットは何ですか?
- 切開手術のメリットは、長年にわたり採用されている手術法であることです。局所麻酔や脊髄麻酔を用いて手術が可能で、患者さんの状態に合わせた柔軟なアプローチが可能です。通常、片側の手術において40分程度で終了するため、患者さんの負担が軽減されます。
日帰り手術であり、高額療養費制度が適用される場合60,000円と治療費が経済的です。デメリットは、切開部位が片側に付き約4cmの大きな傷になります。術後に創部の痛みが慢性的に続くケースがあります。
まれに、ほかの隠れた鼠経ヘルニアが見逃される可能性があるため、注意が必要です。また、両側の鼠経ヘルニアの場合は、日帰りでの同時手術は難しいこともあります。
- 腹腔鏡下手術とはどのような治療方法ですか?
- 腹腔鏡下手術は、腹部に小さな穴を3箇所(3mm~5mm)開けます。そこに腹腔鏡と呼ばれるカメラと手術用の鉗子を挿入して、患者さんのお腹の部分をテレビモニターでリアルタイムに観察しながら手術する方法です。鼠径部の腹壁を補強するメッシと呼ばれる人工補強材も同様にテレビモニターで確認しながら入れます。
これにより、手術の安全性が向上しますが、同時に手術者には高度な技術が求められます。手術器具を正確に操作し、患者さんへの影響を最小限に抑えるために経験と専門知識が重要となるのです。
- 腹腔鏡下手術のメリット・デメリットは何ですか?
- 腹腔鏡手術は、通常の切開手術に比べて経済的な負担が高く(約2倍の費用がかかります)、手術中にお腹の中の血管を傷つけて大量出血するリスクが存在します。
再発率は約5%で、この点では切開法に比べて再発の可能性が高いとされているのです。手術は全身麻酔が必要ですが、患者さんによっては全身麻酔に硬膜外麻酔を併用することもあります。
また、手術時間も通常の切開手術に比べて長くかかります。腹腔鏡手術のメリットは、手術後の傷跡が目立ちにくく左右の2ヶ所にヘルニアがあっても同じ傷口から同時に治療が可能なことです。
お腹の中を観察しながら手術を行うため、症状の出ていない小さなヘルニアを見落としにくく同時に治療ができるという利点もあります。
鼠径ヘルニア(脱腸)の合併症・再発
- 術後の合併症・後遺症について教えてください。
- 手術箇所から漿液や血液が漏れ、手術前にヘルニアがあった部分にたまることがあります。この合併症はよく見られ、発生率は3~4%程です。症状は手術翌日から約2週間で現れますが、ほとんどの場合痛みはありません。自然に解消されることが多いので、心配はありません。
ただし、完全に解消するまでには数ヵ月かかることもあります。手術部位の慢性的な痛みは、正確な発生率は不明ですが、まれにある合併症とされています。腹腔鏡手術で使うポートが、時には消化管に傷をつけてしまうことがあります。これは手術中に腸がくっついている時に剥がそうとしたり、手術器具を使う際に傷ができ出血したりする可能性があるからです。使用したメッシュや糸が腸にくっついたり切開した腹膜の隙間にはまりこんだりすると、便が出にくくなり腹痛や嘔吐などの症状が起こります。通常は食事制限と点滴で回復しますが、まれに手術が必要な場合もあるのです。膀胱は鼠径部に近いため、手術中に膀胱周りの空間を剥離する際に損傷することがあります。
この合併症は手術中に気付く場合もありますし、術後になって初めて判明することもあるかもしれません。膀胱を損傷した場合や損傷が疑われる場合は、手術中に損傷部位を修復したり、尿道カテーテルを一定期間留置したりするなどの対策が取られます。手術後の後遺症としては主に次の3つが挙げられます。- 疼痛や不快感
- 感染症
- 慢性的な疼痛
これらの後遺症は適切な処置を行うことで改善できます。まれに、手術後の持続的な疼痛が残ることがありますが、神経への影響や手術に使用されたメッシュの影響が関与している可能性があるかもしれません。
- 手術をしても再発する可能性はありますか?
