監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
ライム病の概要
ライム病はマダニにより媒介されるボレリアによる感染症であり、マダニに咬傷を受けボレリアが体内に侵入することで感染が成立します。
ライム病の原因となるボレリアの菌種は複数存在しますが、主要なライム病起因菌種は地域により異なり、アメリカではボレリア・ブルグドルフェリ(B.burgdorferi)、欧州ではボレリア・アフゼニ(B.afzelii)とボレリア・ガリニ(B.garinii)が主要な菌種であり、本邦を含むアジアではB.gariniiが主要な菌種です。
ライム病の経過は、感染初期(Stage Ⅰ)、播種期(Stage Ⅱ)、感染後期(Stage Ⅲ)の3段階に分けられます。初期に認められる遊走性紅斑はライム病の診断に重要な所見ですが、この紅斑を欠く場合は診断に難渋します。
診断は、まず問診(流行地でのマダニ暴露歴の有無)を行います。
次に、身体所見(筋肉痛、関節痛、頭痛、発熱、悪寒、倦怠感などのインフルエンザ様症状の有無など)を確認します。ライム病ボレリア抗体検査や可能であれば病原体分離培養・PCR法によるボレリアDNA検査を行います。血清診断は偽陽性や偽陰性の可能性があり、臨床症状と合わせて総合的に判断する必要があります。
治療は主に抗菌薬が使用されます。初期治療が適切に行われれば、症状の回復は良好ですが、治療が遅れたり無治療である場合、神経障害や関節症状が慢性化し、完治は難しくなります。早期診断と治療が大切となります。
ボレリア属細菌とは
スピロヘータ科に属するグラム陰性の微好気性のらせん状細菌の一群です。ヒトに病原性を示す主な菌種は以下の通りです。
- 回帰熱ボレリア:B.recurrentis、B.duttonii、B.hispanicaなど
- ライム病ボレリア:B.burgdorferi sensu lato(B.burgdorferi、B.garinii、B.afzelii、B.bavariensisなど)
- ボレリア・ミヤモトイ病:B.miyamotoi
ボレリア属細菌は、健康な皮膚からは侵入できないので、マダニの体内で増殖し、マダニの吸血時にヒトに移行して感染します。
ライム病の原因
ボレリア属の細菌による感染です。病原体を保有したマダニ(主にIxodes属)に刺されることで感染(マダニの唾液腺にいるボレリア属細菌が、マダニの吸血時にヒトへ移行)します。マダニの種類は地域により異なります。
- 北米ではシカダニ(I.scapularis)が主要な媒介マダニ
- 欧州ではリシナスマダニ(I.ricinus)が主要な媒介マダニ
- 日本ではシュルツェマダニ(I.persulcatus)が主要な媒介マダニ
野生の小型哺乳類(ネズミ、リス、シカなど)や鳥類がボレリア属細菌の自然宿主となり、マダニへの感染源となります。
ライム病の患者数
日本では1986年に初めてライム病患者さんが報告されました。1999年から2018年までの20年間で、感染症法に基づく届出患者数は231例です。主に本州中部以北(大部分は北海道)で患者さんが報告されています。
欧米では年間数万人のライム病患者さんが発生し、年々増加して重大な社会問題となっています。
ライム病の前兆や初期症状について
早期症状(限局期)は、マダニ刺咬部位を中心とした特徴的な遊走性紅斑です。随伴症状として、筋肉痛、関節痛、頭痛、発熱、悪寒、倦怠感などのインフルエンザ様症状をともなうこともあります。
紅斑の出現期間は、数日から数週間といわれ、形状は環状紅斑、または均一性紅斑がほとんどであります。
ライム病の経過
感染初期(Stage Ⅰ)の限局期を過ぎると拡散性となり(播種期:Stage Ⅱ)、体内循環して病原体が全身性に拡散します。これにともない、神経症状(脊髄神経根炎、髄膜炎、顔面神経麻痺などの脳神経障害など)、循環器症状(刺激伝導系障害性不整脈、心筋炎など)、皮膚症状(二次性紅斑、良性リンパ球腫など)、眼症状(虹彩炎、角膜炎)、関節炎、筋炎など多彩な症状を呈します。
