

監修医師:
大坂 貴史(医師)
目次 -INDEX-
ボツリヌス症の概要
ボツリヌス症は、ボツリヌス菌が産生する毒素によって引き起こされる病気です。原因としては、ボツリヌス菌に汚染された食品を食べることや傷口からの感染などがあります。症状には、ものが二重に見えたりかすんで見えたりする、筋力の低下、飲み込みにくい、息が苦しいなどがあり、重症の場合は命に関わることもあります。過去には国内外で食中毒事件が報告されているため、食品管理に気をつける必要があります。特に、自家製の保存食品や真空パック食品の保存方法が適切でない場合に危険性が高まります。予防策としては、食品の適切な加熱処理、衛生管理、異常なにおいのする食品は食べないといったことが重要です。(参考文献1)
ボツリヌス症の原因
ボツリヌス菌は「芽胞(がほう)」と呼ばれる、熱・乾燥・消毒薬などに強い殻に閉じこもったような状態になることができます。この状態では増殖できませんが、厳しい環境でも長く生き延びます。酸素が少ない状態になると芽胞が発芽し、増殖してボツリヌス毒素という毒素を産生します。ボツリヌス症はこのボツリヌス毒素によって発症しますが、感染経路によって以下の4つに大きく分類されます。
ボツリヌス食中毒
食品中で増殖したボツリヌス菌が産生したボツリヌス毒素を食べることで引き起こされる食中毒です。ボツリヌス菌の芽胞は土壌に広く存在するため、食材となる果物や野菜、肉、魚などとともに食品に混入することがあります。そして、真空パック食品や缶詰、瓶詰め食品など酸素が少ない環境になると菌が増殖しやすくなります。
芽胞は熱に強いため100度で長時間調理しても死滅させることができず、120度で4分間ほど加熱加圧処理をする必要があります。そのため、120度4分間以上の加熱処理をしたレトルト食品では室温保存が可能ですが、そうではない真空パック詰食品では冷蔵保存をする必要があります。また、ボツリヌス毒素は85度5分間の加熱により壊すことができますが、電子レンジでの加熱は有効ではありません。これまでに日本では里芋の缶詰やグリーンオリーブの瓶詰が原因となった事例があります。
乳児ボツリヌス症
1歳未満の赤ちゃんがボツリヌス菌の芽胞を摂取すると、腸内で菌が増えて毒素を作ることがあります。これにより発症するボツリヌス症を乳児ボツリヌス症と言います。原因となる食品がわからない場合もありますが、主な原因としてハチミツが挙げられているため、1歳未満の赤ちゃんにはハチミツを与えないように注意が必要です。
創傷(そうしょう)ボツリヌス症
傷口にボツリヌス菌が入り込み、増殖して毒素を作ることで発症します。日本では報告例が少ないですが、海外では麻薬使用者に多く見られます。
成人腸管定着ボツリヌス症
成人や1歳以上の子どもでも、腸の手術後や抗菌薬の使用後などの腸内環境が荒れている場合に菌が増殖し、毒素を作ることがあります。日本では少数ですが報告例があります。
(参考文献1)
ボツリヌス症の前兆や初期症状について
ボツリヌス症の症状は、原因によって多少異なりますが、共通して以下のような神経症状が現れます。
・まぶたが垂れ下がる(眼瞼下垂)
・物が二重に見える(複視)
・ものが飲み込みにくくなる(嚥下障害)
・口の中が乾燥する(口渇)
・ろれつが回らなくなる(構音障害)
・体の力が抜けるような感覚(筋力低下)
・呼吸が苦しくなる(呼吸困難)
ボツリヌス食中毒の場合、多くは原因となる食品を食べてから18時間から48時間後に症状が現れます。そして、症状が進行すると呼吸筋が麻痺し、最悪の場合、命を落とすこともあります。ただし、意識ははっきりしているのが特徴です。(参考文献1)
ボツリヌス症の検査・診断
ボツリヌス症が疑われた場合、以下の検査が行われます。
- 血液検査:血液中にボツリヌス毒素があるか調べます。
- 便の検査:便の中にボツリヌス菌や毒素が含まれているか調べます。排便がない場合は浣腸が行われることもあります。
- 食品の検査:食中毒が疑われる場合は自宅内を調査し、原因と疑われる食品が回収されます。そしてボツリヌス症と診断された場合は食品中にボツリヌス毒素や菌が含まれていないか確認するための検査が行われます。
- 真空パック食品・缶詰・瓶詰食品の取り扱い
加熱が不十分なものはボツリヌス菌が増える可能性があるため、表示をよく確認し、必要なら冷蔵保存するようにしましょう。
パックが膨らんでいたり、変なにおいがする食品は絶対に食べないでください。 - 食事の加熱
ボツリヌス毒素は85℃で5分加熱すると無毒化されます。
ただし、電子レンジでの加熱は十分な殺菌効果がないので注意しましょう。 - はちみつの年齢制限
乳児ボツリヌス症を防ぐために、1歳になるまではハチミツを食べさせないようにしてください。 - 傷口の消毒
けがをした際はしっかりと消毒を行い、傷口を清潔に保つようにしましょう。 - 重症筋無力症
- ギラン・バレー症候群
- ラムゼイ・ハント症候群
- 創傷感染
- 乳児ボツリヌス症
ボツリヌス菌の検査は動物を使った特別な試験が必要なため、一般の医療機関で行うことはできず、衛生研究所や国立感染症研究所といった専門の研究所で行われます。(参考文献1)
ボツリヌス症の治療
ボツリヌス症の治療は原因により多少異なります。ここでは日本で主に見られるボツリヌス食中毒と乳児ボツリヌス症に対する治療を説明します。
まずボツリヌス食中毒の治療には、抗毒素療法としてボツリヌス毒素に対する抗体を含んだウマの血清を注射します。しかしウマの血清なのでアレルギー反応が起こる可能性があり、治療前に薬剤を薄めたもので試験をしてから使用します。以前にウマの血清による治療を行ったことがある場合は医師に伝えましょう。
症状に対する治療としては、便秘や脱水症状を改善するための治療を行います。また、呼吸が苦しくなった場合は、人工呼吸器を使って呼吸を助けることもあります。
ボツリヌス症は毒素により引き起こされる疾患のため、基本的に抗菌薬は効果があまりありません。抗菌薬の種類によってはボツリヌス毒素の作用を強めてしまうため、使用しないようにしましょう。
ボツリヌス食中毒は適切な治療を受ければ回復する可能性が高いですが、完全に回復するまでには1か月以上かかり、回復に1年以上かかることもあります。
一方、乳児ボツリヌス症の治療としては症状に対する治療のみで抗毒素療法は行いません。呼吸が苦しくなるなどの症状を生じなければ予後は良好で、日本ではこれまで記録に残っている42例の中では1例を除いて回復しています。
ただ、乳児ボツリヌス症では回復後も数か月間は便と共にボツリヌス菌が排泄されます。そのため、退院後も他に1歳未満の子供がいるような場所ではオムツを交換するときに周囲に便が付着しないように注意する必要があります。(参考文献1)
ボツリヌス症になりやすい人・予防の方法
ボツリヌス症の予防のためには以下のことが重要です。
(参考文献1)
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参考文献