糖尿病でもインプラントはできる?基準やリスク、注意点を解説します

日本では約5人に1人が糖尿病、もしくはその予備軍だといわれています。年齢を重ねると歯を失う方も増えてきますが、そのようなときに「私は糖尿病だから、インプラント治療は難しいのかな…」と不安に思われる方もいらっしゃるかもしれません。血糖値がきちんとコントロールできていれば、糖尿病の方でもインプラント治療を受けられる可能性は十分にあります。この記事では、インプラント治療の基本から、糖尿病の方が注意するポイントを解説します。
参照:『令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要』(厚生労働省)
インプラント治療の基礎知識

歯を失ったとき、入れ歯やブリッジ、インプラントなどの治療法があります。ここではインプラントの概要や基礎知識を解説します。
歯を失ったとき、入れ歯やブリッジ、インプラントなどの治療法があります。ここではインプラントの概要や基礎知識を解説します。
インプラントは顎骨に人工の歯根を埋め込んで、その上に歯を作る治療法です。インプラント治療の目的は、自分の歯に近い噛み心地や自然な見た目を取り戻すことです。さらに、ブリッジのように隣の健康な歯を削る必要がないので、残っている歯への負担も少なくて済みます。また、顎骨や口腔全体の健康を維持することも、インプラント治療の目的の一つです。
インプラント治療の流れ
インプラント治療は、いくつかのステップに分かれています。
- 診査・診断
- 治療計画の立案
- 一次手術(埋入手術)
- 二次手術、上部構造の装着
- メンテナンス
診査・診断では、お口の中を診察して、骨の量や全身の健康状態を確認します。糖尿病や高血圧などの持病がある方は、主治医と連携しながら、今の身体の状態を把握します。
続いて治療計画を立案します。失った歯の位置や本数、骨の状態をもとに、どこにインプラントを入れるかを決めていきます。骨が足りない場合は骨を増やす処置が必要になることもありますし、歯周病がある場合は先にそちらの治療を進めることもあります。
治療計画が決定したら、一次手術を行います。局所麻酔をして、歯茎を少し開いて骨に穴をあけ、インプラント体を埋め込みます。その後は歯茎を縫い合わせて、数ヶ月かけてインプラントと骨がしっかり結合するのを待ちます。インプラントの本数によっては、局所麻酔だけでなく鎮静麻酔などを使用する場合もありますし、患者さんの状況に合わせた一次手術方法と麻酔方法を選択します。
インプラントと骨がくっついたことを確認したら、二次手術・上部構造の装着を行います。インプラントの頭の部分を出して、土台(アバットメント)を取り付けます。その後、型取りをして人工の歯を作り、装着します。
治療が終わってからも、定期的なチェックとクリーニングなどのメンテナンスが大切です。歯石やプラークを取り除いて、噛み合わせを調整しながら、インプラント周囲の炎症を防ぎます。
インプラント治療を受けるメリット
インプラント治療を受ける主なメリットは下記のとおりです。
- しっかり噛める
- 生活の質が向上する
- ほかの歯を守れる
- 骨が痩せにくい
インプラント治療後は、骨に固定されているので、自分の歯に近い感覚で硬いものも楽に噛めるようになります。
さらに、発音がしやすくなる、見た目の印象もよくなるといった変化もみられます。食べられるものが増えると、栄養バランスも整いやすく、食事の楽しみが増えるでしょう。
また、インプラント治療は、ブリッジのように隣の歯を削らなくていいので、残っている健康な歯にかかる負担を少なくし、大切に保てます。入れ歯のバネでほかの歯がグラグラする心配もありません。歯がなくなると、だんだん顎骨が痩せてしまうのですが、インプラントが刺激を与えることで骨量を維持しやすくなります。
糖尿病がインプラント治療に与える影響とリスク

