監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
目次 -INDEX-
ウィルソン病の概要
ウィルソン病は、生まれつきの遺伝子異常によって胆汁中に銅が排出されなくなる病気です。排出できなかった銅が肝臓・脳・腎臓・目などに蓄積されることで、多様な症状を引き起こします。銅の蓄積を無治療にて放置した場合、肝障害や神経障害によって死亡あるいは心身ともに予後不良な異常を生じさせてしまう可能性があります。しかし、ウィルソン病には有効な治療方法が確立されているため、早期から適切な治療が開始できれば十分な改善や発症予防が可能です。ウィルソン病の発症頻度は35,000〜45,000人に1人程度と推計されています。発症年齢は幼児〜高齢者と幅広く、成人してから発見されることもあります。発症のピークは6〜10歳で、発症頻度に男女差はありません。ウィルソン病の病名は1912年に初めてこの病気を報告したサムエル・アレキサンダー キニア・ウイルソン博士の名前をとって名付けられました。
指定難病
ウィルソン病は、国に指定難病として登録されている病気です。指定難病は、長期の療養を必要とすることで大きな経済的負担を強いる病気になります。ウィルソン病は、国が「難病の患者に対する医療等に関する法律」に定められる基準に基づいて医療費助成制度の対象としている指定難病です。
ウィルソン病の原因
ウィルソン病の原因は、銅輸送に関わる蛋白の遺伝子(ATP7B)に異常が生じることです。細胞の中の銅輸送ができなくなることで、細胞に銅が蓄積し多様な症状が生じます。遺伝子異常は、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の遺伝形式です。対になった2本の常染色体の両方に異常があった場合に発症します。つまり、両親が共にこの遺伝子異常を持っていることが発症の要件です。兄弟にウィルソン病の患者さんがいる場合、ウィルソン病である確率は高くなります。
日常生活での注意
ウィルソン病は銅の蓄積が問題になるため、銅の含有量が多い食品は避けなければなりません。特にレバー・牡蠣・たこ・いか・チョコレートなどには注意が必要です。現在の医学では、生まれ持った遺伝子の変異そのものの治療はできないため、治療は一生涯続くことになります。しかし、適切な治療を継続することで通常の日常生活・社会生活が可能となり、一般の人とも寿命は変わらなくなります。
ウィルソン病の前兆や初期症状について
ウィルソン病の初期症状としては、「皮膚や白目が黄色くなる」「黒目のふちが緑色になる」「体のだるさや手足の震え」「集中力の低下」などがみられます。健康診断から肝機能数値の異常で発症に気づく場合もあります。気になる症状があれば速やかに、一般内科や消化器内科を受診するようにしましょう。精神症状の異常の方が気になる場合は、神経内科や精神科を受診してください。
ウィルソン病の代表的な臨床症状は、肝障害・神経障害・カイザーフライシャー角膜輪です。また、精神症状や血尿などがみられることがあります。
ウィルソン病はその症状・障害臓器から4つにタイプが分類されます。
- 肝型
- 神経型
- 肝・神経型
- その他
多くの場合、肝型は4歳以降、神経型・肝神経型は8歳以降に発症します。しかし、いずれのタイプも30歳以降になって初めて症状が現れる患者さんもおり発症年齢はさまざまです。
肝型
銅が蓄積されることで肝機能が低下するタイプのウィルソン病になります。肝型で見られるのは、黄疸・腹痛・嘔吐・浮腫・腹満・全身倦怠感・食欲不振・出血などの症状です。症状が進行し悪化すると慢性肝炎・急性肝炎・肝硬変・急性肝不全、劇症肝炎などの経過をたどります。
神経型
銅が蓄積されることで神経に異常が生じ、パーキンソン病のような症状が現れるタイプのウィルソン病になります。神経型で見られるのは、歩行障害・うまくしゃべれない・よだれ・手が震える・物をうまく呑み込めないなどの症状です。また、意欲低下・集中力低下・突然の気分変調・性格変化などの精神症状がみられます。
肝・神経型
肝型・神経型の両方の症状がみられるタイプのウィルソン病になります。
その他
肝型・神経型の両方に症状が当てはまらないタイプのウィルソン病になります。症状は、血尿・腎結石・蛋白尿・関節炎・心筋症などです。また、黒目の周りに銅が沈着することで、黒目のふちが緑色のように見えるカイザーフライシャー角膜輪と呼ばれる目の兆候が現れます。肝型の約50%、神経型の約90%の患者さんでみられます。目の所見が認められても視力自体に影響はありません。
