

監修医師:
林 良典(医師)
シャーガス病の概要
シャーガス病とは、アメリカトリパノソーマ症ともいい、クルーズトリパノソーマと呼ばれる原虫が人体に寄生することで起こる感染症です。主に中南米で見られる疾患で、世界中で推定600万人〜700万人が感染していると考えられています。
シャーガス病という名前は、1909年にこの疾患を初めて発見したブラジル人医師の名前であるリベイロ・ジュスティニアーノ・シャーガスに由来します。
主な感染経路として、トコジラミの一種であるサシガメという昆虫が挙げられます。このサシガメは夜間に人間の血を吸う習性があり、その際にクルーズトリパノソーマを含む糞を落とします。その糞が傷口を経由するか、または糞に触れた手で目や口に触れることでクルーズトリパノソーマが体内に侵入し、感染します。
このほか、汚染された飲食物を摂取することによる経口感染や、輸血、臓器移植による感染、母親から胎児への母子感染が原因となることもあります。
熱帯地域の貧困層を中心にまん延している病気であり、これまで先進国からは主要な疾患と考えられなかった経緯から、WHOによって「顧みられない熱帯病」の一つに挙げられており、持続可能な開発目標(SDGs)の観点からも根絶目標が掲げられています。
シャーガス病の原因
概要欄にて述べたように、その原因はクルーズトリパノソーマという原虫であり、サシガメ類の昆虫が媒介します。
サシガメは流行地域において、主に農村地帯や貧困地帯の住宅、土の壁の割れ目や藁ぶきの屋根、日干しレンガの下などにいることが多く、夜間になり、人間が就寝した頃に活動を始めます。眠っている人の顔から吸血し、病原体を含む排泄物を落としますので、眠っている間の無意識のうちに糞や傷口に触れ、感染してしまうことがあります。
上記以外の感染経路としては、クルーズトリパノソーマが付着した野菜や果物、さとうきびのしぼり汁などを殺菌、洗浄が不十分な状態で摂取することや、感染者から提供された血液の輸血、同じく感染者から提供された臓器の移植、感染した母親から妊娠中あるいは出産時の新生児への感染、また、検査室での事故による感染例が報告されています。
クルーズトリパノソーマは体内に侵入後、さまざまな細胞に寄生し、形態変化を起こしながら増殖し、やがて血流に到達します。
シャーガス病の前兆や初期症状について
シャーガス病は、病原体に感染してから1〜2週間から数週間ほど経った後、サシガメに刺された箇所、あるいは目や粘膜など原虫が侵入した箇所が腫れ、赤い斑点が現れます。発熱が見られることもあります。
この段階を第1段階と呼びますが、第1段階の症状はほとんどの場合、自然に治まっていきます。しかし、少数の人はこの段階で重症化し、心不全や脳、髄膜の炎症により死に至る場合があります。
また、免疫機能が低下している人も第1段階で重症化することがあり、脳に病変が生じたり、発熱、発疹が見られたりします。
続く第2段階では、体内や血中に原虫が見られるものの、表向きシャーガス病の症状は出ず、多くの人は生涯にわたりこの段階に留まります。
感染後、数年〜数十年が経過すると、感染者のうち20%〜40%の人に慢性シャーガス病が見られます。
慢性シャーガス病では、主に心臓、消化器系に症状が出ます。
心臓が肥大して心機能が低下し、息切れ、疲労感の増大といった症状が現れるようになり、不整脈や失神、心停止に至ることもあります。
また、消化管の機能に支障が出ると、嚥下機能が低下し、誤嚥性肺炎や栄養失調に陥ることがあります。さらに大腸の肥大に伴う便秘などの症状も特徴です。
初期症状は非特異的であり、他疾患との鑑別が困難な場合があります。
病院を受診する際、まずは一般内科が選択肢に挙がりますが、シャーガス病の流行地域への渡航歴など、心当たりのある方は感染症科を受診してください。
シャーガス病の検査・診断
シャーガス病の診断には、血液検査が行われます。顕微鏡で直接、血中の原虫の存在を確認するほか、採取した血液に原虫のDNAがないかどうかを確認する検査も行います。
通常、顕微鏡で原虫が確認できるのは第1段階のみであり、第2段階以降の検査においては原虫に対する抗体ができているかどうかを確認する抗体検査を行い、感染の有無を調べます。
シャーガス病においては、感染していない人でも偽陽性と呼ばれる陽性反応を示す場合があるため、最初の検査で陽性との判定が出た場合、別の抗体検査を行い、診断を確定させます。
感染が確認された場合、心臓や消化管に異常が生じていないかを調べることとなります。
心臓では心電図検査、心エコー図検査、胸部X線検査、CT検査、MRI検査などを行い、消化管ではCTやX線検査で病変の有無を確認します。
シャーガス病の治療
シャーガス病の治療としては、原虫の除去を目的とした治療と、心臓や消化管の異常に対する対症療法に分けられます。
感染後、早い段階で治療の機会があれば、抗寄生虫薬を用いた原虫の駆除が期待できます。シャーガス病に有効な抗寄生虫薬は2種類のみであり、どちらかの薬を1ヶ月間、または3ヶ月間服用し続けます。
これらの薬には原虫を減らす、症状の持続期間を短くする、慢性感染症を起こりにくくする、症状が慢性化した場合の死亡リスクを低下させる効果が期待できる、といった作用がありますが、どちらの薬も強い副作用があります。
副作用として、吐き気や嘔吐、食欲不振、発疹、体重の減少、めまい、不眠症、神経の損傷などが起こる可能性があります。肝臓や腎臓に重い疾患のある人、および妊娠中または授乳中の女性は使用することができません。
症状が慢性化し、心臓や消化管に病変が生じた状態では、抗寄生虫薬では効果が期待できず、それぞれの症状に応じた投薬、手術、ペースメーカーの埋め込みなどの治療が提供されます。
シャーガス病になりやすい人・予防の方法
シャーガス病の予防には、感染源となるクルーズトリパノソーマを媒介するサシガメとの接触を避ける事が重要です。
中南米の流行地域にお住まいの方、また該当地域を訪れる予定のある方については、土壁、日干しレンガの壁や藁ぶき屋根で作られた住宅への滞在は避けた方がよいでしょう。そのような住宅での寝泊まりが避けられない場合は、殺虫剤の適切な使用、寝る時は蚊帳を用いる、といった防衛策を取るようにしましょう。
また、観光などの際は、露店などの衛生面が担保されていない環境で生の野菜や果物、サトウキビジュースなどを摂取することは避けた方が無難です。シャーガス病に限らず、ほかの感染症や食中毒への感染リスクがあります。
なお、献血における感染の可能性については、現在日本では所定の安全対策が取られています。このため、輸血を通した感染の可能性は低いと考えられていますが、献血を行う際は渡航歴などを正しく申告することが重要です。
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