感染から数ヶ月、ないし数年経つと、感染後期(Stage Ⅲ)となり、播種期の所見に加えて、症状が慢性化します。慢性化した萎縮性肢端皮膚炎や関節炎、脳脊髄炎などが見られます。
ライム病の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、感染症科や眼科、皮膚科、循環器科、脳神経内科の診療科、病院やクリニックです。ライム病はダニにより引き起こされる細菌感染症であり、内科や感染症科で診断と治療が行われています。
ライム病の検査・診断
1) 臨床症状
- 遊走性紅斑
- 発熱、倦怠感、頭痛、関節痛などの非特異的症状
- マダニ刺咬の既往や流行地への渡航歴
2)ライム病ボレリア抗体検査
- イムノプロット法による抗ボレリア抗体(IgM、IgG)の検索
- ペア血清(感染初期は偽陰性になりやすいため、発症時および3〜4週間後の回復期血清)での確認
*慢性期と考えられる場合は、1点での抗体検査も可能
3) 病原体分離培養・PCR法によるボレリアDNA検出
血清診断は偽陽性や偽陰性の可能性があり、臨床症状と合わせて総合的に判断する必要があります。確定診断には、病原体の直接検出が望ましいが、実際には臨床症状と血清学的検査結果から診断されることが多いようです。流行地でのマダニ暴露歴も重要な手がかりとなります。
ライム病の遊走性紅斑
マダニに刺された部位を中心に数日〜2週間程で出現します。徐々に周囲に向かって拡大し、大きさは10cm以上になることもあります。また、中心部に退色が見られることもあります。
ライム病の鑑別診断
1)早期(限局期:Stage Ⅰ)
- 遊走性紅斑との鑑別:体部白癬、銭形湿疹、環状肉芽腫、蜂巣炎、虫刺症など
2)早期(播種期:Stage Ⅱ)
- 神経症状との鑑別:顔面神経麻痺(ベル麻痺)、中枢神経系腫瘍など
- 髄膜炎との鑑別:ウイルス性(特にヘルペスウイスル)や無菌性髄膜炎、髄膜脳炎など
- 心筋炎との鑑別:ウイルス性心筋炎、急性リウマチ熱、心内膜炎など
3)晩期(Stage Ⅲ)
- 関節炎との鑑別:化膿性関節炎、急性リウマチ熱など
感染症法における取り扱い
全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければなりません。
ライム病の治療
初期のライム病では、アモトリキシシン、ドキシサイクリン、セフトリアキソンなどの抗菌薬が使用されます。神経症状がある場合は、セフトリアキソンなどの静脈内点滴が推奨されます。
治療期間は通常、2〜4週間程度となります。早期に適切な抗菌薬治療を行えば、ほとんどの症状は改善します。
晩期の治療は、抗菌薬単独では改善が難しくなります。
NSAIDsによる関節痛の緩和や関節液貯留時の関節穿刺、難治性関節炎に対する関節鏡下滑膜切除術などを行います。
小児の場合、8歳未満ではドキシサイクリン(小児の成長に影響する可能性あり)は避け、体重に応じた容量調整が必要です。さらに、ドキシサイクリンは光線過敏症や消化器症状(胃痛や下痢など)、歯の着色の副作用にも注意が必要です。
また、抗菌薬治療に加えて、症状に応じて以下の対症療法も行われます。
- 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)による症状緩和
- 完全房室ブロックの場合は一時的ペースメーカー留置
- 関節液貯留時の関節穿刺
ライム病になりやすい人・予防の方法
野外活動が多い人(林業従事者、ハイカー、キャンプ愛好家など)やマダニの生息地域に住む人・渡航する人は注意を要します。
予防は、野山でマダニの刺咬を受けないことが重要です。マダニの活動期(主に春から初夏、および秋)に野山に出かけるときは、
- むやみに藪などに入らない
- マダニの衣服への付着が確認できる白っぽい服装をする
- 衣服の裾は靴下の中に入れなるべく素肌を露出せず、防虫対策(虫除け剤塗布)を行い、マダニを近寄らせない
以上のことを心がけることが大切です。また、マダニに刺された場合は、早期に適切な方法(口器つまり、体内に差し込んでいる部分を残さず、かつ虫体を潰さないように抜去する)で除去します。
参考文献