糖尿病は、膵臓から出るインスリンというホルモンが不足したり、うまく働かなくなったりすることで、血糖値が高い状態が続く病気です。日本では生活習慣や遺伝の影響で起こる2型糖尿病が多く、高血糖が続くと血管が傷ついて血の巡りが悪くなり、免疫力も低下します。そのため、手術のときや術後に感染が起こりやすくなったり、傷の治りが遅くなったりすることがあります。
手術中に低血糖になるおそれがある
糖尿病の治療で血糖値を下げるお薬やインスリン注射を使っていると、薬が効きすぎて低血糖になってしまうことがあります。歯科医院では血糖値を細かく測ることが難しい場合もあるので、治療中にめまいや意識がぼんやりする、ひどいときには痙攣を起こす可能性もゼロではありません。日本口腔インプラント学会のガイドラインでも、手術の際には低血糖や高血糖に十分注意するよう示されています。特に低血糖は外来での手術で起こりやすいトラブルの一つなので、慎重に対応していく必要があります。
参照:『口腔インプラント治療指針2024』(広域社団法人日本口腔インプラント学会編)
手術後の回復が遅れる可能性がある
血糖値が高い状態が続くと、血管がダメージを受けて身体の組織に酸素が届きにくくなります。免疫を担っている白血球の働きも弱まってしまうので、傷の治りが遅くなったり、インプラントと骨がうまくくっつかなくなったりすることがあります。また、糖尿病は骨を作る細胞(骨芽細胞)の働きを弱めて、骨を壊す細胞(破骨細胞)を活発にしてしまうため、骨の再生がうまくいかず、インプラントが安定しにくくなることも報告されています。
参照:『糖尿病が歯周組織再生療法に及ぼす影響』(日本歯周病学会誌)
インプラント周囲炎の発症リスクが高まる
インプラント周囲炎というのは、インプラントを支えている骨や歯茎が細菌感染で壊されていく病気です。放っておくと、せっかく入れたインプラントが抜けてしまうこともあります。糖尿病の方は免疫の力が落ちていて、お口の中に細菌が繁殖しやすい環境になり、糖尿病でない方に比べてインプラント周囲炎のリスクが高くなるといわれています。
歯周病の発症リスクが高まる
歯周病は糖尿病の第6の合併症と呼ばれるほど、密接に関係しています。日本糖尿病学会の治療ガイド2024によると、HbA1cが7.0%以上の方は歯周病が進行しやすいリスクグループに分類されていて、9.0%以上になると重度の歯周病になる危険性が糖尿病でない方の約2.9倍にも高くなることが報告されています。HbA1cが6.9%未満でも、糖尿病でない方より1.56倍リスクが高いというデータもあります。糖尿病によって身体の中で炎症が起きやすくなったり、免疫が落ちたりすることが、歯茎や歯を支える組織にも影響していることがわかってきました。
糖尿病の患者さんがインプラント治療を受けるための血糖値コントロール法

糖尿病の患者さんが血糖値をコントロールする方法はさまざまです。大切なのは、現在の状況をご自身で理解し、医師と歯科医師が連携を行い、血糖値をコントロールすることです。
HbA1c値の基準
安全性の高いインプラント手術を受けるためには、血糖コントロールの状態を示すHbA1cという数値がとても重要です。厚生労働省が公開している『口腔インプラント治療指針2024』では、手術を受けるための目安として、空腹時血糖が140 mg/dL以下、尿中ケトン体が陰性、そしてHbA1cが6.9%(NGSP値)未満であることが示されています。ただし、これを超える場合は、主治医や糖尿病専門医と連携しながら慎重に判断する必要があります。
参照:『口腔インプラント治療指針2024』(広域社団法人日本口腔インプラント学会編)
糖尿病性ケトアシドーシスの有無
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)というのは、インスリンが極端に不足して血糖値が高くなり、身体の中にケトン体という物質が溜まってしまう、とても危険な状態です。厚生労働省のガイドラインでも、インプラント手術を受けるには空腹時血糖が140 mg/dL以下で尿中ケトン体が陰性であることが条件とされています。もし尿や血液からケトン体が検出されたら、手術は延期しなければなりません。
血糖値をコントロールする方法
血糖値を安定させるためには、内科の主治医と歯科医師の連携や、食事と運動の見直し、生活習慣の改善や血糖値のモニタリングが必要です。
治療を始める前に、内科の主治医に今の血糖値のデータやお薬の内容を共有して、手術の前後でお薬の飲み方を調整してもらう必要があります。医科と歯科が連携することで、より安全に治療を進められます。
さらに、規則正しい食事とバランスのよい栄養は、血糖値を安定させる基本です。全粒穀物や野菜、良質なたんぱく質を中心にして、食物繊維をしっかり摂ることで血糖値の急な上昇を防げます。適度な運動も大切で、筋肉が糖を使ってくれるのでインスリンの効きがよくなります。ただし、運動は主治医と相談しながら無理のない範囲で行い、低血糖にならないよう運動の前後に血糖値をチェックしておきましょう。
実は、歯周病の治療をするとHbA1cが0.3〜0.4%程度改善することがわかっています。お口の中の炎症が減ると、インスリンの効きがよくなります。毎日の歯磨きや歯間清掃、そして歯科医院でのプロのクリーニングを受けることが、血糖管理にもつながります。
タバコは歯周病にも糖尿病にも悪影響なので、禁煙は必須です。喫煙を続けていると血糖コントロールも難しくなってしまいます。十分な睡眠とストレスを溜めない工夫も、ホルモンのバランスを整えて血糖値の変動を抑えるのに役立ちます。お酒は適量にして、飲みすぎには注意しましょう。
また、血糖値のモニタリングも欠かせません。インプラント治療の前後は、血糖値やHbA1cをこまめに測って、数値の変化を把握しておくことが大切です。自己血糖測定器や持続血糖モニタリングシステムを使うと、1日のなかでの変動も見えやすくなります。測った結果は歯科医師にも共有して、治療のリスク評価に役立てましょう。
参照:『高齢者が抱える全身疾患と歯周病との関連』(日本老年歯科医学会雑誌)
糖尿病の患者さんがインプラント治療を受ける際の注意点

