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MRSA感染症
大坂 貴史

監修医師
大坂 貴史(医師)

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京都府立医科大学卒業。京都府立医科大学大学院医学研究科修了。現在は綾部市立病院 内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科 内分泌・糖尿病・代謝内科学講座 客員講師を務める。医学博士。日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医。

MRSA感染症の概要

1980年代から1990年代にかけて「手術後の抗菌薬投与中の患者」で下痢症状が出現し、便中からMRSAが検出されたものが「MRSA腸炎」として多く報告されました (参考文献 1, 2) 。しかし、現在ではその多くがディフィシル腸炎とよばれる別の感染症によるものだったのではと考えられています (参考文献 3, 4) 。

現在では抗菌薬投与中の患者に下痢症状が現れたときには、まずはディフィシル菌の検査をすることが多いですが、それでもMRSAが原因と考えられる場合には真のMRSA腸炎と診断される場合があります。
MRSAが原因にしろ、そうでないせよ、抗菌薬投与中に下痢症状の出現が出現した場合には治療戦略を考え直す必要がありますので、直ぐに担当の医療スタッフへお知らせください。

MRSA感染症の原因

MRSA腸炎とは1980年代から1990年代の日本において「外科治療後に患者が下痢をする」→「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) が便中から検出された!」→「きっとMRSAが原因の腸炎、MRSA腸炎だ」とされてきたものです (参考文献 1, 2) 。術後に下痢をした患者の便中から MRSA が検出されたことだけをもって、MRSA に原因を押し付けるのは本質的ではないだろうとして、現在ではMRSA腸炎とされてきた下痢症状の原因の多くはMRSAではなく、他の細菌だったのではないだろうかと考えられています。

このような状況における原因菌として有名なのは Clostridioides difficile (ディフィシル菌) という細菌です。もちろん、本当に MRSA が悪さをしている可能性がある症例が存在することも事実ですが (参考文献 3, 4) 、今日の基準からすれば「昔 MRSA 腸炎とされていた症例の大部分は、今日の知見からすると MRSA が原因だとハッキリいうことができない」というのが正直なところです。

「MRSA 腸炎とされていた症例は、一部の本当に MRSA が原因のものを除いて、ほとんどはディフィシル腸炎だったのでは?」と現在では考えられています (参考文献 4) 。

MRSA感染症の前兆や初期症状について

MRSA 腸炎とよばれていたものには様々な疾患が含まれていることが分かっている以上、明確な初期症状を説明するのは難しいですが、先述したディフィシル腸炎のほか、MRSA 腸炎として報告されている症例の中でも MRSA が悪さをしていた可能性が十分にあるものをベースに、前兆や初期症状を紹介します。

ディフィシル腸炎は抗菌薬投与中の方に多い感染症であるため、その方の原疾患の背景によってもディフィシル腸炎の症状も左右されますが、軽症例では1日に3回以上の下痢や腹痛、吐き気、食欲不振、発熱といった症状が出ることが一般的です (参考文献 5) 。
重症になると下痢によって水分や身体に必要な物質が外へ出ていきすぎることによるショック等の症状や、最重症例では腸がパンパンにはれたり、腸に穴が開いて腹膜炎という状態になったり、多臓器不全に陥ることがあります (参考文献 5) 。

MRSA腸炎として報告された 2004年から2014年までの36症例のレビュー (参考文献 3) では、MRSA が産生する毒素 (TSST-1) が検出され、かつトキシックショック症候群とよばれる毒素による症状として矛盾しないものが2例ありました。他の症例もトキシック ショック 症候群と類似した症状が多かったとされています。
これらの毒素について評価された症例は36症例中4例であったため、検査すれば毒素が検出された症例はもっと多かった可能性もあります。
このブドウ球菌性トキシックショック症候群は、皮膚が赤くなるほか、発熱、発疹、低血圧、多臓器不全などの症状が2日程度の経過で急速に現れる重症疾患です (参考文献 6) 。

MRSA腸炎とされていた疾患は「外科手術後に、抗菌薬投与していた患者」という特徴があったようです (参考文献 1, 2) 。このような患者さんは一般的に入院中の方と思いますので、下痢症状が新しく出現した際には担当の医療スタッフへ遠慮なく伝えてください。

MRSA感染症の検査・診断

MRSA腸炎とされてきた症例の中で相当数を占めると思われるディフィシル腸炎やトキシックショック症候群の検査では、原因菌の遺伝子や毒素の有無を調べます。

ディフィシル腸炎のリスク因子を持っている人で、急性の下痢症状がある場合には便検査をしてディフィシル菌が産生する毒素が含まれているかどうかや、関連抗原の検査、ディフィシル菌の遺伝子が含まれているかどうか確かめる検査をします (参考文献 5)。
重症化していると考えられる場合には画像検査で腸の状態を視覚的に確かめる場合がありますが、一般的には便を用いた検査で診断をして治療を行います (参考文献 5) 。

MRSAによるトキシックショック症候群が疑われる患者には、血液や粘膜を採取・培養してから MRSA が検出されるかどうかを調べますが、検出されなくても臨床症状のみで診断することもあります (参考文献 6) 。

トキシックショック症候群ではないMRSAによる腸炎は、文献も少なく明確な検査・診断方法が確立されていませんが、ディフィシル腸炎やトキシックショック症候群が除外されれば、総合的に真の「MRSA腸炎」として診断・加療されると考えられます。

MRSA感染症の治療

MRSA腸炎の一番の原因であると考えられるディフィシル菌による腸炎の治療では、不要な抗菌薬は中止したうえで、ディフィシル菌に対して活性のある抗菌薬 (メトロニダゾールやバンコマイシン) を症状の経過をみながら投与していきます (参考文献 5) 。

MRSAに対してはバンコマイシンも効果があるため、MRSA腸炎の治療薬として使われていたバンコマイシンは、実際にはディフィシル腸炎の治療をしていたとしても矛盾しません。

MRSA感染症になりやすい人・予防の方法

MRSA腸炎として報告されていた患者の特徴は「手術後に抗菌薬投与をされている患者」というものでした。MRSA腸炎の原因の多くを占めていると思われるディフィシル腸炎のリスク因子にも抗菌薬の使用があり、その他には高齢であること、入院中であることが危険因子とされています (参考文献 5) 。
MRSA腸炎の一部を占めると考えられるトキシックショック症候群のリスク因子としては、タンポンの連続利用、手術や出産後の創部感染が有名です (参考文献 6) 。

これらのことから、何らかの背景があり入院している人、手術を受けて日が浅い人、手術創部が感染を起こしている人、抗菌薬投与中の人はMRSA腸炎とされていた疾患を発症するリスクが高いといえるでしょう。

上のようなリスクを背景に持つ場合に下痢症状や創部感染が出現したときは、担当スタッフに直ぐに知らせて「早期発見・重症化予防」をしましょう。


参考文献

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