- 以前は、従来法として広く採用されていた手法では、周囲の組織を糸で縫い寄せてヘルニアの隙間を閉じることが一般的でした。しかし、この手法は術後の痛みや違和感が強く、再発率も約10%で高いと報告されています。
現在では、メッシュを使用してヘルニアの隙間を防ぐ方法が主流となっているので、ツッパリ感が軽減され再発率も約1%前後です。どの手法を選んでも再発する可能性はあり、腹腔鏡下術での再発率は0.4~3%と報告により差があります。手術の難易度が高い大きなヘルニアや再発ヘルニアでは高くなります。また、手術後の疼痛や違和感は、手術方法によって大きく異なるのです。
- 手術をせずに放置してもよいですか?
- 鼠径ヘルニアを放置すると、ヘルニアが大きくなることがあります。大きくなると、股間・鼠径部での痛みや不快感が増すことがあります。
腸などの臓器がヘルニアで閉塞すると、急性の痛みや消化器に症状が起き緊急の治療が必要な状態になるかもしれません。症状が進行すると日常生活において制約を強いられることがあるため、早期に医師の診察を受け適切な治療を検討することが重要です。
鼠径ヘルニア(脱腸)手術後の過ごし方・予防法
- 術後の過ごし方で気をつける点はありますか?
- 手術の翌日から、デスクワークや軽い立ち仕事・車の運転が可能です。ただし、手術後約2週間~1ヵ月でメッシュが体内に固定されるため、この期間中は負荷の高いスポーツや腹筋トレーニングを避けましょう。
また、重い物の持ち上げや便秘での強いいきみも最小限に抑えましょう。痛みが激しい場合は、事前に処方された鎮痛剤を利用します。
- 鼠径ヘルニアの悪化を予防するにはどうすればいいですか?
- 鼠経ヘルニアの悪化を予防するには、お腹に力を入れないようにすることが非常に重要です。ヘルニアは生まれつきの場合もありますが、一般的には加齢にともなう筋膜の衰えが主な原因となります。したがって、日常の生活で慎重に行動する必要があるのです。
重い物を持ち上げたり運んだりする行為や長時間立ちっぱなしになることは、鼠経ヘルニアの悪化を招くリスクがあります。仕事においてこれらの動作が避けられない場合でも、これらの行動が症状を悪化させる可能性が高まりますので注意が必要です。トイレでのいきみ過ぎも悪化の原因となり得ます。
特に便秘気味の場合、力を入れがちなので便秘を解消することが大切です。大きなくしゃみや咳も悪化の要因となりえるため、これらの行為にも十分な注意が必要です。肥満気味の方や妊婦さんも無理な力がかかりやすいため、普段の生活で慎重に行動することで鼠経ヘルニアの悪化を予防できます。
- 鼠径ヘルニアに運動・筋トレは効果がありますか?
- 鼠径ヘルニアの発生には、鼠径部の筋膜にある特定の隙間が裂けたり緩んだりするメカニズムが関与しています。通常、加齢により筋膜が劣化し、鼠径ヘルニアが発症することがよくあるのです。
筋肉のない隙間はトレーニングによって修復されることはありません。激しいスポーツや強度の高い筋トレは、腹部に強い圧力がかかる機会を増やし、これが鼠径ヘルニアの原因となる可能性があります。そのため、適切なトレーニングなしに筋肉を鍛えることは、逆に問題を引き起こす可能性があるのです。
編集部まとめ
本記事では、鼠経ヘルニア(脱腸)の切開・腹腔鏡による治療方法・合併症を解説しました。
日頃から仕事・運動・妊娠などで、つい腹部に力を入れてしまうことがあるでしょう。
鼠径ヘルニアだと気付いていなかったり、恥ずかしくて受診できなかったりする方もいるかもしれません。鼠径ヘルニアは、放置をして悪化すると命に関わる病気です。
早期に医師の診察を受け、適切な治療を行うことで回復する可能性が高くなります。何科を受診したらよいのかわからない場合は、消化器外科を受診しましょう。
参考文献