さまざまな専門的な視点で現在の状況をチェックすることで長期的な予後を見据えた治療を受けられる可能性が高くなります。
インプラント治療を決定する前に主治医へ相談し、指示を仰ぐ
糖尿病の方がインプラント手術を受けるかどうかは、歯科医師だけでなく、内科の主治医の先生と連携して検討しましょう。
日本口腔インプラント学会のガイドラインでも、主治医から検査データや病気の状態、お薬の内容を教えてもらって、身体全体の状態を総合的に判断することが推奨されています。特にHbA1cが8%を超えている場合や、糖尿病性ケトアシドーシスを起こしている場合は手術を延期して、内科での治療で血糖値を改善してから再度検討することになります。高血圧や心臓の病気、腎症などの合併症がある場合も、リスクが高くなるので慎重に進めましょう。
参照:『口腔インプラント治療指針2024』(広域社団法人日本口腔インプラント学会編)
歯周病の治療を行い、口腔ケアを徹底する
手術を受ける前に歯周病をしっかり治療して、口腔内を清潔に保つことは、インプラント治療を成功させるカギです。高血糖は歯周病のリスクを上げて、歯周病が悪化するとインスリンの効きが悪くなってさらに血糖値が上がるという悪循環が生まれてしまいます。歯周基本治療を行って、炎症を抑えて口腔内の細菌を減らします。
歯科衛生士の指導を受けながら、歯間ブラシやデンタルフロスを使って丁寧に歯を磨きましょう。プラークをしっかり取り除くことで、インプラント周囲炎や歯周病の再発を防げます。治療が終わってからも、歯科医院で定期的にクリーニングを受けて、お口の状態をチェックしてもらいましょう。来院の頻度は患者さんによって変わりますので、歯科医師の指導にしたがってください。糖尿病の方にとって、この定期検診はHbA1cを安定させるためにも大切な習慣です。
服薬中の内服薬・注射薬・サプリなどを歯科医師に共有する
糖尿病の治療では、血糖値を下げる飲み薬やインスリン注射のほかに、血圧を下げるお薬や脂質を調整するお薬など、たくさんのお薬を一緒に飲んでいることが多いです。
これらのお薬は、手術中の出血や感染のリスク、薬同士の相互作用に影響することがあります。インプラント治療で使う局所麻酔薬のなかには、血糖値を上げてしまうものもあるので、糖尿病の方には量を調整したり、別の麻酔薬に変えたりする場合があります。
飲んでいるお薬やサプリメントは全部、歯科医師に伝えてください。そして主治医の指示にしたがって、手術当日のお薬の飲み方やインスリンを打つタイミングを調整しましょう。特に、ステロイドや免疫を抑えるお薬、骨粗しょう症のお薬(ビスホスホネート製剤など)を使っている場合は、顎骨が壊死してしまうリスクがあるので、処方してくれている医師としっかり連絡を取って慎重に対応します。
まとめ

糖尿病を抱えていても、しっかり準備して適切に管理すれば、インプラント治療で噛む力や生活の質を取り戻すことができるようになります。まずは歯科医師と内科の主治医に相談して、ご自身の身体の状態を把握したうえで、安全性が高く長持ちするインプラント治療を目指していきましょう。
参考文献