ウィルソン病の検査・診断
ウィルソン病の疑いがある場合は、血液検査や尿検査が行われます。同時に家族にウィルソン病患者さんがいないか問診での確認が必要です。検査では、肝臓で銅と結合するセルロプラスミンと呼ばれるタンパク質の濃度を計測します。最終的には、肝臓内の銅含量・原因遺伝子ATP7Bまでを解析して診断が下されます。気になる症状があれば、小児科や一般内科、消化器内科などを受診しましょう。
診断基準
日本肝臓学会が提唱するウィルソン病の診断基準は以下の通りです。症状・検査所見・遺伝学的検査の評価数値を合算し、4点以上でDefinite、3点以上でPossibleと評価します。
症状
カイザーフライシャー角膜輪(2点)、精神神経症状 軽度(1点)・重度(2点)
精神神経症状の軽度は、軽度の手指の振戦・うつ症状などになります。重度は、日常生活に支障をきたすような歩行障害・構音障害・流涎・統合失調症様の精神神経症状などになります。
検査所見
- 血清セルロプラスミン 10mg/dL未満(2点)、10以上20mg/dL未満(1点)
- クームス陰性溶血性貧血(1点)
- 尿中銅排泄量 40以上80µg/日未満(1点)、80µg/日以上(2点)
- 肝銅含量50µg/g乾肝重量以上250µg/g乾肝重量未満(1点)、肝銅含量250µg/g乾肝重量以上(2点)
- 肝銅含量を測っていない場合、肝生検組織で銅染色陽性(1点)
- 精神神経症状がない場合に頭部MRIで銅沈着の所見(1点)
遺伝学的検査
ATP7B遺伝子の変異 1つの染色体変異(1点)、両方の染色体異常(4点)
鑑別診断
ウィルソン病による肝疾患は以下の疾患を鑑別します。
慢性ウイルス性肝炎・非アルコール性脂肪性肝疾患・アルコール性肝疾患・薬物性肝疾患・自己免疫性肝疾患・原発性胆汁性胆管炎・原発性硬化性胆管炎・ヘモクロマトーシス・α1-アンチトリプシン欠乏症など。
ウィルソン病による神経疾患・精神疾患は以下の疾患を鑑別します。
不随意運動・姿勢異常やけいれんを呈する疾患・うつ症状・不安神経症・双極性障害・妄想性障害・統合失調症・ヒステリーの症状を呈する疾患など。
スクリーニング
ウィルソン病は早期治療が効果的であるためスクリーニングが実施されています。ウィルソン病の親・兄弟姉妹・いとこがいる個人はスクリーニングの対象です。検査は1歳を超えるまでは行われず、検査後も5〜10年ごとに再検査が必要になります。
ウィルソン病の治療
ウィルソン病は治療法が確立されている数少ない先天性代謝異常症のひとつになります。主な治療方法は亜鉛や銅キレート薬を服用する薬物療法です。症状が進行し肝障害や精神障害が生じた場合は症状に合わせた薬が追加されます。使用する薬は、病型や病気の進行度合いによって異なります。完治することは難しい病気ですが、継続的に薬をしっかり服用できれば通常の社会生活を送ることが可能です。
主に使用される薬は以下の通りです。
- 酢酸亜鉛
- トリエンチン塩酸塩
- D-ペニシラミン
ウィルソン病患者さんに対して行う治療は主に銅の除去です。酢酸亜鉛は、銅が身体に吸収されるのを防ぐ効果があります。トリエンチン塩酸塩とD-ペニシラミンは、銅と結合し銅の体外への排泄を促します。いずれの薬も食前1時間以前・食後2時間以降の空腹時に服用することが大切です。特にトリエンチン塩酸塩とD-ペニシラミンは空腹時に服用しないと効果が得られません。
ウィルソン病患者さんは、基本的に銅が含有される飲食物を摂取すべきではありません。もちろん一切食べられないというわけではなく、肝機能と相談しながらの摂取が求められます。
生涯にわたって適切な治療をしないと、一般的には30歳までに死に至ると報告されています。薬の服用を中止すると症状が悪化する可能性があるため、継続的な服用が強く求められるのです。
ウィルソン病になりやすい人・予防の方法
ウィルソン病は先天的な遺伝子異常によって生じる病気であるため、発症を避ける方法がありません。しかし、銅の摂取・継続的な薬物療法に注意を払えば、問題なく日常生活を過ごせます。
ウィルソン病患者さんは、肝臓や神経にダメージを蓄積させないよう食事を銅の少ないものにする必要があります。銅が多く含まれる食品を避けるため、定期的に栄養士から適切な食事のアドバイスをもらうと良いでしょう。しかし、日常の食事において銅の摂取を100%避けるのは困難です。医師から処方された銅の排出促進・吸収阻害をする薬の服用が重要になります。薬物療法の中断・怠薬は厳禁です。
参考文献