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ウエストナイル熱
吉野 友祐

監修医師
吉野 友祐(医師)

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広島大学医学部卒業。現在は帝京大学医学部附属病院感染症内科所属。専門は内科・感染症。日本感染症学会感染症専門医、日本内科学会総合内科専門医、日本医師会認定産業医。帝京大学医学部微生物学講座教授。

ウエストナイル熱の概要

ウエストナイル熱は、蚊を媒介として感染する感染症の一つです。

1937年にアフリカのウガンダ・ウエストナイル地方で初めて発見されたことから、ウエストナイル熱と名付けられました。現在では、アフリカ、中東、西アジア、ヨーロッパ、北米など世界中で確認されており、温帯地域で夏季に流行する傾向があります。

日本国内では感染例の報告はありませんが、海外渡航者から国内への持ち込みが発生しないよう、警戒が必要です。また、近年の気候変動によって媒介となる蚊の生息域が拡大し、感染リスクが増加する懸念があります。

ウエストナイル熱

ウエストナイル熱の原因

ウエストナイル熱は、ウエストナイルウイルスというウイルスが原因で引き起こされます。日本脳炎のウイルスと似た仲間で、現在5種類の異なるタイプが見つかっています。

そのうち、2つのタイプが人への感染を引き起こすことが分かっています。北米に広がっているタイプは、特に感染力が強く、重い症状を引き起こしやすいことが知られています。

出典:National Library of Medicine「West Nile Virus: Review of the Literature」

ウエストナイルウイルスの感染経路として、ウイルスをもった鳥から血を吸った蚊がウイルスを体内に取り込みます。その後、蚊が人を刺すことで感染します。ただし、どのような蚊でも感染を広げられるわけではなく、「イエカ」という種類の蚊のうち、さらに特定の種類だけが感染を広げることができます。

感染した蚊に刺されると、蚊の唾液とともにウイルスが皮膚の中に入ります。ウイルスは皮膚の細胞の中で増え、リンパ節に移動します。そこから血液の中に入っていき、体中に広がる可能性があります。

多くの場合、体内の免疫によりウイルスは排除されますが、脳や神経にまで感染がおよぶと、深刻な症状を引き起こすことがあります。

また、感染経路として蚊に刺されること以外にも、輸血や臓器移植で感染することがあります。臓器移植を受けた人は、拒絶反応が起こらないように薬で免疫力を抑えているため、重症化しやすいと言われています。

ウエストナイル熱の前兆や初期症状について

ウエストナイルウイルスに感染しても、ほとんどの人(約80%)は何の症状も出ません。多くの人は感染したことにも気付かず、偶然、血液検査を受けたときに、過去に感染していたことが分かる場合があります。

出典:国立感染症研究所「ウエストナイル熱/ウエストナイル脳炎とは」

発熱と全身症状

ウエストナイル熱の主な症状として、発熱をはじめとする全身症状があらわれます。蚊に刺されてから2日から6日後(長い場合は14日後)に、突然の高熱が生じ、強い倦怠感や頭痛があらわれます。

出典:厚生労働省「ウエストナイル熱の診断・治療ガイドライン」

また、体全体の筋肉が痛くなることもあります。症状が進行すると、胸や背中、腕に発疹が出ることがありますが、かゆみはありません。首や脇の下のリンパ節が腫れることもあります。さらに、食欲がなくなったり、吐き気や下痢などの消化器症状が出たりすることもあります。

神経症状

ウエストナイル熱が重症化すると、髄膜炎や脳炎を引き起こすことがあり、それに伴ってさまざまな神経症状が現れます。

髄膜炎が生じた場合、激しい頭痛とともに首の後ろが硬くなり、光や音に対する過敏さが生じることがあります。

脳炎が生じた場合、意識が混濁したり、普段とは違う異常な行動が見られたりします。また、けいれんを起こすこともあります。さらに、手足の力が急激に低下したり、動きが悪くなったりといった麻痺症状が出現することも特徴です。

ウエストナイル熱の検査・診断

ウエストナイル熱では、抗体検査、PCR検査、血液検査・髄液検査、画像検査を、発症から経過した時間や患者の状態に応じて使い分けます。

抗体検査

血液や脊髄液の中にウイルスに対する抗体があるかを調べる検査です。症状が出てからおよそ8日以内に、ほとんどの患者で抗体が見つかります。

出典:National Library of Medicine「West Nile Virus: Review of the Literature」

ただし、感染初期では見つからないこともあるため、必要に応じて検査を繰り返します。なお、日本脳炎のウイルスにも反応することがあるため、患者の症状や海外への渡航歴や他の検査結果も考慮して、慎重な判断が必要です。

PCR検査

血液や脊髄液から直接ウイルスの遺伝子を検出する検査です。抗体検査は発症から数日経過しなければ原因ウイルスの検出が難しいですが、PCR検査は発症初期でも検出しやすいのがメリットです。両者は、いつ検査を行うかによって使い分けられます。

血液検査や髄液検査

血液検査では、白血球の数が正常か少し増える程度で、炎症反応を示すCRP値の上昇が確認できることがあります。一方、脊髄液の検査では、細胞の数やタンパク質の増加が見られます。神経症状のある患者では、髄液検査が診断の材料として重要となります。

画像検査

CTやMRIなどの画像検査では、通常は異常を示しません。ただし、症状の重い方では、脳のMRI検査で異常が見られることがあります。

ウエストナイル熱の治療

ウエストナイル熱に特効薬はありません。そのため、症状を和らげることを目的とした治療が行われます。熱が高い場合は解熱剤を使い、十分な水分を取って安静にすることが大切です。重い神経症状がない場合は、自然に良くなっていきますが、しばらくの間、体のだるさが残ることがあります。

脳や神経に症状が出た重症の患者は、入院が必要です。脳の腫れに対してはステロイドという薬を使うことがあり、けいれんが起きた場合はそれを抑える薬を使います。患者の意識が低下した場合は、呼吸を確保するために人工呼吸器を使うこともあります。手足の麻痺が起きた場合は、できるだけ早い段階からリハビリを始めることが大切です。

もし、後遺症として神経症状が残ってしまった場合は、長期的なリハビリが必要になります。

ウエストナイル熱になりやすい人・予防の方法

ウエストナイル熱は、高齢者で重症化しやすいことが分かっています。年齢が上がるにつれて重症化リスクは高まり、脳や神経に症状が出やすくなります。

また、がんや糖尿病、高血圧などの持病がある方も重症化しやすいことが分かっています。特に臓器移植を受けた後で、免疫力を抑える薬を使っている患者は、とくに注意が必要です。

予防効果のある特効薬やワクチンは、現状ありません。そのため、予防の基本は蚊に刺されないようにすることです。流行している地域に行く場合は、長袖や長ズボンを着て肌の露出を減らし、効果の確かな虫除け剤を使いましょう。また、ウエストナイル熱の媒介蚊が活発に活動する夕方から夜間は、できるだけ外出を控えることも大切です。


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